〜 60.大魔王ゾーマ 〜



 広い室内を埋め尽くす聖なる雷。
 これで倒せるとは思ってはいない。それでもいまだかつてないほどの魔力を注ぎ込んだ大呪文。それなりに 効果があると思っていた。
 だが、ゾーマにとっては目くらましの効果しかなかったようだった。
「無駄なこと、すべてはこの闇の衣に阻まれ、消える。……愚かなことよ、死者はなにもなしえは しないのだ。」
「信じません。私はルウトの死体を見ていない。だから私は信じます。ルウトとの約束を。ルウトは 必ず私の元へ来てくれる、私を助けてくれるわ!!」
 そう言うと、クレアはその剣を振り上げて、再びゾーマに切りかかった。しかし王者の剣は、まるで ゾーマの目前で包まれるように留められる。
 ゾーマはそれを、むしろほほえましく見ていた。
 この気合と希望が、やがて絶望に変わる。その瞬間はまさに甘美なる一瞬だろうとにやりと笑う。
「……ではまずその腕をもごうか。奇跡など起こりはしないとその身に刻むが良い。」
 ゆっくりゾーマは手を伸ばす。その手にクレアは切りつけるが、やはり何かに阻まれ、傷一つつかない。
「そなたにわしは傷つけられぬ。繰り返す無駄な抵抗はやがて生み出す絶望に変わると知れ。やがて深い絶望の 果てには、そなたはその愛するものの元へと行くだろう。希望も愛もなんの意味を成さぬと嘆きながら。」
「ルウトは生きてます!エリンもカザヤも生きてます!!私、信じてます!!」
 クレアは膝を突きそうな絶望をごまかすように、ゾーマにそう叫んだ。


 ルウトはわずかに頭をそらし、なんとか腕をよけたが、その爪がルウトの胸を切り裂いた。
「ぐぁ!!」
 血が噴出す。だが治療している暇はなかった。そろそろバイキルトの魔力が切れようとしている。ルウトは剣をにぎった。
 そのまま脇を締め、ルウトはバラモスの元へと走る。横に薙がれたバラモスの腕を思いっきり踏みつけ、その頭上へと 飛び上がった。
「ゆうしゃ、めぇぇぇぇーーーーー!!」
「今度こそ終わりだ!……勇者じゃなくて悪かったけどな!!」
 そうしてルウトは剣を振り下ろし、バラモスゾンビを真っ二つに切り裂いた。

 噴出した血を止めるために、ルウトはベホマを唱えて手を胸に当てる。
 息が荒い。さすがに一人でモンスターを、それもボスクラスのモンスターを倒すのは辛かった。
 そんなことができるのは、おそらく勇者だけ。オルデガのような。そしてクレアのような。
 けれど、ルウトはそれがなしえた。それは。
「オレは、クレアのためだけの勇者なんだ。」
 だからきっと間に合う。そう願いながら。
 今はただ、状況もつかめず、きっと怖い思いをしているクレアのことだけが心配だった。
(今行くから。すぐ助けるから。だから泣かないでくれ。生きていてくれ。必ず助けるから。)
 すこしぐらつく体で、ルウトは先へと走った。


 カザヤは衝撃に備えて身を硬くした。だが、その体を包んだのは、暖かな体温だった。
「ね、ちゃ、」
 呪文の衝撃が来る。だがその呪文はエリンの、カザヤを抱きしめたエリンの前で跳ね返された。
「カザヤ!!」
 エリンの声に、カザヤははじけるように飛び上がる。血に濡れた体を振り絞り、そのまま大地を駆けた。
「愚かな、そなたの攻撃など!!」
 カザヤが振り下ろした爪を、バラモスブロスの腕が受け止める。だが、カザヤはにやりと笑った身をかがめ、地に 手を着いてその腕を力いっぱい蹴り上げる。
 一瞬ぐらりと体制が崩れた。
「この程度、虫にさされたようなものだ。」
「かもね!!」
 カザヤはそのまま後ろに下がる。
 そしてその後ろから飛び出してきたエリンが、バイキルトで増強されたゾンビキラーを深々とバラモスブロスの胸に 突き刺した。

