牢屋の空気が凍りついた。一瞬固まったクレアが、唇を押さえながら引き込まれた牢から、這うようにあとずさる。 「ボクは、ずっとクレアさんが好きでした。だから、もしクレアさんがボクを選んでくれるというのなら、 ずっと一緒にいてくれるっていうなら、ボクはここから出ます。一緒に行きます。」 ドーゴはクレアの目を見ながらそう言った。 まっすぐな青い髪。華奢な体つき。触れた唇は薄桃色で、とても柔らかい。戦っているはずなのに、爪先までも とても綺麗だと、ドーゴは思った。 だが、その可憐な顔に浮かぶ表情がとても悲しくて、また膝を抱えてうつむいた。 「でも、そうじゃないなら、ボクをほっておいてください。……そんな優しさは、残酷なだけですから……。」 突然そんなことを言われて、クレアの頭が真っ白になる。 全然気がつかなかった。そんな風に想われているなんて。頭がくらくらする。 ドーゴがうつむきながらもちらちらとこちらを見ている。好いて、くれているのだろう。自分のことを。それは、 とても嬉しいことで、でも……。 それでも、答えは一つしかない。どれだけ間違っていても、見捨てることになったとしても。ドーゴの 気持ちを否定することになっても。 「ご、ごめんなさい!!わ、私は想いを受け取れません!で、できません、ごめんなさい!!」 ぼろぼろと大粒の涙をいくつもこぼし、クレアはそのまま身を翻して牢屋から走り去った。 「クレア!!」 エリンはその後を追いかけようとして、意外なことに動こうとしないルウトを見やる。 「ああ、悪い、追いかけてやってくれないか?エリン、あとカザヤも。多分船だと思うけどな。」 「いいけど、ルウトにーちゃんはいいの?」 「ああ、オレはここでやることがある。」 ルウトはぎらりとドーゴをにらんだ。エリンはそれを意外に想う。 「意外ね、貴方は何よりもクレアを優先すると思っていたわ。」 「当たり前だろ。……でもクレアは意外とガンコだからな。多分、今オレが行っても会ってくれないだろうしな。 ちょっと落ち着かせた方がいいんだ。」 何もかも分かり合ったような発言に、エリンは小さく笑うと、クレアの後を追いかけた。カザヤもその後に 続こうとし、思い立って振り返る。 「ルウトにーちゃん……ほどほどにね。」 「おーう。」 ルウトの気のない返事を聞いて、カザヤはエリンの後を追いかけた。 「さて、と。」 エリンとカザヤが立ち去ったのを見送ると、ルウトはドーゴに向き直る。それを見て、ドーゴはあからさまにびくっとした。 「いい度胸だ、ドーゴ。お前には世話になったが、それでも許せることと許せねぇことがあるんだぜ?」 「……前払いですよ。」 ドーゴがふいっと横を向きながら、すねたように言った。 「ああん?どういう意味だ?」 「ここから北に、ボクが昔使っていた屋敷があります。そこの謁見室の椅子の裏側には物を隠せるようになっていて、そこに 昔買い取ったイエローオーブをしまってあります。」 「見つかったのか……。」 「その事は誰にも言ってませんから、まだあるはずです。……さっきのキスはイエローオーブの代金だと思ってください。 高かったんですから、あれ。あれを買ったことも革命の理由の一つだったそうですし。」 おそらくだからイエローオーブのことは今まで触れなかったのだろうとルウトは思った。それを言ってしまえば、 クレアは気に病むだろうから。 ドーゴは本当にクレアのことが好きだったのだろう。だがそれとこれとは話が別だ。 「……キスの事は別にいい。」 「え?」 ルウトの言葉に、ドーゴは意外さのあまり身を乗り出す。 「クレアの体はクレアのものだ。クレアがそのことについて抗議しないなら、オレがとやかくいう問題じゃない。まぁ、 妬けるし、むかつくけどな。」 「じゃ、じゃぁ……?」 