山に囲まれたこじんまりとしたその村を、カザヤはまるではねるようにして歩く。 「うわぁ、なんだか懐かしいなぁ。」 「そうなのか?」 「うん、なんか、ジパングに似てる気がする。雰囲気がさ。ジパングにもあったんだよ、温泉。」 くるくると回りながら、カザヤは嬉しそうにそう言い、立ち止まる。そして駆け出した。 「カザヤ?」 思わず三人も、その後から追いかける。やがて、カザヤは建物の裏で、キモノ姿の女性を捕まえていた。 女性は真っ青な顔でカザヤを見ている。 「やっぱりユリさんだ。……元気そうだね。」 「カザヤ様……!お許しください……」 「クサキチさんは元気?」 にっこりと笑うカザヤに対して、ユリと呼ばれた20代の女性は顔を真っ青にして震えている。 「は、はい、……ここで、その道具屋を営んでおります。」 ほとんど土下座の態で、ユリは声を絞り出した。 「そっかぁ、なんとなくここが懐かしいのは、そのせいなのかな。」 「おい、カザヤ、どうしたんだ。怯えてないか、この人。」 いつもどおりのカザヤが、逆に恐ろしく、ルウトはいぶかしげにそう声をかけた。 「うーん、そう言われてもなー。」 「何をしたのよ、カザヤ。気の毒よ?」 「違うよ、エリンねーちゃん、僕は何もしてない。……僕は、何もされてもいない。この人たちは ジパングで刀鍛治をしていた夫婦なんだ。」 エリンの言葉に、カザヤはそう言う。三人が来たのを見て、ユリは意を決したように顔を上げた。 「あ、あの、もしよろしければ、その、私の主人に、お会いに、なられますか?」 「そうだね、僕も言っておかないといけないことがあるんだった。」 「では、ご案内いたします。皆様はカザヤ様のご友人方でしょうか?」 丁寧すぎるほど丁寧に、ユリは尋ねる。カザヤが頷くと、ユリは頭をさげて四人を誘った。 立派な道具屋の扉を開けると、いかにもジパング風の男がいた。ユリより少し年上で、おそらく 子の人がクサキチだろう。 「どうしたいんだい、ユリ?お客さんかい?」 「あなた……ミヤシロのカザヤ様です。」 ユリがそういうと、男の顔が真っ青になる。そうして床にへばりついた。 「ユキノ様が高貴なるお役目を果たされたと言うに、我らはジパング全ての皆を裏切り、 こうして逃げてしまいました!申し訳ありません!!!」 「…………」 カザヤは困った顔をしている。 「ですが妻に否はございません、全てこの私が計画したこと!どうか咎は私に!!」 「別に、僕に謝られても困っちゃうし、そもそも僕は別にクサキチさんたちのことを責めに来たわけじゃないよ。 ユキノねーちゃんは自分の意思でヤマタノオロチの所に行くって決めたんだ。けど、ユキノねーちゃんは 食べられに行ったわけじゃない。それだけは覚えておいて欲しいな。」 ユリとクサキチは無言で頷いた。 「僕はさ、これを言いにきたんだ。ヒミコはヤマタノオロチだった。それでヤマタノオロチはモンスターだったんだよ。 神様なんかじゃなかった。」 そうしてカザヤは話しだす。ジパングのこと、ヤマタノオロチのこと、そしてエリンたちのことをだ。 「そうで、ございましたか……。」 ユリは複雑な表情を浮かべている。 国のためにと続けられてきた儀式。それが偽りだったことで、自分たちの逃亡がほんの少しだけ許された気と、 そしてそれでも死んでいった生贄の女達に申し訳ない気持ちがある。 「ありがとうございました、カザヤ様。そして皆様。私たちにとって、逃げてきた、卑怯なことを して離れてしまった故郷ですが、それでも愛していたことには変わりありません。それを 助けていただいたこと、心より感謝いたします。もしよろしければ何か店から物を持って行って下さい。」 「いいよ、そんなこと。」 「ええ、私たちはただ、目的のためにしただけのことだから。」 「そうかもしれません。ですが私は毎日毎日、ジパングのことを思い、悼み、そして慙愧の念に堪えない想いをしておりました。 