〜 35.勇者と偽者の事情 〜


 アリアハンの街は、喜びに沸いていた。
「これは、何事だ?」
 ルウトが呆然としているなか、エリンは周りの声を冷静に聞く。
「……おそらくなんらかの事情で、魔王が倒されたことが皆に伝わっているのでしょうね。だから皆 喜んでいるのでしょう。」
「……お母さん……。」
 クレアがほとんど消え去りそうな震える声を出して立ち止まった。
 その視線の先を追ってみると、そこには品の良さそうな女性が一人立っていた。青い髪やそこかしこに クレアの面影があり、一目で母親だと分かった。
「クレア……ああ、クレア。王様から通達があって……貴方が世界を救ったとお告げがあったと聞いたわ…… ずっと心配していたのよ!!」
 母親は涙を流しながら両手を広げ、こちらへ駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、クレア!!」
 そう言って抱きしめたのは、ルウトだった。


「必ず魔王を倒してくると信じていたわ、だって貴方はあの人の、勇者オルデガの子ですものね。でも、一度も姿を 見せないで……どれだけ心配したと思っているの……。」
 そう言いながら泣く母親と、抱きつかれて苦々しく笑うルウト。
「でも、こうして帰って来てくれた……貴方は本当に立派な勇者だわ……。」
 エリンはクレアとルウト、そして母親をじっと見る。
 クレアと言っていた。姿も似ている。けれど抱きついているのはルウトで。
「おかあさんは嬉しくて嬉しくて……今の貴方の姿を、あの人にも見せたかったわ……こんな立派な息子に 成長したことを、あの人は喜ぶでしょうね……。ああ、クレア……。」
「…泣かないで、お母さん……。」
 そう言うクレアこそが、どこか泣きそうな顔をしていた。
 そう呼びかけられ、母親は顔を上げてクレアを見る。
「ええ、これだけ喜ばしいことですものね。クレア……王様に報告していらっしゃい。そして帰ってきたら 旅の話をしてね。お義父さんも待っているのよ。」
 そう、なんら変わらず言う。
「……ええ、行ってきます。」
 クレアがそう言うと、ルウトは何も言わずクレアの母親を引き離した。


 大通りでは、すでに世界平和の喜びの声で大騒ぎになっていた。それをいち早く察知して、ルウトは出来る限り裏道を通り、 王城へと向かっていた。
 クレアは泣いてはいなかった。ただ、とても深い悲しみに包まれているのがわかった。それは、出会ったときの クレアの雰囲気そのままだった。
 ルウトは憮然としていて、不機嫌さが見ているだけで伝わっている。
 あの不可解な出来事を説明して欲しいのだが、どうにも口が出しにくく、エリンは助けを求めてカザヤを見るが、カザヤはなにやら 難しい顔をしていた。
 ただひたすら後ろをついて歩いたが、エリンはやがて意を決して口を開く。
「あの、」
「ルウト、お前か!」
 その声を消すように、一人の青年がこちらをにらみつけていた。


 黒い髪を耳の上あたりで切りそろえ、目には眼鏡。しっかりとした僧服からはそれなりの実力の僧侶なのだと 伺えた。
 その青年を見た瞬間、今まで不機嫌だったルウトの目にしわが寄る。舌打ちさえして見せた。
「よりにも寄って嫌な奴に会っちまったな……。」
「それはこちらのセリフだ!!このフォースター家の恥さらしが!!お前が陛下にあのような無礼をしたおかげで、 私たちがどれだけ肩身の狭い思いをしたと思ってるんだ!!?」
「じゃあそのセリフは、魔王討伐っていう偉業を成し遂げて帰ってきた弟に対していうセリフなのか?」
 吐き捨てるようにして言うルウトの言葉に、思わず青年を見返す。そういわれれば、面影があるようにも、見えた。
「うるさい!お前のような出来損ないが、魔王討伐だと?!ふざけるな!!」
 ルウトは兄を見据えたまま、頭の中ですばやく呪文を構築する。
「ヒャダルコ!!」
 氷柱が雨のように兄のすぐ側の地面に突き刺さっていく。そのうち一つの氷柱が、兄の頬をかすった。
「な、ななななな、なんだと、お前、呪文……。」
「悪かったな。かすらせるつもりじゃなかったんだが。まぁ、オレも未熟者の出来損ないだからな。……ベホマ。」
 そんなわざとらしいことを言いながらルウトが手をかざすと、兄の頬の切り傷が一瞬にして治った。 兄はもはや呆然として腰をついた。
「ま、まさか、お前が、お前が、賢者……に?そんな、そんな馬鹿なことがあるものか……馬鹿な……。」
「さて、優秀な優秀なお兄様は、せめて火の玉の一つくらいは出せるようになったのか?ん?」
 皮肉に満ちた目で笑うと、そのままその場を去っていく。あわてて四人はその後を追いかけた。

「そういえば、クレアねーちゃんが勇者だとすると、ルウトにーちゃんの家はどうなの?」
 気まずい雰囲気を吹き飛ばすようにカザヤが気楽にそう聞くと、ルウトはふうとため息をつき、街で一番大きな教会の十字架を指差す。
「あそこだよ。もっともオレは、ホイミどころか魔力のまったくない、できそこないだったがな。」
 そう言って、さきほどのことを思い出したが、ルウトはすがすがしく笑って見せた。


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