〜 46.太陽の石 〜


 動揺したクレアを気遣ってアーダが出て行き、クレアを抱きしめたルウトがなだめるようにクレアの背中を 撫でる。
「クレア、オレが側にいる。だから泣いても良いんだぜ。」
「……わかりません。お父さんが生きていた事は嬉しくて、でも信じられなくて……、それにお父さんまで…… お母さんも私のことを忘れてしまったのに、お父さんまで忘れてしまったなんて……私……。」
「……思い出してもらえば良いさ。」
 ルウトはクレアを強く、だが優しく抱きしめながら答える。
「思い出して……?」
「クレアの母さんはさ、疲れてるんだろうけど、オルデガさんは事故だろ?見たら思い出してくれるかも知れないぜ?」
「そう、でしょうか?」
 そう見上げるクレアの目には、涙が浮かんでいて愛らしいとルウトは思う。その唇にキスをしたいとも思ったが、 さすがにそれは自重した。
「生きている以上はその可能性もあるってことだ。クレアの可愛い顔を見たら思い出すだろうし…… それでも駄目ならオレが絶対なんとかしてやるよ。」
「ふふ、ルウト、嬉しいです。」
 ほとんどいちゃつき始めた二人の横で、カザヤは困ったように笑い、エリンに小さな声をつぶやく。
「僕たち、席をはずした方がいいのかなぁ。」
「どうかしらね。……それよりも私はルウトとカザヤがまったく動揺しなかったことのほうが気になるけれど?」
 エリンにそう言われ、カザヤはびくっと肩を震わす。
「えーと、あとで、クレアねーちゃんにも説明するから……待ってくれるかなぁ……。」
「すみません、お待たせしました。大丈夫です。」
 クレアが、すっとルウトの体から離れる。エリンが声をかける。
「そう、落ち着いた?」
「ええ、ご心配おかけしてすみませんでした。……ルウト、エリン、カザヤ。私は、お父さんの手助けが したいんです。協力していただけますか?」
 クレアはぺこっと頭を下げた。


 真っ先に声を出したのはカザヤだった。
「えーと、そのことなんだけど、僕の話を聞いてくれる?僕が説明するべきことだと思うから。」
 カザヤにそう言われ、クレアとルウトは椅子に座りなおす。
「えっと、エリンねーちゃんにも言われたけど、僕はオルデガさんが生きてるかもしれないって思ってた。 理由はルウトにーちゃんにも言ったんだけど、クレアねーちゃんの後ろにオルデガさんの幽霊が見えなかったからなんだ。」
 カザヤはルウトとの会話を簡単に説明する。エリンはそれを聞いてカザヤに聞く。
「じゃあ、今もオルデガさんは生きているのね。見えないのでしょう?」
「……どうして今まで黙ってたかっていうと、単純に生きているとは言えなかったからなんだ。サイモンさんみたいに 何かを伝えたくてその場を留まっている可能性もあるし。……だから今僕が言いたいのは、 オルデガさんが今、生きているとは限らないって事なんだ。半年前に旅に出て、まだゾーマは倒せてないなら…… その可能性はあるよ。」
 カザヤの辛らつな言葉に、クレアは黙り込む。そして笑った。
「ありがとう、カザヤ。私の為に言ってくれているのね。……でも私は父が生きていると信じています。父はとても 強い人でしたから、きっと会えると思います。だから、私は父の手伝いがしたいの。」
「うん、クレアねーちゃんがそう言うならいいと思うよ。」
「そうね……ではそのための準備をしましょう。貴方達三人は町に出て、町の人たちから 情報を集めて。主に『オルデガさんのこと』『ゾーマのこと』あと『精霊ルビスのこと』ね。 あと、この世界のなんらかの伝説、伝承なんかも聞いておいてもらえる? オルデガさんが直接ゾーマの城を目指す事は出来ないから、そのための何らかの手段を求めているはず。 そのあたりから探りましょう。」
「わかりました。」
「おう、わかった。」
 エリンの言葉に、クレアとルウトはすぐに頷いたが、カザヤは少し考えて言葉を返す。
「エリンねーちゃんは?」
「私は城に残って、蔵書から情報を仕入れるわ。その間待たせるかもしれないけれど、よろしくね。」
「じゃあ、僕も城に残るよ。」
 カザヤにそう言われ、エリンは少し困った顔をする。
「……カザヤ、言いたくないのだけれど、手助けはいらないわよ。一人のほうが効率がいいわ。」
「そうじゃないよ。僕は城に残って、城の人たちの聞き込みをするよ。城にいる人たちじゃないと 分からないこともあるかもしれないし。」
 カザヤにそう言われ、エリンは頷いた。
「そうね、もっともだわ。ではお願いするわ。」
 エリンの言葉に、四人はそれぞれ別れて行った。


