〜 43.竜の女王の城 〜


 優美かつ荘厳な白亜の城。アリアハン城よりもはるかに威厳ある城へと導かれ、恐る恐る入るとエルフのメイドに 頭を下げられ、女王の下へと案内された。
「……ルウト、私……怖いです。」
「大丈夫だ。魔王を倒したクレアに、誰も悪いことなんてしないから。」
 扉を開ける。そこには、巨大な部屋とそれにふさわしい、巨大な竜が座っていた。緑色に輝く美しい竜は 共通点がないにもかかわらず、どこか雰囲気はラーミアに似ていた。
「よくぞいらっしゃいましたね、クレア、ルウト。私は竜の女王、神の使いです。」
「竜の、女王様……。」
「お隠れになられた神、ルビス様に代わりこの世界を守るお役目を担っておりました。ですが力及ばす このような事態になってしまい、お詫びと共に貴方達に感謝いたします。」
 竜の長い首がゆっくりと下がる。ルウトは首を振る。
「いや、いや別にオレたちはあんたの為にやったわけじゃないぜ?」
「わかっております。ですが、貴方達の心としてくださったことに対する感謝の気持ちとはまた別物です。 やがて生まれる私の子のためにも、少しでもこの世界が綺麗であればと願っておりました。」
 クレアは女王の腹を見る。確かに少し、膨らんでいるような気がした。
「だから……見守っていらしたのですか?その子の安全の為にですか?」
「そうです、動くことが出来ませんでした。少しでもこの子に負担がないようにと、養生しておりました。」
「……愛して、いらっしゃるのですね……。まだ、お顔も見ないうちから……」
 クレアは少し寂しそうに言う。ルウトを女王をまぶしそうに見た。
「親が子に抱く感情が、全て美しいものだとは申しません。愛ゆえに間違った行動にでる者もいるでしょう。ですが、 少なくとも……クレア、貴方はお母様に愛されていたと感じます。」
「そうで、しょうか?」
 女王は優しく微笑む。全てを見通す女王は、優しくお腹を撫でながらクレアに語る。
「許せなかったのでしょうね、お母様は、貴方を旅に出さなければならないことを。お母様は貴方がどれだけ戦うことが 苦手で、ずっと家にいたいと願っていたことを誰よりもご存知だった。けれど、勇者の妻としてそれは 許されないことだったのでしょう。ですが貴方の母としては、本当は止めたかったのかもしれません。 そんなことをしなくても良いと言いたかったのかもしれません。」
 そんな狭間の中、クレアの母が出来る事はせめてクレアが死なないように、鍛えること。剣も魔法も 使えないクレアを、出来る限り守るために。
 ぽたぽたと、クレアの目から涙がこぼれる。
「クレア?」
「大丈夫……。」
 支えあう二人をほほえましく女王は見た。
「私の言葉はあくまで一つの意見です。ぶしつけなことを言って申し訳ありません。ですが、 私はそう思っていただきたかったのです。」
「いえ、そんな……いえ!」
 クレアはそう首を振るが、言葉にはならなかった。
「もう、時間がありません。……クレア、貴方は異世界の魔王、ゾーマを倒しに行かれるつもりですか?」
「……わかりません。女王様は、行かないことをお望みですか?」
 母から愛情をあえて教えるということ。それはこの世界への未練になる。だが女王は首を振った。
「できれば行って頂きたいと思っています。私の子は、まだ幼く自らの身を守る事はできません。必ず ゾーマはこの世界も手を伸ばしてくるでしょう。ですがクレア、それは自暴自棄な心ではいけません。 全てを知ってなお、この魔王を戦う勇気があるのなら、これをお使いなさい。」
 クレアとルウトの目の前に金色の玉が浮かび上がり、二人の間へと溶けていった。
「あの、これは……。」
「この光の玉で、一時も早く平和が訪れることを祈ります。生まれ出る私の子の、為にも……。」
 女王は光りだす。それはやがて目も開けられぬほどに強くなり、そして徐々に弱まっていく。
 そこには女王の姿はなく、一つの大きな卵があった。


