〜 30.シルバーオーブ 〜


「……オレは、青い空か、輝く夜空が見たかったんだがな……。」
 魔王の城が築かれた土地につながる洞窟は、果てしなく長く、そして複雑だった。
 落とし穴に、ひび割れた通路、何のために創られたのか分からない、水路にかかる橋と複雑な通路。そして 凶悪なモンスターたち。
 それでもモンスターのボスの登場が杞憂に過ぎなかったのが幸いだった。
 だが、ようやく長い洞窟を出て、見えたのが魔王にすっかり汚染された空と大地、そして海とあれば、 がっかりするルウトの気持ちも分からなくもない。
 そんなルウトの腕につかまりながら、クレアは怯えたように目の前にそびえる魔王城を見る。
「そうですね、ルウト。……それにしても……あれが、魔王城なの……。」
 黒い闇を生み出すように、大きな雲の真下。想像していたようなおどろおどろしいわけではなく、むしろ概観は すっきりとした美しい城に見える。
「そう……ここからでは手が届かないけれどね。結界が張られているから普通の手段では近づけないわ。 ……私もこんな空をいつまでも見ているのは うんざりよ。早く用を済ませましょう。」
「どっちに行けばいいの?エリンねーちゃん。」
「あっちよ。もう少し進めば祠があるはずよ。」
 そう指をさしたエリンの手を、カザヤはつかんで歩き出す。
「何?どうしたの?」
「別に、ちょっとこうしたかっただけだよ。」
 カザヤは少し寂しそうにそういうと、その手をそっと離した。


 その祠には、男性が一人他佇んでいた。
「なんと、ここまでたどり着くものがいようとは……さぁ、このシルバーオーブを授けようぞ。」
 男はそう言って、戦闘にいたルウトにシルバーオーブを手渡す。
「そなたならきっと魔王を打ち滅ぼしてくれるであろう。伝説の不死鳥ラーミアもそなたらの助けとなってくれるであろう。」
「貴方は、ずっとここに住んでいらっしゃるのですか?大丈夫ですか?」
 クレアの言葉に、男は笑う。
「気にする事はない。わしはこれが仕事。これのために生まれてきたんじゃ。それは 天からの大事な授かりものじゃよ。そなたら、気ぃつけてな。」


 シルバーオーブを袋に入れる。これで最後のオーブがそろったことになった。
「そんで、次はどこに行くんだったか?」
「ここから南、レイアムランドにラーミアの祭壇があるわ。……けれどその前に……レットに見せに行ってもかまわないかしら?」
「ああ、そういえば約束したんだったな。いいぞ。」
「ええ、もちろんです。」
 そんな三人の横で、カザヤは小さな声で少しすねながらエリンに尋ねる。
「レットって、誰さ?僕知らないよ。」
「私がお世話になった海賊の頭よ。意思が強い立派な人で、レッドオーブをくれたの。レットは一度 全部のオーブがそろったところを見たいと言っていたのよ。」
「そっか。……うん、じゃあ早く見せてあげないとね。」
 ちょっと不満げにいうカザヤを気にもせず、エリンは頷く。
「では行きましょう。」
 三人から許可をもらい、エリンは早々にルーラの呪文を唱えた。


 ルウトの腕の中で、クレアはどこか悲しそうな顔をしながら眠っている。ルウトはそっとクレアをベッドに降ろし、 額に小さくキスを落とした。
「おやすみ……それじゃ、カザヤ、頼むな。」
 眠るクレアにつぶやくと、くるりと振り返り、後ろにいたカザヤに声をかける。
「うん、大丈夫。鍵かけとくから、心配しないで。僕あんまり酔ってないしね。ルウトにーちゃんこそ、エリンねーちゃんを よろしくね。」
 海賊の頭が女だと分かると、目に見えて顔を輝かせた。そして薦められるままに酒を飲んだのだが、カザヤはつぶれなかった。 どうやら酒に強いらしく、心配して側にいたクレアが先につぶれてしまったのだった。
「わかった、じゃあ何かあったら呼べよ。」
「心配性だなぁ、ルウトにーちゃん。お休みー。」
 そういって手をふるカザヤに手で合図して、ルウトはレットの部屋まで戻った。

