のどの辺りが苦しい。緩めたくとも複雑に結ばれたタイは、自分では直せそうにもない。 そもそもあてがわれたこの正装自体、着るのはあまり得意ではないのだ。 案内された大広間では、知らない人間がじろじろこちらを見ている気がして、どうにも落ち着かない。 城に入った途端、ほとんど拉致されるかのように、四人は別々に案内され、強引に風呂に入れられ、そしてこの 正装を着せられ、パーティー会場へと案内された。 何度メイドに尋ねても『戦勝の前祝のパーティーです。今回は内輪のものだけですからご安心ください。』としか言われなかったのだが、 どう見ても50人以上の人間がその会場に集まっていた。 「うわぁ、ルウトにーちゃんめちゃめちゃかっこいい!」 その声だけで、張り詰めていた空気が和んだ。 「ありがとな、カザヤ。お前も着せられたか。」 「うん、初めて着たから変な感じだよ。おかしくない?」 そう言ってくるりと回るカザヤも、堅苦しい黒い正装を着せられているが、首のタイは 自分のよりシンプルで楽そうだったのでうらやましかった。まだ小さなカザヤが来ているせいか、 かっこいいというよりどこかほほえましい。 「おかしくねーよ。まぁ、キモノだっけか?あっちの方が似合ってたけどな。」 「あ、やっぱり?でも一体何するの?」 「勝利の前祝だとさ。……嫌な感じだな。親父とか来てなきゃいいけどな。」 吐き捨てるようにいうルウトの言葉に、カザヤが何かを思い出したようだ。 「あ、そういえば、ルウトにーちゃん……」 「お待たせ、こんなところにいたの。」 しゃら、と布を滑らせて登場したのは、エリンだった。 赤い髪を結い上げ、銀で飾っている。それにあわせているのだろう、耳と首にもそれとそろいの 銀の飾りをつけている。そして体のラインが出る光沢のある黒のドレスは、エリンの赤い髪をとても よく引き立てていて、化粧した顔もあいまって、二つ三つ大人に見えた。 「……。」 カザヤはその姿を見た途端、ぽかんと目を開けた。それを見て、エリンは微笑む。その唇が赤く染まっていて カザヤをよりどきどきさせる。 「あら、カザヤ可愛いわね。」 「ありがとう。エリンねーちゃん、すごく綺麗だ。ね?ルウトにーちゃん。」 「ああ、すげえな。見違えたぜ。」 その言葉を聞いて、エリンは照れたように笑う。 「そう?ありがとう。こんなの着たの初めてだから……おかしくないかしら?」 「いや、様になってるぜ。この広間にいる中で、一番だな。」 エリンは自分の姿が気になるようで、あちこち具合を確かめている。 「だといいけれど……けれどこれから私たちは何をさせられるのかしら?」 「さてな。ろくなことじゃないだろうが……クレアは大丈夫か?」 心配そうに周りを見るが、クレアの姿は見えなかった。だがやがて。 「……クレア?!」 ルウトは何かを聞きつけて振り返る。何も聞こえなかった二人は、顔を見合わせるがルウトが動く前に、近くの扉が 開いた。 白い布に金糸の縫い取りのある豪奢なドレス。青い髪を結い上げて、美しい金の宝冠をつけていた。輝く ダイヤの首飾りと耳飾りは、まぶしく灯りに反射する。 そして奇妙なのは、肩に、金の肩当てが着いていたことだった。鎧によく使われるものだが、ドレスにはまずつけない。 もちろん実用性はないただの飾りなのだろう、面というよりは線で美しいラインを織り込まれ、宝石で装飾された それは美しかったが、ドレスの飾りとしては変わっていた。 「ごめんなさい、なんだかずっと留められていて……ようやく出てきたんです。……わぁ、エリンとっても 綺麗です。」 「そう、クレアもとても似合っているわ。」 「うん、凄く綺麗。きらきらしてる。」 そう笑いあう三人の横で、ルウトは魂が抜かれたようにクレアを見る。 「ルウトもとてもかっこいいです。よくお似合いです。」 「……綺麗だ。まるで女神のようだ。」 ルウトの言葉はあながち言いすぎというわけではなかった。肩当てのせいか、クレアはまるで戦女神、というに ふさわしい輝きを放っていた。おそらくそれが狙いなのだろう。