変化の杖と引き換えにもらった船乗りの骨は、鍵というより羅針盤だった。船につるすとくるりと 方向を変え、幽霊船へと導くのだ。 それをじっと見ながら、ルウトはぼやく。 「価値が全然違うような気がするんだがなぁ。あれ、色んなもんに化けられるだろ?」 「でもいいじゃありませんか、ルウト。おじいさん、とても喜んでましたよ?」 クレアがお茶を出しながらにこっと笑うと、ルウトもへらっと笑った。 「ま、そうだな。老い先短い男があんだけ喜んでたんだ、モンスターに使われるよりは価値があるだろうしな。」 「そうですよ。ルウト、私タルトを焼いたんです。良かったらどうぞ。」 皿に綺麗に盛られたフルーツタルトを、ルウトはそっとつまむ。甘いものはあまり 好きでなかったルウトだが、クレアの作ったものは本当においしかった。 「うん、上手い。」 「嬉しいです。気に入ってもらえて。」 「当たり前だろ。クレアの作ったものはなんでも絶品だ。腕がいいし、なんていっても愛情が こもってるんだからな。」 ルウトは笑顔でそう言って、クレアの手にキスをするとぽっ、とクレアの顔が赤くなる。 「そんな……、あ、私、エリンとカザヤを呼んできますね。」 焦りながら扉を出ようとすると、たまたま開いた扉に、クレアは頭を強く打つ。 「きゃ、大丈夫?クレア。ごめんなさい。」 「い、いえ……私が不注意でしたから……。」 「幽霊船が見つかったわ。来て頂戴。」 エリンの言葉に、ルウトはがたん、と席を立った。 「うん、見るからに幽霊船だよね。僕幽霊船とか見るの初めてだけど、これほど幽霊船な幽霊船、見たことないよ。」 カザヤがなんだかわからない言葉を言いながら指し示した船は、帆柱はぼろぼろ、船体には海草やコケがまとわり つき、甲板にはあちこち穴が空いているという代物だった。 「それはまぁ、ともかくだ。お前ここにオリビアの恋人がいるかわかるか?」 「無理だって、ルウトにーちゃん。にーちゃんだって、顔も見たことない人がいるかなんてわからないでしょう?僕は ただ、そっちの方向に目がいいだけなんだって。」 「そういやそうだな。悪い。それじゃ、行ってみるしかないか。」 笑ってカザヤに否定され、ルウトは小さくため息をつく。横でエリンも、その船を見ながら同時にため息をついた。 「そうね。早く行って帰りましょう。」 「……そういや、エリン。お前幽霊苦手だっけ。」 「別に怯えているわけではないわ。……死者の情念に関わるのは色々と辛いだけよ。」 エリンの言葉にルウトが何か言おうとしたとき、エリンがくるりと後ろを見る。 「クレアみたいに怖いわけではないわ。……クレアはここに残る?」 その視線の先のクレアは、幽霊船を見ながら青い顔をしていた。 「い、いえ、大丈夫、です。」 「気にしなくてもいいよ、クレアねーちゃん。怖いのは仕方ないんだしさ。誰にだって苦手はあるよ。」 「で、でも、万が一、その、強い敵がいたら、大変ですし。」 そう言うクレアだが、すでに足は震えている。それをそっと支えるように、ルウトはその腰に手を回す。 「大丈夫か?クレア?」 「こ、怖いですけど……でも、私はルウトやエリンやカザヤが危険な目にあう方が、もっと嫌ですから……。」 「さすがクレアだ、優しいなぁ。」 ルウトはそう言うと、クレアをそっと横抱きにする。 「きゃ、ルウト?!」 「オレの腕の中で存分に怖がってていいぜ。オレが守るからさ。……でも戦闘になったら頼むな。」 「あ、はい。でも重くありませんか?」 「羽のように軽いって。なによりクレアだからな。抱えてられるのが嬉しい。」 横にいる二人を忘れたような二人を、エリンが遠巻きに見つめていると、カザヤがぽん、と背中を叩く。 「大丈夫、エリンねーちゃんは僕が守るよ。」 「そうね、よろしくお願いするわ。」 頭一つ分ほども低い目線から、そうにっこりと言われ、エリンは苦笑しながらも、平坦な声でそう答えた。 船に乗り込んだ途端、なにやら陰鬱な空気が四人を包む。 「うわー、辛気臭いな。」 「本当ね。じめじめしているのは仕方ないにせよ、何かこう、違う空気を感じるわね。」 ルウトとエリンがそう言いあっている中、クレアはなにやら気配のようなものを感じるのか、 ルウトにしがみついて震えている。 そしてカザヤは、周りをきょろきょろ見回し、にらみつけた。 「うるさいな!!黙ってよ!!」 「な、なんだ?!」 ルウトが聞き返すが、カザヤは続けて怒鳴る。 「僕は何も聞かないし、そもそも船に縛り付けられているわけじゃない、お前達が船にしがみついてるんだ!! ……この人達に何かしたら、絶対に許さないからね!!!」 そうカザヤが叫んだ瞬間、周りの空気がバチバチバチバチ!!とはじけた。 「きゃぁ!!」 「何?」 「おい、何事だ?!」 突然のことに驚く三人に、先ほどの剣呑な空気が嘘のようにカザヤはけろりと笑う。 「うん、ごめん、ちょっと周りがうるさくてさ。」 「……お前、ただ目が良いだけとか、言ってなかったか?」 ルウトの言葉に、カザヤはすんなりと頷く。 「うん、僕はただ、自分の言いたい事を言って、気をぶつけただけだしね。」 「だけって……凄いと思うけれど?」 エリンに言われ、カザヤは嬉しそうに笑った。 「そう?かっこよかった?まぁいいや。とりあえずまとわりついては来なくなったから、早く探そうよ。」 船の最下層。船をこぎ続ける奴隷の中に、目的の恋人、エリックはいた。 「オリビア……船が沈んでしまう……キミにはもう永遠に会えなくなるんだね……。」 「大丈夫だよ、僕たちがオリビアさんに会わせてあげるから。」 それまでうわごとのようにオリビアのことを語っていたエリックが、カザヤのその言葉で表情を変える。 「本当かい?キミ達は?どういうことだ?」 「簡単に言うと、貴方もオリビアさんももう死んでいるわ。」 エリンの言葉に、エリックはしばらく考える。 「ああ、オリビア、キミは幸せにはなれなかったのかい?」 「……だって、エリックさんがいらっしゃらないなら、幸せになんてなれなかったんです。オリビアさんは 今もエリックさんを待っています。」 そう言うのは、ルウトの腕から降りたクレアだった。 「だが、どうすればいい?ボクだってオリビアに会いたい……でも、どうすればいいか分からないんだ……。」 「うーん、多分エリックさんもこの船に知らずにしがみついてるんだろうね。……何かさ、思い入れのある遺品とかない? そっちにしがみつけば出られると思うんだけど。」 「ボクの使っていた寝床の床板の下にオリビアとの愛の思い出の詰まったペンダントがある!どうかそれを持っていってくれないか?」 カザヤの言葉にエリックはそう答えると、その部屋の扉を指差して頭を下げた。 |
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