 城の人に、女王は命と引き換えに新しい命を残したと聞かされた。そして、 心が決まるまでよければここに滞在をと薦められ、クレアたちは部屋を用意してもらった。
 あてがわれた部屋は、まるで王宮のようだった。クレアの部屋の 星降るような夜空が見える大きなテラスの隅っこ。クレアはルウトに付き添われ、そこで泣き続けていた。
 優しい女王が死んでしまったこと。命と引きかえに子供を残した愛。そして母への想い。嬉しい気持ちもある。 大好きだと愛しているといつも思っていたのに、自分は信じられなかったふがいなさ。
 ルウトにとつとつと語りながら、クレアは涙を流し続けた。
 それを聞きながら、ルウトは考えた。自分の親から自分に対する愛情を感じた事はあまりない。少なくとも それはどこか歪んでいたことは分かる。けれど、歪んでいたなりに愛情はあったのだろうか。
 学校に行ったこと。父はなんだかんだでだまし討ちで決定した戦士への道を黙認してくれた。文句は言われたが。
 なんだかんだで、母は自分の世話を焼くことをやめなかった。
 兄にはよく強引に魔法論を解かれた。
『愛』というにはあまりに強引で、不愉快なことも多かったが、もし受け取り手が自分でなければもっと円満な 家庭だったのかもしれないとも考える。現に兄は、両親と仲良くしていたのだから。
(不愉快は、お互い様だったんだろうなぁ。)
「……ルウト……。」
「なんだ?」
 涙を拭いながら、クレアはルウトを見上げる。
「私……行こうと思うの。」
「母親は……いいのか?」
「……お母さんに愛されているって聞いて、嬉しかった。けれどそれ以上に、たとえ愛されていなくても 私はお母さんを愛しているわ。……そのためには私はお母さんの側にいないほうがいいの。きっと側にいると、 もっと苦しめるわ。本当の私を見て欲しくて傷ついて、お母さんは愛しているのに私を傷つけることに 傷つく……そう思うから。」
「そっか。」
「私に魔王を倒せるかは分からない……けれどやれるだけはやってみようと思うの。竜の女王様にも 頼まれたことだから……。」
 ルウトはクレアの髪を優しく撫でる。それはクレアの母に良く似た、美しい青い髪だった。
「それに……ルウトは行きたいのでしょう?」
 そう言われ、クレアを見返す。クレアはわずかに微笑んだ。
「お母さんのことを愛しているし、幸せになって欲しい。けれどそれは遠くでも、もう会えなくても、幸せであれば良いと 思うの。けれど、ルウトには違うわ。ルウトと離れるのは嫌です。ルウトが幸せだとしても、 側にいられないのは嫌です。……ルウトの側にいたい。愛しているから。」
 そんなクレアをルウトは力いっぱい抱きしめる。そして抱き上げた。
「ルウト?」
 不思議そうに見るクレアの頬に、ルウトはキスをして部屋へと戻る。そしてクレアをベットへ優しく横たえた。
「あ、あの、ルウト?……んっ」
 焦るクレアの眼前に、ルウトの顔が迫る。そうして驚くほど強引なキスが落ちてきた。
「クレア、愛してる。オレはクレアの為なら何でもやる。魔王を倒すことだって、世界中を欺くことだってだ。……けどクレア、 オレはたとえクレアに泣かれようと、クレアの側を離れることだけは絶対にしない。」
「ルウト……。」
「嫌なら今言ってくれ。オレを跳ね除けてくれ。……そうすれば、オレはクレアの側を離れるから。……けどクレアが頷いてくれたら 、オレはこの先にどんなことがあっても、クレアがどんなに嫌がろうと、オレはクレアの側を離れないから。」
 その言葉に、クレアは頷きも跳ね除けもしなかった。
「……ひとつだけ約束してください。二度と私の身代わりになって犠牲に事はしないって。もしルウトがそんなことを したら、ルウトが死んだとき、私も喉を突きます。」
「クレア!」
「一緒にいないと意味がないんです、ルウト。私はルウトと幸せになりたいのですから。」
 クレアはにっこりと微笑む。その言葉にルウトが頷いて応えた。
「分かった。約束する。オレはクレアを残して死んだりしない。ずっと一緒だ。」
「はい、一緒です。」
 そうしてクレアは小さく頷いて、目を閉じた。


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