「……大丈夫、カザヤ、今回復するわ。」
 そっと手を伸ばそうとしたエリンに首を振る。気がつくとカザヤの体の傷、そしてエリンの体の傷も治っていた。
「すごいね、賢者の石って。エリンねーちゃん、大丈夫。」
「ええ、大丈夫よ。なんとか片付いたわね。それにしても随分時間をロスしたわ。早く急がないと。」
「うん、でもその前に……、」
 カザヤはエリンをきゅっと抱きしめた。
「カザヤ?」
 すぐ前には、カザヤの黒い髪。それをエリンはおそるおそる撫でた。カザヤはぱっと顔を上げて離れる。
「よし、充電完了!行こう、二人が待ってるよ。」
 にっこり笑うカザヤに、エリンは複雑な笑みを浮かべ、答えた。
「ええ、行きましょう。」


 いくら攻撃しても、毛ほどにも感じていないようだった。呪文もまるで前に膜があるように阻まれてしまう。
 ゾーマはクレアをいたぶっているのだろう。手足から血は出ているものの、攻撃に支障がある攻撃はなかった。
 しゅ、とゾーマの爪がクレアの頬をかする。そこから血がたらりと流れる。
「なかなか美しいものだ、勇者が血に染まっていく様、そして徐々に絶望に染まっていく様は。おそらく、そなたの 仲間も同じように潰えていったのであろうな。」
 クレアが、ついに膝をついた。もう動けなかった。
 疲れと、そしてゾーマの言葉に。
(信じないと、私は、私は信じないと。最後まで、ルウトのことを信じないと。)
 そう思うのに。『最後まで』なんて言葉が、すでに信じられていないようで。
 ルウトは生きている。きっと私より辛い思いをしている。私のことを心配している。
 だから、立たないと。立って、たとえ死んでもゾーマを……。
「そろそろ飽いたな。まずはその喉を裂こうか。死なぬ程度に。良い絶望を味わわせてもらうぞ。」
 よろりと立ち上がったクレアの喉笛をめがけ、ゾーマは爪を振り下ろした。
 その爪が、綺麗に切られた。


「クレア!!」
 ルウトはクレアを抱きとめる。その温かみが信じられなくて、そして待ち望んでいたものだと気がついて、 クレアも抱き返す。
「……ルウト、ルウト、ルウトルウト!!」
「ごめん、クレア怖かったよな、辛かったよな。遅れてごめん。」
「いいえ、ルウトが生きていてくれるって、助けに来てくれるって信じていましたから、ちっとも辛く、ありませんでした。」
 ぽろぽろと涙をこぼしながらも、それでもクレアは微笑む。
「もう大丈夫だ、なんの心配もない。オレがクレアを守るから。」
「はい!信じています、ルウト。」
 二人は同時に離れた。そして立ち上がってゾーマを見る。
「……なぜお前がここにいる。そなたらを殺せと、わしはバラモスブロスとバラモスゾンビに命じたはず。」
「あんな雑魚にこのオレが止められるかよ。」
 ルウトは吐き捨てた。だが、ゾーマはにやりと笑う。
「……しかしあと二人いたはずだろう。なるほど、そなたは仲間を捨て駒にしてきたのだな。」
「なわけねーだろ。バラモスブロスだったか?あいつの露払いは頼んだがな。オレがここまで来られた理由はただ 一つだぜ。」
「理由だと?それはなんだ?」
 ルウトはクレアの肩を抱く。そしてバラモスに向かって大きく叫んだ。
「それはなぁ……愛の奇跡だ!!!!」
 その瞬間、二人の目の前が大きく輝き始めた。


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