〜 40.宮代 風弥 〜


「ただいまー。」
 まるで、ちょっと遊びに言ってたかのように、風弥は明るく言って玄関の戸を開ける。
「……風……弥?」
「ただいま、母さん。」
 風弥はにっこりと笑って母親に抱きついた。
「心配かけてごめんね、母さん。」
「心配したのよ。けれど貴方が魔王を退治したと聞いて、帰ってくるのを楽しみにしていたわ。よく頑張ったわね。」
「うん……母さん、そのことなんだけど……。」
 風弥が言いかけたとき、その後ろから声がした。
「風弥か?」
「父さん。」
 風弥は母から体を放し、父親に向き直る。その横には、心配そうにしている姉の夜宵の姿があった。
「……まずはよく頑張ったな。世界を闇に染めんとする魔王を倒す手助けをしてきたと聞いた。」
「ありがとう。」
「だが!何故何も言わずに無断で旅になど出た!どれだけ心配したと思っているのだ!!!」
 その言葉には、怒りと、そして心配の気持ちがにじみ出ていた。
「ごめんなさい、父さん。でも僕はどうしてもそうする必要があったんだ。」
「何故だ。旅に出たいならば、なぜ私に一言言っていかなかった。それが礼儀だろう。」
 そういう父に、風弥はまっすぐ目を見た。
「でも父さん、あの時旅に出たいと言っても、いいって言ってくれなかっただろ?最終的には許可してくれたかも しれない。でもきっと父さんはしぶったと思うんだ。」
「む……それは。」
「それが父さんが悪いってわけじゃないよ。せっかく八岐大蛇を倒したんだ。ゆっくりしたいって気持ちも分かる。でも それじゃ駄目なんだ。その姿をエリンねーちゃんたちに見られたら、エリンねーちゃん達は絶対に連れて行ってくれない。 どんな手段を使っても連れ戻される、それが分かったんだ。」
 そう言って頭を下げる。
「僕はそうしたこと、後悔はしてないよ。どうしても行きたかった、行くべきだと思ったから。でも父さんや母さん、 夜宵ねーちゃんに心配かけた事はとっても反省してる。ごめんなさい。」
 潔く謝られ、父親はひるむ。そして小さくため息をついた。
「……わかった。まぁ過ぎた話だ。風弥はこうして無事に戻ってきたのだからな。」
「その話なんだけど……父さん、僕はまた旅に出て、多分もう帰ってこない。」


 ほとんど恐慌状態になった三人に、風弥はゆっくりと話していった。ゾーマのこと、ギアガの大穴のこと。
「……帰れるかもしれない。でも帰れないかもしれない。」
「いかん。それは認められない。風弥、お前はこの宮代家の跡取りで、やがてこの家を任せようと思っていた。」
「うん、知ってるよ。」
 そう答えながら、風弥は頭の隅でルウトに謝っていた。嘘をついてごめん、と。
「でも、父さん。それは夜宵ねーちゃんでも出来ることだよ。元々この家は女の人が頭首だったんでしょう?だったら 僕じゃなくてもいいと思う。でもこれは、僕じゃないと出来ないことなんだ。」
「確かにそれは道理だ。だが、私は風弥に跡をついで、いいや、継がなくてもいい。この国で落ち着いて暮らして欲しいと 思っている。せっかく平和になったこの国で、風弥が幸せに暮らしているのを見たい。これは私だけではない、 母さんも夜宵もそう思っているはずだ。その願いを叶えることも、風弥にしかできないはずだ。」
 風弥はうつむいた。その言葉は胸に突き刺さる。
 風弥は両親のことを愛している。だからその願いは叶えたい。だが首を振った。
「父さんは、どうして僕のこと、風弥ってつけたの?……風がわたっていく、そんな行動的な人間になって欲しかったんじゃないの?」
「……それは、」
「父さんと母さんと夜宵ねーちゃんと……ううん、皆の側にいたいよ。でもそれ以上に、僕は行きたい、行かないと きっと一生後悔する。だから、お願いします、行かせてください。」
 風弥は両手を床に付き、深々と頭を下げた。長い沈黙が場を支配する。
「……ここにはいつまでいられるのだ。」
 そう問いかけられ頭を上げる。
「10日だよ。」
「……わかった。今の私には到底了承できることではない。だが、反対してもどうせ出て行ってしまうんだろう。」
 父の言葉に風弥は頷く。
「この10日で、お前は私と母さん、夜宵を納得させなさい。」
「はい!ありがとう、父さん!!」
 事実上の許可に、風弥の顔がぱっと輝く。だが父の話には続きがあった。
「それと、伊勢の親には私から話しておくが、伊勢にはお前 から侘びをいれるんだ。いいな。」
「……はーい。」


 三日目の午後、風弥は伊勢に会いに行った。伊勢は風弥の一つ下の女の子で、よく一緒に遊んだ相手だった。
 庭で井戸をくみ上げている艶やかな黒い髪を腰の下で結わえた少女を見る。その背中に声をかけた。
「伊勢、元気だった?」
 その声を聞き、伊勢は振り返る。
「風弥、帰ってたの。魔王退治に言っていたと聞いていたけど?」
「うん、まあね、一応そうなんだけど。」
「お帰りなさいませ、ご活躍おめでとうございますと言うべき?婚約者の立場としては。」
 伊勢はそう言って、いたずらっぽく笑った。

