〜 27.ドーゴバーク 〜


 死してなお、英雄サイモンに守られていた宝剣ガイアの剣は、優美な曲線を描いた美しい剣だった。
「これを、ネクロゴンド近くの火口に投げ込めば、新たな道が開けるはず。そうすれば、 おそらくネクロゴンドへの洞窟へつながるはずよ。その先にシルバーオーブはあるわ。」
 エリンの言葉に頷いては見たものの、ルウトはなんとなく甲板の上でガイアの剣を抜いては眺めていた。
「ルウトにーちゃん、なにやってるのさ。」
「おう、カザヤ。いや、もったいないなと思ってな。クレアとエリンは?」
「ん、二人ともご飯作ってる。今日グラタンだって。」
 カザヤはそう言うと、ルウトの隣に座った。
「投げちゃうんだっけ?確かにもったいないよね。あの勇者さんだっけ?、ずっと守ってたんだろうしね。」
 すでに人格はほぼなく、ひたすら剣のことだけを口にしていた魂を思い出す。
「……まぁ、そのために守ってたんだろうな。勇者ってのはそういうもんらしい。世界のために自分の 命を捧げられる、そういうやつなんだろう。」
「ルウトにーちゃんも勇者なんでしょう?」
 穏やかに笑うカザヤに、ルウトは自嘲しながら答える。
「オレは偽者だよ。世界なんかどうでもいい。オレが命をかけるのは、クレアの為だけだって決めてるんだからな。」
「でも、クレアねーちゃんは、そんなこと望んでないと思うよ。」
 カザヤの言葉に、ルウトはガイアの剣を鞘に収める。
「……わかってるよ。クレアが望んでないことくらい。……オレのわがままだ。オレがどうしてもやりたいからやってんだ。」
 ガイアの剣を握り締める。あの勇者には及ばない。自分を勇者とも呼べない。それでも、それでも、 どうしても。
「わかるよ。……なんとなくだけど。」
 カザヤがにっこりと微笑む。ルウトの手の中でガイアの剣がかちゃりとなる。
「でもさ、ルウトにーちゃん。まずは生きる努力をしてよね。」
「当たり前だ。……ありがとうな。」
 そうして二人は笑いあった。


 立ち並ぶ巨大な劇場に宿屋、それに立派な店舗。それはアリアハンと同じ、いやそれより上かもしれない。それくらい 発展した町並みに、エリン、ルウト、クレアは目をまん丸にした。
「どうしたの?」
 街の入り口でぼんやりとしている三人に、カザヤは目を丸くする。
「……ここ、ドーゴを置いてきた場所で間違いないよな……?」
「ええ、そのはずなんだけれど……でも、まだ半年と経っていないわ。どうなっているの?」
「すごいんですね……ドーゴさん……。」
「……よくわかんないけどさ、とりあえずそこらへんの人に聞いてみたら?」
 カザヤは三人を落ち着かせ、そのあたりを歩いていた人に声をかける。
「あのーすみませんー。ここ、なんて街ですか?」
「旅の子供か?ここは一応ドーゴバーク、という名前になっているが……改名するかも知れんな。」
 カザヤが声をかけた男が奇妙なことをいう。
「え?どうして?」
「ここは創始者ドーゴだけの街ではないからな。創始者……いや、独裁者ドーゴは革命による牢に入れられた。この街に 平和が訪れたのだ。」
「なんだって?!!」
 ルウトが男につかみかかる。
「ドーゴが独裁者?そんな嘘だろ?!」
「う、嘘なもんか。ドーゴは重税を敷き、自らの欲望のために、我らを酷使した。今は牢に入れられている!嘘だと 思うなら見て来い!」
 男はルウトを振り払い、憤慨して去っていく。三人は顔を見合わせた。
 男が語ったドーゴの行動は、とても自分の認識とは一致しない。付き合いが薄いエリンもそう思うが、ルウトが昔の記憶を 掘り起こしても、温和で内気でお人よしな印象しかない。
「そんな、ドーゴさんがそんなことするなんて……信じられません。」
「とにかく、それが事実か確認するために、牢へと行ってみましょう。イエローオーブも気にかかるしね。」
 四人は急いで牢へと向かった。すると、まだ新しい牢の一室に、確かにドーゴは大きな体を小さくしながら 収まっていた。