クレアがただドレスを着ていただけでは、 美しさはともかく、勇ましさは期待できない。 「そ、そんな風に見つめられたら、恥ずかしいです、ルウト。」 「だって、そんなに綺麗なんだ。他に目なんて行くはずない、オレは……」 そう言いながらクレアの両手を手で包み込んだときだった。ルウトの頭をごちん、と叩かれた。 「いってぇーーー!!」 ルウトが頭を抑えて座り込む。だが、クレアはそれに抗議することなく、目を輝かせた。 「おじいちゃん!!」 「まったくくそガキが、うちの孫娘に手を出すなとあれほど言っただろうが!おうおう、クレア綺麗になってのぅ。 お帰り、頑張ったな。」 白髪が見え出したわりにはがっしりとした体系で、まだまだしっかりした体つきだ。ルウトに対しては にらみを利かせていたが、クレアに抱きつかれ相好を崩した。 「おじいちゃん、ここにいたのね?」 「おう、トーヴィー家の主として招かれていての。クレア、よう帰って来てくれた。わしはそれが何より嬉しいぞ。」 抱きしめあって喜ぶ二人に、カザヤが頭を下げる。 「初めまして、僕カザヤって言います。おじいさんがクレアのおじいさんで、オルデガさんのお父さんですか?」 「よう挨拶したの。そうじゃ、妻にも息子にも先立たれ、孫娘が生きがいな哀れな老人じゃよ。」 そう言いながらルウトをにらむ。もちろん冗談なのだろうが、やはりおもしろくなくルウトは膨れた。 「初めまして、私はエリンと申します。娘さんにはとてもお世話になりました。」 「おうおう、美人じゃのう、眼福じゃ。」 「おじいちゃん、これって何をするのかな?」 「そうじゃな、おそらく……」 そう話し合っている横で、カザヤがこっそりルウトに声をかける。 「ルウトにーちゃん、ちょっといい?」 カザヤに連れられ、ルウトは誰もいないバルコニーまでやってきた。 「なんだ?」 「話があるんだよ。」 真剣に言われ、ルウトは広間を指差した。音楽が流れる。どうやら王が登場したらしい。 「あっちじゃ駄目なのか?」 「クレアねーちゃんには聞かせないほうが良い話かもしれないから。……確認しておきたいんだけど、 クレアねーちゃんがオルデガさんっていうすっごい勇者の娘で、さっきの女の人がその奥さん。でさっきの 人が父親でいい?」 「ああ、そうだが?」 今更何を言っているんだろうと、クレアをちらちらと見ながら頷く。王は長々しい口上を述べていた。 「他にオルデガさんに家族っているのかな?」 「いないと思うぜ。言ってた通り、母親は随分前に死んでるらしいし、クレアに兄妹もいない。」 しばらくの沈黙。ルウトが視線をクレアに向けると、どうやら呼ばれたらしいクレアが王の前に跪いていた。 なにやらクレアを褒めているようだ。存分にクレアを褒めてくれ、と思いながらも心配で心が そちらに奪われる。 「……おかしいんだ、ルウトにーちゃん。」 「あ?」 心ここにあらずでなんとかそう聞き返すと、カザヤは真剣な顔でずずっと迫ってきた。 「オルデガさんの姿が、どこにも見えないんだ。」 「は?何を言ってるんだ?オルデガさんは……」 そこまで言って、初めて気がつく。カザヤは、死者の姿が見える。 「クレアねーちゃん、お母さん、おじいさん。あと死んだ場所。どこにもいない。おかしいよ、 突然勇者になった娘も、おかしくなっちゃった奥さんも気にせず、強かった人が眠れるわけがない。 絶対見守ってるはずなんだ……なのに、いないんだ、どこにも。」 「ま、まじか?何で今まで何にも言わなかった?」 「ルウトにーちゃんが勇者なら、それに託して安心して空に上っても、そう不自然じゃないって思ってた。 しっかりしてるしね。でもクレアねーちゃんだよ?ねーちゃんが悪いわけじゃないけど、親なら絶対 心配なはずだ。でも、目を凝らしてもいないんだよ。」 「どういうことなんだ?」 「わからない……でも、絶対なにかあると思うんだ。」 そう言ったときだった。空間を真っ白に染める『災い』が現れた。 |
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