 伊勢は風弥の二人目の婚約者だった。なぜ二人目かといういうと、一人目は八岐大蛇に食われてしまったのだった。
 婚約者といっても、所帯を持つことに重きは置かれていない。生贄に捧げられてしまうのが常だからだ。 ただ、妊娠可能になったときに子を宿すこと。そのために決められた婚約だった。
「父さんに言われてびっくりしたよ。まだ生きてたんだね、この約束。八岐大蛇はもういないんだからいいのになー。」
 風弥がそう言うと、伊勢は苦笑した。
「お父様が乗り気だもの。宮代家の長男の上に、八岐大蛇をたいした英雄と縁付けられることに大層乗り気だったわ。」
「僕は大してなんにもしてないんだけどなぁ……。」
 風弥は困ったように笑う。伊勢が嫌いなわけでは決してない。ただ婚約と言われてもぴんと来ない。
 この国、ジパングは国全体が家族のようなものだった。少なくとも風弥はそう思っていた。伊勢に対しても、家族の ような愛情がある。だからこそ、改めて結婚だと言われてもそれがどうなのだ、と思っていただけだった。
「ともかく、風弥が魔王を倒して帰ってきたと聞いて、お父様は大層お喜びよ。」
「ごめんね、帰ってきちゃってさ。」
 けろりと笑う風弥に、伊勢が首を振る。
「帰って来て欲しくないなんて言ってないでしょう?」
「でも大丈夫だよ、僕、もうここには帰ってこないから。」
「え……?」
 伊勢は驚いたように風弥を見た。風弥はたいしたことのないように言う。
「それを言いに来たんだ。僕はもう一度旅に出て、多分もう帰ってこない。だから婚約は解消だよ。頑張って。」
「……私のせい?私が、高比良お兄様を想っているから?」
 そう、ずっと伊勢は5年前まで姉、雪乃の婚約者であった高比良が好きだった。
 雪乃が死んだあとは、特に誰とも婚約も結婚もしていないはずだ。なにせこの国には、今男が余っているのだ。
 風弥にはずっとその気持ちがわからなかった。
 気の強い伊勢が、何故自分とは結婚したくないと泣くのか。高比良でないといけないとのか。
 誰と結婚したって、想い続ければいいんじゃないのか。皆家族なんだから 高比良が誰と結婚したって、伊勢のことも変わらず良い風に想ってくれるんじゃないかとか考えていた。
 だが、今なら分かる。だから風弥は微笑して首を振る。
「違う……僕さ、好きな人が出来たんだよ。伊勢が高比良にーちゃんが好きなのと同じように、僕にも凄く 大好きな人がいる。側にいて守りたいんだ、その人を。だから出て行く。」
「それは、外人なの?」
「そうだよ、僕にとっては関係ないけどね。ようやく伊勢の気持ちが分かったよ。僕はあの人じゃないと 駄目なんだ。」
 そう言って笑う。風弥はずっとうらやましかったのだ。伊勢の気持ちは分からないけれど、高比良の ことを考え、嬉しそうに時には悲しそうにしている伊勢が羨ましかった。そんな強い感情を もてることが、風弥は今とても嬉しかった。
「……脈はあるの?」
「全然。高比良にーちゃんが伊勢を妹みたいに想っている以上に、弟分としか想われてないだろうね。」
「それでも行くの?」
 笑う風弥に、伊勢は心配そうに言うが風弥は笑ったまま頷いた。
「だってここにいたってどうしようもないし。諦めないよ、僕。だから伊勢も諦めないで頑張ってね。」
「わかってるわよ!」
 そう言って、二人で笑いあった。
 そして別れ際、二人は最後の挨拶を交わす。
「じゃあ、頑張ってね。その想い人にもよろしく。」
「うん、伊勢、元気でね。」
 風弥はそう言って手を振って去っていく。その背中に、伊勢は怒鳴りつけるように叫んだ。
「私は!!あんたのことが嫌だったわけじゃないからね!!ちゃんと好きだったわよ!!」
「うん、僕もだよ!!伊勢!!」
 それは婚約者に抱くべき感情とは違う感情だったけれど。それでも二人は確かに想いあっていたのだった。


 10日目の朝。
「それじゃ、行くね。」
 簡単に荷造りをして。風弥は家の前で頭を下げた。
「ああ、気をつけてな。あと出来るようなら帰って来い。無理だとしてもだ、その努力だけは怠るな。」
「元気でやるのよ。……風弥……。」
「頑張って。ちゃんと魔王を倒してくるのですよ、風弥。家のことは私がしっかり受け継ぎますから、心配 しなくても大丈夫ですよ。」
 涙は流れていない。けれど、きっと風弥が行ったあと泣くのだろうと分かっていたから、風弥は最後に一番 明るい笑顔を見せた。
「うん、わかった。父さん、母さん、ねーちゃん、ありがとう。行ってきます!!!」
 そして、キメラの翼を投げる前、風弥は近くにあった木の枝を折り取って大事に抱え、それから アリアハンを思って翼を投げた。


戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送