〜 34.勇者の真実 〜


 深い森の中。泣きながらルウトと抱き合っていたクレアが、ゆっくりと立ち上がる。
 青く長い髪が、ふわりと揺れる。
 その華奢な体も、涙で潤んだまなざしも、少し震えた小さな唇も、誰もが守ってあげたいと 思うほど可憐だった。
 だが、その目に強さを浮かべ、クレアはエリンとカザヤに深く、深く頭を下げた。
「ごめんなさい、エリン、カザヤ。私はずっと二人に嘘をついていました。」
 クレアはぱっと頭を上げ、二人の目を見ながら言う。
「私が、オルデガ・トーヴィーの娘で、王から世界を救うために旅立つように命じられた勇者、 クレア・トーヴィーです。」
 エリンは何も言わなかった。カザヤも何も言わなかった。その無言を受けて、クレアは更に語る。
「騙していたつもりはない、なんて言いません。私は、自分のために、自分の気持ちのために、 二人をたばかっていました。……私は、怖かったんです。自分が、勇者だなんて思えない。 私が世界を救えるなんて、そんな風にどうしても思えなかった……怖かったんです。本当は モンスターと戦うことも……剣を持つことさえも、私は、怖くて……。私の行動で、世界の全ての 人達の幸せが決まるのだって思ったら……動けなくて……。」
 きゅ、と拳を握り締めるクレアの肩をルウトは立ち上がってそっと抱く。
「クレアが悪いんじゃない。……エリン、カザヤ。謝るのはオレだ。かばっているんじゃないぜ? オレが強引に嘘をつかせた。ちゃんと勇者として名乗るって言ったときも、二人に 嘘をついているのが嫌だと言ってきたときも、オレが拝み倒して無理やりににそれを止めた。だから 責められるならオレのほうだ。」
「ルウト!」
「事実、だろ?クレアはずっと泣いてたの、オレ知ってるんだぜ。……オレがそこまでしても二人を 騙していたのはいくつか理由がある。」
 止めようとするクレアを横に、ルウトはエリンとカザヤに説明を始める。
「一番の目的は、さっきクレアが言ったとおりだ。ほとんど戦ったこともないクレアに、皆が勇者だからと 全部を押し付けるのが許せなかった。それに怖がっているクレアの心を守りたかった。」
 エリンがもの言いたげな目線を理解し、ルウトは頷く。
「……最初エリンに会ったときは、エリンはずっと『勇者』を求めてた。 オレを勇者だと勘違いして……クレアが勇者だって知ったら、どんな反応 するか分からなかった。だからごまかした。最初は一緒に旅をするつもりもなかったんだが ……それでも一緒に旅をしようと思ったのは、エリンが偽者のオレを本物の勇者にしてくれるって言ってくれたからだな。」
 あの時のことを思い出して、ルウトは小さく笑う。
「すぐにバレると思ったんだ。俺は魔法が使えないただの戦士だったし、戦闘したらそう遠くないうちにわかっちまうって。 その時にエリンがどんな反応するかと、怯えてたんだが……まさかエリンがあれほど強いとは思わなかった。他にも 何度か覚悟したことはあったんだ。ロマリアとかポルトガとか、クレアのこと……オルデガさんの子供のことを知っている 奴もいるかなって。アリアハン王が宣伝してるんじゃないかってな。結局……ロマリアでは知ってたけど、ポルトガでは 言われなかった。」
 そしてロマリアでは、エリンは王の前に行かなかった。それは偶然だったのだろう。だが、それが 積み重なってここまで来たのだ。
「ポルトガで、王が勇者のことを知らなかったとき、オレは考えた。これを最後まで突き通すのか、それとも 自分の口から詫びるのか……。エリンが信用できる奴だってのは分かってた。多分言っても分かってくれるだろうって な。……けど言わなかったのは、もう一つ、理由があったからだ。」

「もう一つ、ですか?」
 そう口を開いたのは、他でもないクレアだった。そんな事は聞いた事がなかったからだ。
「……クレアの父さんは凄い人だった。ちゃんと会った事はないけど、伝説だけは先生達から山ほど聞いた。その 人が火山に落ちてなくなったなんて……嘘だろって思うぜ。まして一度あの火山に登った今なら、なおさらな。でも こう考えたら納得がいく。オルデガさんは、多分モンスターに襲われたんだ。それもただの モンスターじゃない、勇者討伐のためのモンスターに、な。」
「それは……。」
「アリアハンの王が、皆が、世界が勇者に希望をかけているように、多分モンスターも勇者を恐れてる。……狙われてるかも しれないと思った。それなら、仲間の態度も、オレが勇者だと思わせておいたほうがいいと思った。 ……だから、オレは勇者でいようと思った。最初についた嘘を最後まで張り通そうと思った。」
”オレはこのために、ずっと……ここまで来たんだからな!”
 体を貫かれながらも、そう言って笑っていたルウトを思い出す。
「私の……身代わりに、……?」
「でも、そういったらクレア、怒っただろう?だから言わなかった。だからエリン、カザヤ。これはオレのわがままだった。 責められるならオレだ。嘘をついていたことに後悔はない。けど、オレたちを信用してくれた二人を騙したことには侘びを入れたい。 すまなかった。」
 頭を下げるルウトに、クレアが首を振る。
「違います。私が、私がずっと守られていて、何も出来なくて、皆のことも……もしあんなふうに……期待はずれだと 思われたらと怖くて……黙っていたんです。……何を言っても信じてもらえないかもしれないけれど……それでも、 私は二人のことが好きです、大好きです。それだけは、信じて、ください……。」
 クレアもその横で頭を下げた。


 しばらくの沈黙が流れた。やがて、ぽつりとカザヤが促す。
「って二人は言ってるけど、エリンねーちゃんは許せない?」
「……カザヤはどうなの?」
「え?僕?僕はまぁ、元々ルウトにーちゃんとクレアねーちゃん、エリンねーちゃんについてきたかっただけで、 勇者とかは別に良く分からないからね。……でもエリンねーちゃんが許せないことだって思うなら、 一緒に怒っても良いよ。」
 あっけらかんと笑うカザヤ。そのカザヤをエリンはじっと見る。
「……そうね。」
「あの、エリン……。」
 声をかけてきたクレアに、エリンは微笑む。
「ねぇ、クレア。ランシールで私が言ったこと、覚えている?」
「?」
「信じているわよ、だからこうして、全ての説明が終わるまで待っていたの。」
 そう笑うエリンに、クレアは思わず抱きついた。
「エリン!!」
「正直に言えば、とても複雑な気分よ。やっぱり騙されていたような、信用されていなかったようなそんな 気分もあるわ。……けれど、私は仇を討てた、魔王を倒せた。そして……貴方達と出会えた。だから、 いいわ。許してあげる。」
「エリン、ありがとう!!」
 クレアは抱きついたまま笑顔で涙をこぼす。その横で、ルウトは抱きつかれて苦笑しているエリンの顔を 覗き込む。
「……ありがとう、エリン。オレがあそこまで行けたのも、エリンのおかげだ。オレは結局 本物の勇者にはなれなかったみたいだが、もう少しうまくやれてたら、エリンの言ってくれた通りそう なれていたのかもしれないな。」
「……そうでもないわ、ルウト。少なくとも私達にとっては。貴方はきっと本物の 勇者だったわ。」
 きゅうきゅうと抱きしめてくるクレアを抱き返しながら、エリンは深い声音で静かにそう言った。

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