〜 19.ジパング 〜


  船首は北に順調に向かっているが、エリンは厳しい顔をしていた。
「……どうしたの?」
「これから先は今までのように順調には行かないわ。場所的に困難な場所にある銀。どこにあるか分からない 黄色。そして何が待っているかわからないのがこれから行く、紫よ。」
 クレアの言葉に、エリンはノートを広げながらそう答えた。ルウトが聞きなおす。
「どういうことだ?」
「正直に言うと、これから向かうジパングと言う国はほとんど情報が載っていないの。少数民族で形成されている村と言っても 等しい国で、鎖国しているから。」
「鎖国なら、アリアハンと同じだろ?」
 ルウトの言葉に、エリンは首を振る。
「いいえ。あれは鎖国していても、ルーラや船で他国と若干の行き来はあった。でもここは違うわ。他国からも ほとんど知られていない。小さな国だから交易する利益もない。ジパングもする気がない以上、 完全な鎖国よ。完全な自給自足によって成り立っているの。」
「そこにあるのは確かなんですか?」
「正直に言えば、『紫色の宝玉があると伝えられている』とだけ。まったくの別物と言う可能性もあるわ。 とにかく情報が集まればいいのだけれど。」
 エリンはぱたん、とノートを閉じると、その行く先へと想いをはせた。


 木で作られたエキゾチックワールド。第一印象はそんな感じだった。
 見たこともない不思議な衣服に、まったく同じ目や髪の人。鎖国だと思っていたアリアハンがいかに交易 していたのかが良く分かる。
「とりあえず誰かに話しかけないとね。」
 エリンの言葉はもっともだが、皆こちらに向ける目は、警戒心にあふれている。近寄るとそっと距離をとっていくのだ。
「つってもなぁ、難しいだろ……。」
 こちらもなんとなく、こそこそと話していた時だった。
「……お姉ちゃんたち、ガイジンだー。こんなところに何しにきたの?」
 すぐ横に、少年が立っていた。年の頃は13、4。 真っ黒な髪を後ろに一つでくくって垂らし、同じく真っ黒な目を少し鋭くしてこちらを見ている。 服を簡単に重ね合わせた服は、他の人間と同じだ。
「私たちは、紫の宝玉を求めてきたの。知らない?」
 エリンはあっさりと答える。ルウトたちはあせるが、少年はじっとエリンを見上げた。
「……ヒミコ様が持ってるって聞いたことあるけど、多分会ってくれないよ。今、儀式の準備で忙しいし。 お姉ちゃん達、何者?なんで……」
 少年はぎらりとエリンをにらむ。警戒されていることを悟り、クレアが勇気を出して前に出る。
「わ、私はクレア。アリアハンと言う、ここから南の大陸から来たの。あと、 こっちがエリンで、こっちがルウトよ。……貴方は?」
「僕はカザヤ。うん、そっか。うん、うん。ごめんお姉ちゃん達。悪い人じゃないんだね。」
 カザヤはにっこりと笑う。その笑みは妙に人懐っこくて驚いた。
「でも、ヒミコ様には会わないほうがいいと思う。……今儀式で忙しいから。」
「儀式って何?いつ終わるの?」
 エリンの言葉に、カザヤが悔しそうに口にする。
「ヤマタノオロチへの生贄の儀式だ。……明日はヤヨイねーちゃんの番なんだ……。」
「生贄?生贄ってあれだろ?人を殺してささげるって……何やってんだ!!」
 思わず声を荒らげたルウトの腕をカザヤは引っ張る。
「ルウトにーちゃん、声上げたらだめだ。ここはヒミコ様が神様なんだ。それに逆らうような事は言ってはいけないことに なってるんだ。来て。」
 カザヤは小さい声でそういって、三人を村の端へと誘った。


