〜 36.アリアハン城 〜


 のどの辺りが苦しい。緩めたくとも複雑に結ばれたタイは、自分では直せそうにもない。
 そもそもあてがわれたこの正装自体、着るのはあまり得意ではないのだ。
 案内された大広間では、知らない人間がじろじろこちらを見ている気がして、どうにも落ち着かない。
 城に入った途端、ほとんど拉致されるかのように、四人は別々に案内され、強引に風呂に入れられ、そしてこの 正装を着せられ、パーティー会場へと案内された。
 何度メイドに尋ねても『戦勝の前祝のパーティーです。今回は内輪のものだけですからご安心ください。』としか言われなかったのだが、 どう見ても50人以上の人間がその会場に集まっていた。
「うわぁ、ルウトにーちゃんめちゃめちゃかっこいい!」
 その声だけで、張り詰めていた空気が和んだ。
「ありがとな、カザヤ。お前も着せられたか。」
「うん、初めて着たから変な感じだよ。おかしくない?」
 そう言ってくるりと回るカザヤも、堅苦しい黒い正装を着せられているが、首のタイは 自分のよりシンプルで楽そうだったのでうらやましかった。まだ小さなカザヤが来ているせいか、 かっこいいというよりどこかほほえましい。
「おかしくねーよ。まぁ、キモノだっけか?あっちの方が似合ってたけどな。」
「あ、やっぱり?でも一体何するの?」
「勝利の前祝だとさ。……嫌な感じだな。親父とか来てなきゃいいけどな。」
 吐き捨てるようにいうルウトの言葉に、カザヤが何かを思い出したようだ。
「あ、そういえば、ルウトにーちゃん……」
「お待たせ、こんなところにいたの。」
 しゃら、と布を滑らせて登場したのは、エリンだった。
 赤い髪を結い上げ、銀で飾っている。それにあわせているのだろう、耳と首にもそれとそろいの 銀の飾りをつけている。そして体のラインが出る光沢のある黒のドレスは、エリンの赤い髪をとても よく引き立てていて、化粧した顔もあいまって、二つ三つ大人に見えた。
「……。」
 カザヤはその姿を見た途端、ぽかんと目を開けた。それを見て、エリンは微笑む。その唇が赤く染まっていて カザヤをよりどきどきさせる。
「あら、カザヤ可愛いわね。」
「ありがとう。エリンねーちゃん、すごく綺麗だ。ね?ルウトにーちゃん。」
「ああ、すげえな。見違えたぜ。」
 その言葉を聞いて、エリンは照れたように笑う。
「そう?ありがとう。こんなの着たの初めてだから……おかしくないかしら?」
「いや、様になってるぜ。この広間にいる中で、一番だな。」
 エリンは自分の姿が気になるようで、あちこち具合を確かめている。
「だといいけれど……けれどこれから私たちは何をさせられるのかしら?」
「さてな。ろくなことじゃないだろうが……クレアは大丈夫か?」
 心配そうに周りを見るが、クレアの姿は見えなかった。だがやがて。
「……クレア?!」
 ルウトは何かを聞きつけて振り返る。何も聞こえなかった二人は、顔を見合わせるがルウトが動く前に、近くの扉が 開いた。

 白い布に金糸の縫い取りのある豪奢なドレス。青い髪を結い上げて、美しい金の宝冠をつけていた。輝く ダイヤの首飾りと耳飾りは、まぶしく灯りに反射する。
 そして奇妙なのは、肩に、金の肩当てが着いていたことだった。鎧によく使われるものだが、ドレスにはまずつけない。 もちろん実用性はないただの飾りなのだろう、面というよりは線で美しいラインを織り込まれ、宝石で装飾された それは美しかったが、ドレスの飾りとしては変わっていた。
「ごめんなさい、なんだかずっと留められていて……ようやく出てきたんです。……わぁ、エリンとっても 綺麗です。」
「そう、クレアもとても似合っているわ。」
「うん、凄く綺麗。きらきらしてる。」
 そう笑いあう三人の横で、ルウトは魂が抜かれたようにクレアを見る。
「ルウトもとてもかっこいいです。よくお似合いです。」
「……綺麗だ。まるで女神のようだ。」
 ルウトの言葉はあながち言いすぎというわけではなかった。肩当てのせいか、クレアはまるで戦女神、というに ふさわしい輝きを放っていた。おそらくそれが狙いなのだろう。クレアがただドレスを着ていただけでは、 美しさはともかく、勇ましさは期待できない。
「そ、そんな風に見つめられたら、恥ずかしいです、ルウト。」
「だって、そんなに綺麗なんだ。他に目なんて行くはずない、オレは……」
 そう言いながらクレアの両手を手で包み込んだときだった。ルウトの頭をごちん、と叩かれた。