「オレが、怒っているのは、……よりにもよってオレの目の前でクレアを泣かせやがったことだ!!!さぁ、覚悟はできてんだろうな?!」 そうして牢屋に轟音爆音が響き渡る。あまりの音に怯えていた番人が、音が収まった後に尋ねると、黒髪の男とすれ違い、 その後には気絶したドーゴとあちこちすすだらけになった牢屋が残るのみだった。 船の自室で、クレアはベットに上半身を預けながら泣いていた。 いつから想ってくれていたのだろうか。自分はどれだけ無神経な行動を取ってきたのだろうか。どれだけ 傷つけたのだろうか。 思えば、この街のことも、自分のためだったのかもしれない。そんな風に想ってくれていたのに、何一つ相手に 返すことができない。 それどころか、……嫌だと思ってしまったのだ。キスされたことが。 相手は想いをぶつけてくれたのに。自分の心の中に一番最初に浮かんだ事は、ルウト以外とは嫌だと、そう思ってしまったこと。 今も思っている事。そんな薄情な自分がまた悲しくて。 「クレア。大丈夫?ここ、開けてくれる?」 「だ、だめです、エリン。だって、私、ひどい、女なんです。……ルウトにもきっと嫌われてしまった。どんな 顔をしたらいいか、私にはわからないんです……。」 クレアはそう言って、何度話しかけても扉を開けようとしなかった。強引に入る事はできるが、そんなことをして またどこかに行かれても困ってしまう。 「困ったわね、どうすればいいのかしら。」 「本当だよね。まぁ、僕達にできることなんてないと思うよ。……ただ一人で泣くのって寂しいから、ルウトにーちゃんの 代わりに、扉越しでも側にいてあげたらいいんじゃないかな。」 カザヤは子供じみた笑顔で、そんな大人びたことを言いながら、クレアの部屋の扉の前に座る。 「ねぇ、クレアねーちゃん。ルウトにーちゃんはクレアにーちゃんを嫌いになったりするはずないよ。」 「っく、ひっく、で、でも、私、他の人に……。」 「だって、クレアねーちゃんはルウトにーちゃんが同じことされても、嫌いになんてなれないでしょ?」 「いい事いうな、カザヤ。」 そこに割り込んだのは、両手にイエローオーブを抱えた、ルウトだった。 「あら、ルウト。イエローオーブあったのね。」 「ああ、ドーゴが見つけて買ってくれてたらしい。これであと一つだったな。」 ルウトはエリンにイエローオーブを渡し、クレアの部屋の扉をノックした。 「クレア。」 「ルウト……。私……、」 「愛してる。」 クレアの言葉の先をふさぐように、ルウトは強く言い切った。 「……ルウト……?」 「愛してる。誰よりもだ。ドーゴなんかより、ずっとずっとずっと、クレアを愛してる。……ごめんな、泣かせて。」 「そんな、ルウトは……。」 「守るってずっと言っておいて、もう、オレのこと幻滅したか?」 その言葉に、がちゃりと音を立てて扉が開く。そこには、赤い目を更に真っ赤にしたクレアがいた。 「そんなことありません!ルウトは優しくて強くて……私だって、ルウトが好きで……ルウト以外にキスなんか、されたくなくて ……そんなこと思ってしまうなんて、ドーゴさんに申し訳ないですけど、でも……。」 ルウトはクレアを抱きしめる。ルウトの後ろできい、と扉が閉まった。どうやらカザヤが閉めてくれたらしい。 「オレだってそうだ。こんなことオレが思う資格もないのに、嫌だった。」 ルウトはそう言うと、クレアの唇にキスをした。ドーゴがしたのよりも、もっと長く、熱いキスを。 「ルウト……。」 「消毒だ。悔しいからな。」 「……ルウト……。」 舌を出して小さく笑うルウトに、クレアは今まで泣いていたことも忘れて笑った。 |
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