 そこは、地下にある、古びた倉庫だった。壷がたくさん置いてあり、所々にくもの巣がある。
「……カザヤ、貴方はもしかして、そのヒミコ様に何か含むところがあるの?」
 エリンの言葉に、カザヤは三人が倉庫に入ったのを確かめると、しっかりと鍵を閉めてから答える。
「僕の家は、昔から人ならざるものが見える者が生まれる血筋で、僕もそうだったんだ。今は昔ほど 色々見えるわけじゃないんだけど。けど、初めてヒミコを見たとき、3歳の僕が泣きだすには十分だった。 ……ヒミコの後ろに大きな大きな悪いものが、怖いものがいた。」
「怖いもの?」
 クレアが首を傾げるが、それにカザヤが答える前に別のところから声がした。
「……やめなさい、カザヤ。」
「ヤヨイねーちゃん……。」
 その倉庫の置く。大きな壷の中から、美しい女性が顔を出していた。
「……その方は旅の方?」
「うん、ヤヨイねーちゃん。……エリンねーちゃん達、お願いだ。ヤヨイねーちゃんを連れて逃げて欲しいんだ。」
「カザヤ!!おやめなさい!私はそのようなこと、するつもりはありません!!」
 カザヤの必死の言葉に、ヤヨイは声を荒らげる。だがカザヤは引かない。
「ヤヨイねーちゃん、何度も何度も言ってる!あれは皆がずっとあがめてたヒミコ様じゃない!昔はもっと優しかったって、 ねーちゃんもお母さんも言ってたじゃないか!!ヒミコの後ろに見えた苦しむ人の影も、うごめく蛇の群れも 僕の幻なんかじゃない!!今のヒミコはヤマタノオロチに操られているんだ!!」
「おやめなさい……それはきっと、ヒミコ様がヤマタノオロチを慰めるための力の一部です。ヒミコ様がそのような 者であるわけがありません。私が逃げてしまっては、この先この国はどうなります?5年前この国のために その身をヤマタノオロチに捧げられたユキノ姉さまは?」
 ヤヨイの言葉に、カザヤは悔しそうにうつむく。
「あの時僕はまだ小さくて、誰も僕の意見に耳を貸してくれなかった。……だから僕は一生懸命体を鍛えて…… いつかヤマタノオロチを倒そうって……。けど、皆僕を止めるし、生贄に皆行っちゃったんだ……」
「当然です。ヤマタノオロチはこの地を守る神であらせられます。それに嫁ぐのは幸せなことなのですよ。」
「でも、ヤヨイねーちゃんまで生贄になるなんて、僕は絶対我慢できない。だから、まだ、力が足りないかも 知れないけど、その前にヤマタノオロチを倒そうと思ってたんだ。けど、エリンねーちゃんたちが来てくれた。」
 カザヤはエリン達をもう一度見る。
「お願いだ。ヤヨイねーちゃんを連れて外国に逃げて欲しい。その間に、僕が必ずヤマタノオロチを退治する。」
「……一度、ヒミコとやらに会ってみないか。」
 カザヤの言葉に、ルウトはそう言い出した。
「……そうね、一度真偽を確かめましょう。私としても……こんな事は我慢ならないわ。生贄を要求する悪神と、 ただ捧げるだけの無能頭首なんて。」
「……本当のところは分かりません。けれど、外から来た私たちだからこそ、分かることもあると、思います。 カザヤ君とヤヨイさんはどうか、……ここで、待っていて、ください。」
 エリンとクレアが言う。ヤヨイは何か言おうとするが、カザヤが止めた。
「お願い、エリンねーちゃん、クレアねーちゃん、ルウトにーちゃん。ヒミコはこの村の一番北の 一番大きな屋敷にいるから。気をつけて。」
 頭を下げるカザヤを見て、三人は倉庫を出た。


 その屋敷はすぐにわかった。大きな赤い門がいくつも連なった先にあるその屋敷は、木と紙と草で出来ている、とても 不思議なところだった。
 そして、入り口で散々待たされ、『ヒミコ様がお会いになられます』と言われたあと靴を脱がされ、ようやく会えた ヒミコは、不思議な木で出来たカーテン越しだった。
 美しく飾られた不思議な紙の扉やお付きの物の美しい着物などは一見の価値ありだったが、エリンはさっさと ヒミコに問いかける。オーブを一つ取り出し、ヒミコに見せる。
「これと同じ紫のオーブは持っていない?」
「ふむ、確かにそれは妾の宝玉と同じもの。だが、渡せぬ、これはヤマタノオロチ様との対話に必要なもの。」
 カーテンの奥でそう言うヒミコに今度はルウトが問いかけた。
「そのヤマタノオロチだが、このままほっておくつもりか?生贄なんていつまでもやってどうする?」
「ヤマタノオロチ様はこの国をお守りしてくださる方。その供物として、この国の宝を差し上げる……そうしてこの国は 成り立っておるのだ。ガイジンには分からぬ。」
「けれどどれくらいの頻度か分からないけれど、若い娘を生贄に出していればそのうちいなくなる。そうすれば 子を産むものがいなくなって、やがて滅びるのではないかしら?」
 そう言ったエリンに、ヒミコはカーテン越しから分かるほど鋭い眼光を投げる。
「妾はガイジンは好かぬ。早々に立ち去れ!!」
 その余りの鋭い声に、クレアがビクッとして思わず逃げ腰になる。エリンもルウトも話にならないと、 そのまま立ち去ろうとヒミコに背を向けたその背中に、ヒミコの声がかけられた。
「よいか、くれぐれもいらぬことをせぬが身の為じゃぞ。」


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