「二人とも寝た?」
「いや、あの新顔、子供の癖に行ける口じゃないかい。あと10年もしたらいい男になるよ。あんたもいい男に 惚れられたね。」
「何を馬鹿なことを言っているの。まだ子供よ、カザヤは。」
 口々にいうエリンとレットの向かいに、ルウトは座る。
「まぁ大丈夫だろ。クレアは酔っ払って寝ちまったから、あとで水でも置いておくよ。」
「……それにしても……本当に六つ集まるとはね。親父が見たらさぞ感動するだろうね。」
 テーブルの上には、今まで集めた、緑、赤、青、紫、黄、銀のオーブが並んでいる。そのうちの一つ、赤のオーブになまめかしく ついっと指を這わせ、レットは遠い目をした。エリンも緑のオーブに目をやりながら、レットと同じ目をした。
「そうね……本当にそう思うわ。明日にはレイアムランドでラーミアが蘇る。……ついにたどり着くのよ。」
「そうだね……ルウト、あんたは本物の勇者なんだね。」
 そういうレットに、ルウトはいつもどおり苦笑する。
「オレは偽者だよ。ただ、クレアを幸せにしたいだけだからな。その為だけにオレはここまで来た。」
「いつもそういうのね。……ルウトはクレアのどこが好きなの?」
 エリンの言葉に、ルウトは一瞬目を丸くした。
「理由がいるか?」
 自信満々にそう言い切ったあと、まくし立てるように話を続ける。
「全部に決まってる。優しいところも、ちょっと泣き虫なところも、頑張り屋なところも、内気なところも、 料理や裁縫が上手くて、作っていて楽しそうなところも、もちろん顔も髪も、怖がりな弱いところも、それでいて しっかりとした意思があるところも全部好きだ。」
「それは、言ってあげたの?クレアには伝わってないんじゃないかしら?」
 熱い熱い愛のメッセージに苦笑しながら、エリンはルウトに尋ねる。
「ん?……ああ、クレアが何か言ってたか?」
「そうね……許されない、とは言っていたわ。クレアがいつもおどおどしているのは自信がないからではないかと思って。」
「それは仕方ない。オレの言葉はクレアには届かない。」

 少し悔しそうにいうルウトに、レットまでも不思議そうな顔をした。
「そうかい?暑苦しいカップルだと思ったけどね。」
「オレがあげたクレアの長所は、全部クレアの母親に否定されてるだろうからな。……クレアが本当に認められたいのは オレじゃなくて母親なんだ。」
 ふがいない自分を責めるように、ルウトはこぶしを握る。
「まぁ、クレアは跡継ぎ向きの子ではないでしょうけれど、婿を取る子としては満点だと思うけれどね。」
「仮にクレアが跡を継ぐとしてもな、優秀な周りがいればクレアはあのままでいいと思うんだ。……けどな、 クレアの母親が死んじまった父親の代わりに、同じような息子で穴埋めしたいんだろうな。それしか見えちゃいない。」
「まぁ、跡継ぎってのは色々大変なもんさ。本人がやりたいならそうさせてやるのも 愛だと思うけどね。クレアはなんの跡継ぎなんだい?」
 どこか共感したらしいレットが、酒を煽りながら笑う。
「ああ、町で一番大きな教会だ。」
「なんだい、なら女が継いでも良さそうだけどね。」
 レットの言葉に、ルウトも酒を煽って答える。
「それはそっちと同じだ。ただ祈るだけじゃなくて、色々治める必要があるだろ。困ったときには手を貸す必要があるしな。だからこそ 人格者で、特に魔力に秀で、体力もあり、……神の教えに従順でなければならない。」
 どこか凍りついたようにいうルウトに、レットがぽん、と肩を叩く。
「ま、頑張りなよ。あんたが勇者として名をあげたら、婿として認めてもらえるかもしれないね?」
「ああ、オレもそれを狙ってんだ。そのために倒すぜ?魔王。」
 ルウトはそう冗談めかして言った後、にやっと笑って見せた。その表情を見て、 レットは酒を煽る。
「……オルデガ・トーヴィーが死んで2年……。その知らせを聞いたときは本当に駄目かと思ったけどね……。 まだあんたみたいなのがいたんだね。」
「知っているのか?親父を?」
 ルウトが目を丸くしてレットを見る。エリンも初耳のようで、表情を少し変えた。
「ちらりと見ただけよ。それでもあんたの親父はたくましくて、男の中の男だったよ。だから死んだと 聞いてびっくりした、それだけさ。」
「そうか……。」
 ルウトはなにやら複雑な表情で、ふーと息を吐いた。

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