「いってぇーーー!!」
 ルウトが頭を抑えて座り込む。だが、クレアはそれに抗議することなく、目を輝かせた。
「おじいちゃん!!」
「まったくくそガキが、うちの孫娘に手を出すなとあれほど言っただろうが!おうおう、クレア綺麗になってのぅ。 お帰り、頑張ったな。」
 白髪が見え出したわりにはがっしりとした体系で、まだまだしっかりした体つきだ。ルウトに対しては にらみを利かせていたが、クレアに抱きつかれ相好を崩した。
「おじいちゃん、ここにいたのね?」
「おう、トーヴィー家の主として招かれていての。クレア、よう帰って来てくれた。わしはそれが何より嬉しいぞ。」
 抱きしめあって喜ぶ二人に、カザヤが頭を下げる。
「初めまして、僕カザヤって言います。おじいさんがクレアのおじいさんで、オルデガさんのお父さんですか?」
「よう挨拶したの。そうじゃ、妻にも息子にも先立たれ、孫娘が生きがいな哀れな老人じゃよ。」
 そう言いながらルウトをにらむ。もちろん冗談なのだろうが、やはりおもしろくなくルウトは膨れた。
「初めまして、私はエリンと申します。娘さんにはとてもお世話になりました。」
「おうおう、美人じゃのう、眼福じゃ。」
「おじいちゃん、これって何をするのかな?」
「そうじゃな、おそらく……」
 そう話し合っている横で、カザヤがこっそりルウトに声をかける。
「ルウトにーちゃん、ちょっといい?」


 カザヤに連れられ、ルウトは誰もいないバルコニーまでやってきた。
「なんだ?」
「話があるんだよ。」
 真剣に言われ、ルウトは広間を指差した。音楽が流れる。どうやら王が登場したらしい。
「あっちじゃ駄目なのか?」
「クレアねーちゃんには聞かせないほうが良い話かもしれないから。……確認しておきたいんだけど、 クレアねーちゃんがオルデガさんっていうすっごい勇者の娘で、さっきの女の人がその奥さん。でさっきの 人が父親でいい?」
「ああ、そうだが?」
 今更何を言っているんだろうと、クレアをちらちらと見ながら頷く。王は長々しい口上を述べていた。
「他にオルデガさんに家族っているのかな?」
「いないと思うぜ。言ってた通り、母親は随分前に死んでるらしいし、クレアに兄妹もいない。」
 しばらくの沈黙。ルウトが視線をクレアに向けると、どうやら呼ばれたらしいクレアが王の前に跪いていた。 なにやらクレアを褒めているようだ。存分にクレアを褒めてくれ、と思いながらも心配で心が そちらに奪われる。
「……おかしいんだ、ルウトにーちゃん。」
「あ?」
 心ここにあらずでなんとかそう聞き返すと、カザヤは真剣な顔でずずっと迫ってきた。
「オルデガさんの姿が、どこにも見えないんだ。」
「は?何を言ってるんだ?オルデガさんは……」
 そこまで言って、初めて気がつく。カザヤは、死者の姿が見える。
「クレアねーちゃん、お母さん、おじいさん。あと死んだ場所。どこにもいない。おかしいよ、 突然勇者になった娘も、おかしくなっちゃった奥さんも気にせず、強かった人が眠れるわけがない。 絶対見守ってるはずなんだ……なのに、いないんだ、どこにも。」
「ま、まじか?何で今まで何にも言わなかった?」
「ルウトにーちゃんが勇者なら、それに託して安心して空に上っても、そう不自然じゃないって思ってた。 しっかりしてるしね。でもクレアねーちゃんだよ?ねーちゃんが悪いわけじゃないけど、親なら絶対 心配なはずだ。でも、目を凝らしてもいないんだよ。」
「どういうことなんだ?」
「わからない……でも、絶対なにかあると思うんだ。」
 そう言ったときだった。空間を真っ白に染める『災い』が現れた。


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