それが、ほんの少しだけ軽くなった想いがしております。どうかその礼をしたいのです。」 「……そうね。これ、直せないかしら?」 エリンはルウトたちがドムドーラで見つけた剣の欠片を取り出した。 「伝説の剣だそうよ。刀鍛治だというのだから、直せないかしら?」 「あ、それいいね。クサキチさんたちは物を直すの、昔から得意だったから。」 カザヤがそう言うと、クサキチは震える手でそれを受け取った。 「全霊を持って直させていただきます。」 「そう。ではよろしくお願いするわ。私たちはこれからルビスの塔へ向かうの。帰ってくるまでに出来ていればいいのだけれど。」 エリンの言葉を持って、四人は立ち上がる。クレアは心配そうにクサキチを見ていたが、その姿に 何も言わない方が良いと思った。 そうして店を出て行く前に、カザヤが立ち止まった。 「クレハ、ワカバねーちゃん、チトセさん、スミレねーちゃん、チグサねーちゃん、トナミねーちゃん、ユズリさん、ナエねーちゃん、 タチバナさん、モモカねーちゃん……ユリさんが出てから、ヤマタノオロチに食べられた人たちの名前だよ。 覚えておいて欲しいな。」 カザヤの言葉を聞き、ユリの顔は再び真っ青になる。 「……カザヤ様……では、……私の代わりに、クレハ様が……?」 「何度も止めたけど、クレハは自分の意思で行った。だからユリさんは責める必要はないよ。でも覚えておいて欲しいんだ。 それだけだよ。」 いつものようににっこりと笑って、カザヤは店を出た。 「……お疲れ様、だな。」 ルウトがカザヤの頭を抱え込みながら、そう言ってねぎらった。 「ううん、別に疲れてないよ。剣直してもらえるといいよね。クサキチさん、すごく腕が良いって評判だったから きっと良い剣になるよ、クレアねーちゃん。」 「そうね……ごめんなさい、ちょっと忘れ物。すぐ戻ってきます。」 クレアは身を翻す。ルウトがその後ろに声をかける。 「着いていくか?」 「いえ、すぐですし。良かったら待っていてください。」 そう言うと、クレアはまた道具屋の中へと入っていく。 それを見届けて、エリンは小さく行った。 「でも偶然ね、こんなところにジパングの人がいるなんてね。」 「まぁね、めぐりあわせって凄いよね。でもさ、ちょっと思うんだよ。僕、ああしたことが良かったのかなって。」 「どういうことだ?」 ルウトが目を丸くする。 「ジパングの人にとって、ヤマタノオロチは神様だった。だから、ユリさん達は逃げちゃったけど、他の皆は 生贄として、誇りを持って行ったんだよ。ユキノねーちゃんやヤヨイねーちゃんみたいにね。 でも、それを全部嘘にしちゃったんだよね。モンスターに食べられた人に変えちゃったんだよ、僕は。 ヤマタノオロチを倒しても、黙っていれば良かったかなって、ずっと思ってたんだよ。」 「……真実も嘘もどちらも人を救うことができるわ。使い分ける事は重要なこと。 少なくとも、この真実は先ほどの人を救ったのでしょうし、それに嘘をついていれば、貴方が神殺しの 汚名をかぶることになったのだから、良かったと思うわね。」 「ありがとう、エリンねーちゃん。」 その淡々とした言葉に、どこか暖かさがあるようで、カザヤの心に火が宿る。 そう言っている間に、クレアが戻ってくる。 「忘れ物、あったか?」 「はい、ありました。ありがとうございます。」 クレアは嬉しそうににっこりと笑う。その花のような笑顔をみて、ルウトは思わずその肩を抱いた。 「ルビスの塔から帰ってくるときには直ってるといいな、剣。」 「そうね。ルビスを助ける前に、暁夜の日が来なければいいのだけれど。明日は正念場ね。」 「うん、がんばろうね。」 四人が微笑みあう、その様を村を見下ろすその塔は、静かに見つめていた。 |
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