「ドーゴ?!」
「ドーゴさん?」
 ルウトとクレアが声をかけると、うつむいていたドーゴが牢の中から顔を上げた。
「クレアさん……来て、しまったんですね。よりにもよって、こんな最悪なときに……いえ、今がいいのかな。」
「ドーゴさん、どうして牢屋になんて……。」
 牢屋の外で、クレアはドーゴと目線を合わせるために膝を突く。ドーゴは小さく笑った。
「街の人たちに……聞きませんでしたか?」
「独裁者だって……でも、ドーゴさんはとても優しい方です。学校でも、良くして下さいました。お花にお水やるのを手伝って 下さったドーゴさんが、そんなことしません。」
 鈴の鳴るような声で、それでも力強く言うクレアに、ドーゴは小さく微笑む。
「……最初は、楽しかったんだ……。力をあわせて小さな店を作って……でもここはポルトガやアリアハンとの位置関係が良くて、 いろんな人が来て、僕もびっくりするくらい発展していった……。」
「ああ、お前凄いぜ。この街きてびっくりしたもんな。」
 ルウトの言葉に、ドーゴは首を振る。
「……ボクは何もしてません。……皆が凄かったんです。そう、あとから、アッサラームでお世話になっていた親方 が、人を送ってくれたんです。ボクや長老の指示を良く聞いてくれて、色んな提案をしてくれて……軌道にのって、 更に街は発展して行った、そんな時でした。」
 ドーゴはうつむく。少し悔しそうに手を握り締めた。
「……でもいつのまにか彼らはボクの名前を使って、人を働かせ、お金を手に入れるように なって来ていたようです……ある日、革命が起こりました。そのときには、その人達は一人もいませんでした。」
「じゃあ、お前、いいように利用されてたんじゃないか!!お前、何にも悪くないだろ?!」
 ルウトが怒りに任せて叫び、クレアは少し涙ぐむ。
「そうですよ、ドーゴさんは来てくれた人を信用していたのでしょう?なのに、こんなのって、ひどいです……。」
「ありがとう。クレアさん……。」
 涙を拭くクレアの背中をルウトは優しく撫でる。そしてドーゴを見た。
「なぁ、ドーゴ、オレたちと一緒に来ないか?」
「え?」
 ルウトの言葉にドーゴは驚く。
「元々オレたちが、イエローオーブを手に入れるためにやったんだし、ここで罪人になるのはあんまりだぜ。 まぁ、魔王退治に一緒に来いって言うんじゃなくて、どっか落ち着く場所まで一緒に」
 ルウトの言葉を遮って、ドーゴは首をふる。
「……やめてください。いいんです。……本当はうすうす分かってたんです。皆のたくらみも、街の人達が 苦しんでいるかもしれないことも……分かってたんです。妙に立派な屋敷を建てさせて、名前にボクの名前を使ったときも、 税金の書類にはんこを押させたときも……気がついていたけれど……それでもやめさせられなかった……。嬉しかったから。 こんな地味なボクを皆が褒めてくれて、あがめてくれて、凄く偉くなった気がして嬉しかったから!……だから、 ボクのせいなんです。ボクの責任なんです……。」
 ドーゴはそう言うと、自分の膝を抱きしめて小さくなりながら座り込む。その姿は、とても寂しく、そして自虐的に 見えた。
「……でも、ドーゴさんは一生懸命頑張っていたんでしょう?私、そんなのって……とても、寂しいです。 ルウトの言うとおりだと思います。良かったら私たちと一緒に行きましょう?」
 そう言ってクレアは最後の鍵で扉を開け、ドーゴに手を差し伸べる。だが、ドーゴはその手を取らなかった。
「ありがとう。気持ちは、嬉しいです、クレアさん。でも、できません。気持ちは、凄くありがたいですけど……。」
「どうして、ですか?」
 そう少し悲しそうにするクレアが差し伸べる手を、ドーゴはつかんで牢の中に引き寄せ、 そして強引にその唇にキスをした。


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