 そして二日ほどたった頃。エリンは寝食を惜しんで本を読み漁り、めぼしい資料に一通り 目を通した。
「まったく庶民は卑しいものだな。恐怖から逃れるためか、はたまた詭弁をごまかすためか、このような 書物を読む振りをするなどな。」
 そんな声がして、エリンは顔を上げるとそこにはラダトーム王子がいた。
「……何か用なの?」
「ゾーマを倒しに行くなどの詭弁を弄する詐欺師が何をしているのかと見に来たのだが……書物など なんの役にも立つまいに。」
「書物と言うのはそのまま先人の知恵、知識につながるわ。特に歴史などは重要よ。貴方は学んでは いないの?」
 エリンの言葉に、王子はふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「私のような高貴な人間は、教養として身に着けてはいるが、歴史など実用性はないだろう。なにより お前のような庶民が付け焼刃でつけた知識など身につくものか。」
「では今から278年前、レギンス暦14年の月、起こった暴動の原因は何か貴方は覚えている?」
 突然問われ、王子は口をつぐむ。エリンは無表情で話を進める。
「その2年前、レギンス暦12年で施行された通称バーゲリ法に反発したためよ。バーゲリ法が なにかは分かるわよね?」
 王子は黙り込む。出てこなかったのだ。
「簡単に言えば、日暮れ以降外出することに対して税金を科した法律よ。バーゲリは国民の治安のためだと 言ってたけれど、結果犯罪が横行し、国民の反発を招く結果にしかならなかった。今この ご時世においてはまったく意味のない法律だけれど、これは希望でもあるわ。過去、太陽がたしかに この世界に登っていたという希望よ。」
「だ、だからなんだと言うのだ!たった今知った知識を披露して何が楽しい!」
「ならば貴方が私に何か質問をしてみる?出来る限りで答えるわよ。」
 そうしてエリンは王子がしてきた質問に次々に答えて見せた。
「ど、どうせ世界は滅びるのだから、個人の知識など無意味だ……!」
「私より何倍もここについて勉強している貴方がそんなことではこの国も長くないわね。 貴方がこの国の未来を信じていないのだからなおさらよ。……昔、この世界にはロトという勇者が世界を救ったのでしょう。 かつて起こった出来事が、未来にも起こらないとどうして言えるの。世界は救われるのだと歴史が 証明しているわ。」
「あんなもの、ただの神話だ!!」
「ならば残された伝説の武具は一体なんなの。そしてどうしてゾーマはそれを奪い去ったの。その高貴な頭を 少しは動かして御覧なさい。」
 エリンはそう言うと、悔しそうにしている王子を無視して 再び書物に没頭し始めた。読んだ書物から、より冒険に必要なものをえり抜いて書き留めて 行くためにだった。


「エリンねーちゃん。」
 声をかけられ、エリンは再び顔を上げる。そこにはいつものようにサンドイッチを持ったカザヤの姿があった。 部屋からほとんど動こうとしないエリンの為に、カザヤは毎日食料を届けにきているのだ。
「ありがとう、ちょっと今手が離せないの。」
 カザヤの方をちらりと見ただけで、エリンは再び作業に戻る。そして、数十分ののちようやく一段落 ついて顔をあげると、カザヤが机の向かい側でにこにここちらを見ていた。
「ずっとそこにいたの?」
「うん、エリンねーちゃんの邪魔しちゃいけないと思って。ちょっといいかな。あ、ご飯食べて。」
 カザヤにそう言われ、エリンはサンドイッチを手にした。どうやら作りたてらしく、レタスがしゃりしゃりと さわやかな音を立てる。オレンジ風味のドレッシングがおいしかった。
「それでどうしたの?」
「うん、あのさこれ、持って行けって言われたんだけど。」
 そう言って見せたのは、なにやら見たこともない不思議な紙と、そして不思議な石だった。岩の台座がある、ほのかに 光った石だった。
 エリンが紙を広げてみると、どうやらこの世界の地図のようだった。
「これ、地図ね。すごいじゃない、とても便利よ。それで……こっちの石は?」
「これさ、なんだか変なところに隠し部屋があってさ。すっごく小さな部屋でベッドとこの石があるだけの 部屋なんだけど……そこにいた人が、持って行けって。」
「何故?これは普通の石じゃないと思うんだけれど……?」
「うん、太陽の石って言ってた。役に立つだろうって。なんでかっていうのは分からなかったけど。」
「太陽の石……その方に詳しい話を聞いてみましょう。案内してくれる?」
 立ち上がるエリンに、カザヤは少し困ったように答える。
「案内しても良いけど、エリンねーちゃんは会えないと思うよ。多分、詳しい話も無理だと思うな。 それ以上はもう、抜け落ちてるみたいだったし。もしかしたら消えちゃったかも。」
 その言葉に、エリンは座りなおす。
「……つまり、この世の人ではないのね?」
「あ、うん、そう。御免、言ってなかったね。でもきっと役に立つと思うんだよ。」
 そう言って笑うカザヤが、まるでご褒美が欲しい犬のように思え、エリンは微笑みながら頭を撫でた。
「ええ、きっとそうね。カザヤ、偉いわ。」
「……うん、ありがとう。」
 カザヤは少し複雑な顔をしながら笑った。


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