広い室内を埋め尽くす聖なる雷。 これで倒せるとは思ってはいない。それでもいまだかつてないほどの魔力を注ぎ込んだ大呪文。それなりに 効果があると思っていた。 だが、ゾーマにとっては目くらましの効果しかなかったようだった。 「無駄なこと、すべてはこの闇の衣に阻まれ、消える。……愚かなことよ、死者はなにもなしえは しないのだ。」 「信じません。私はルウトの死体を見ていない。だから私は信じます。ルウトとの約束を。ルウトは 必ず私の元へ来てくれる、私を助けてくれるわ!!」 そう言うと、クレアはその剣を振り上げて、再びゾーマに切りかかった。しかし王者の剣は、まるで ゾーマの目前で包まれるように留められる。 ゾーマはそれを、むしろほほえましく見ていた。 この気合と希望が、やがて絶望に変わる。その瞬間はまさに甘美なる一瞬だろうとにやりと笑う。 「……ではまずその腕をもごうか。奇跡など起こりはしないとその身に刻むが良い。」 ゆっくりゾーマは手を伸ばす。その手にクレアは切りつけるが、やはり何かに阻まれ、傷一つつかない。 「そなたにわしは傷つけられぬ。繰り返す無駄な抵抗はやがて生み出す絶望に変わると知れ。やがて深い絶望の 果てには、そなたはその愛するものの元へと行くだろう。希望も愛もなんの意味を成さぬと嘆きながら。」 「ルウトは生きてます!エリンもカザヤも生きてます!!私、信じてます!!」 クレアは膝を突きそうな絶望をごまかすように、ゾーマにそう叫んだ。 ルウトはわずかに頭をそらし、なんとか腕をよけたが、その爪がルウトの胸を切り裂いた。 「ぐぁ!!」 血が噴出す。だが治療している暇はなかった。そろそろバイキルトの魔力が切れようとしている。ルウトは剣をにぎった。 そのまま脇を締め、ルウトはバラモスの元へと走る。横に薙がれたバラモスの腕を思いっきり踏みつけ、その頭上へと 飛び上がった。 「ゆうしゃ、めぇぇぇぇーーーーー!!」 「今度こそ終わりだ!……勇者じゃなくて悪かったけどな!!」 そうしてルウトは剣を振り下ろし、バラモスゾンビを真っ二つに切り裂いた。 噴出した血を止めるために、ルウトはベホマを唱えて手を胸に当てる。 息が荒い。さすがに一人でモンスターを、それもボスクラスのモンスターを倒すのは辛かった。 そんなことができるのは、おそらく勇者だけ。オルデガのような。そしてクレアのような。 けれど、ルウトはそれがなしえた。それは。 「オレは、クレアのためだけの勇者なんだ。」 だからきっと間に合う。そう願いながら。 今はただ、状況もつかめず、きっと怖い思いをしているクレアのことだけが心配だった。 (今行くから。すぐ助けるから。だから泣かないでくれ。生きていてくれ。必ず助けるから。) すこしぐらつく体で、ルウトは先へと走った。 カザヤは衝撃に備えて身を硬くした。だが、その体を包んだのは、暖かな体温だった。 「ね、ちゃ、」 呪文の衝撃が来る。だがその呪文はエリンの、カザヤを抱きしめたエリンの前で跳ね返された。 「カザヤ!!」 エリンの声に、カザヤははじけるように飛び上がる。血に濡れた体を振り絞り、そのまま大地を駆けた。 「愚かな、そなたの攻撃など!!」 カザヤが振り下ろした爪を、バラモスブロスの腕が受け止める。だが、カザヤはにやりと笑った身をかがめ、地に 手を着いてその腕を力いっぱい蹴り上げる。 一瞬ぐらりと体制が崩れた。 「この程度、虫にさされたようなものだ。」 「かもね!!」 カザヤはそのまま後ろに下がる。 そしてその後ろから飛び出してきたエリンが、バイキルトで増強されたゾンビキラーを深々とバラモスブロスの胸に 突き刺した。 「……大丈夫、カザヤ、今回復するわ。」 そっと手を伸ばそうとしたエリンに首を振る。気がつくとカザヤの体の傷、そしてエリンの体の傷も治っていた。 「すごいね、賢者の石って。エリンねーちゃん、大丈夫。」 「ええ、大丈夫よ。なんとか片付いたわね。それにしても随分時間をロスしたわ。早く急がないと。」 「うん、でもその前に……、」 カザヤはエリンをきゅっと抱きしめた。 「カザヤ?」 すぐ前には、カザヤの黒い髪。それをエリンはおそるおそる撫でた。カザヤはぱっと顔を上げて離れる。 「よし、充電完了!行こう、二人が待ってるよ。」 にっこり笑うカザヤに、エリンは複雑な笑みを浮かべ、答えた。 「ええ、行きましょう。」 いくら攻撃しても、毛ほどにも感じていないようだった。呪文もまるで前に膜があるように阻まれてしまう。 ゾーマはクレアをいたぶっているのだろう。手足から血は出ているものの、攻撃に支障がある攻撃はなかった。 しゅ、とゾーマの爪がクレアの頬をかする。そこから血がたらりと流れる。 「なかなか美しいものだ、勇者が血に染まっていく様、そして徐々に絶望に染まっていく様は。おそらく、そなたの 仲間も同じように潰えていったのであろうな。」 クレアが、ついに膝をついた。もう動けなかった。 疲れと、そしてゾーマの言葉に。 (信じないと、私は、私は信じないと。最後まで、ルウトのことを信じないと。) そう思うのに。『最後まで』なんて言葉が、すでに信じられていないようで。 ルウトは生きている。きっと私より辛い思いをしている。私のことを心配している。 だから、立たないと。立って、たとえ死んでもゾーマを……。 「そろそろ飽いたな。まずはその喉を裂こうか。死なぬ程度に。良い絶望を味わわせてもらうぞ。」 よろりと立ち上がったクレアの喉笛をめがけ、ゾーマは爪を振り下ろした。 その爪が、綺麗に切られた。 「クレア!!」 ルウトはクレアを抱きとめる。その温かみが信じられなくて、そして待ち望んでいたものだと気がついて、 クレアも抱き返す。 「……ルウト、ルウト、ルウトルウト!!」 「ごめん、クレア怖かったよな、辛かったよな。遅れてごめん。」 「いいえ、ルウトが生きていてくれるって、助けに来てくれるって信じていましたから、ちっとも辛く、ありませんでした。」 ぽろぽろと涙をこぼしながらも、それでもクレアは微笑む。 「もう大丈夫だ、なんの心配もない。オレがクレアを守るから。」 「はい!信じています、ルウト。」 二人は同時に離れた。そして立ち上がってゾーマを見る。 「……なぜお前がここにいる。そなたらを殺せと、わしはバラモスブロスとバラモスゾンビに命じたはず。」 「あんな雑魚にこのオレが止められるかよ。」 ルウトは吐き捨てた。だが、ゾーマはにやりと笑う。 「……しかしあと二人いたはずだろう。なるほど、そなたは仲間を捨て駒にしてきたのだな。」 「なわけねーだろ。バラモスブロスだったか?あいつの露払いは頼んだがな。オレがここまで来られた理由はただ 一つだぜ。」 「理由だと?それはなんだ?」 ルウトはクレアの肩を抱く。そしてバラモスに向かって大きく叫んだ。 「それはなぁ……愛の奇跡だ!!!!」 その瞬間、二人の目の前が大きく輝き始めた。 |
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