〜 61.光の玉 〜



 二人はあまりのまぶしさに手で目に影を作る。だが、それを突き通すようなまぶしさに耐えかね、 目を閉じた。
 やがて徐々に光は収まり、二人は目を開ける。それはきらきらと輝く、玉の形であることがようやく知れた。
「……我が闇の衣をはがす術を知っていたとは……。」
「見たか、これが愛の奇跡だ!!」
 ルウトはつないだクレアの手を見せ付けるように掲げながら言う。二人は分かっていた。その『愛』は 二人の愛ではない。きっとあの、偉大なる女王の愛なのだと。
 だがそれをゾーマは鼻で笑う。
「愛など無力。奇跡などはない。闇の衣をはがしたとて、このわしに敵うとでも思うておるのか。……全てはわしの思うがままだ。」
「一部は同意するよ。」
 上から、何かが降ってきた。それは衣のはがれたゾーマの耳を引きちぎるように爪を入れる。
「奇跡よりも僕たちの努力だよ。そしてこの先の未来は全ては僕たちの思うがままだ。」
「フバーハ!……そうね。今までの苦労を奇跡なんて言葉で片付けられてはたまったものではないものね。」
 背後から一撃を入れたカザヤと、その横で補助呪文をかけたエリンが、二人ににっこりと笑いかけた。
「エリン!カザヤ!無事だったんですね!!」
 クレアの顔がぱあっと輝く。
「そうよ、まったくルウトが一人で勝手に先に進むものだから苦労したわ。」
「でもまぁ、間に合ってよかったよ。」
 にこっと微笑んで、カザヤは二人に手を振った。
「おう、信用してたぜ。そんじゃ、最後の一仕事するとしようぜ。今度は一緒にな。」
「ええ。ゾーマ、言ったとおりでしょう?私はルウトを、エリンとカザヤを信じています。だから ……貴方を倒します。」
 クレアは躊躇いなく剣を向けた。もう何も怖くない。隣にはルウトがいてくれるのだから。


 ゾーマは全てを凍りつかせる吹雪を吐き出す。エリンの呪文に阻まれはするものの、その隙間から冷気が降り積もる。 クレアはそれを振り払いながら、ルウトと並んで剣を構えて駆け出す。
 クレアは、それが嬉しかった。今まで感じたことのない感情。共に戦えること。隣で剣を振るえること。それが 嬉しい。だって、ルウトと、大切な人と一緒に駆けることができる。守ることができるのだ。
 ゾーマの足に、ルウトとクレアは同時に、双方から剣を入れる。
 剣で、何かを傷つけるのは、やっぱりちょっと怖い。けれど、ルウトはそれでも今までこうして戦ってくれた。 そして自分もルウトの為に戦うことができる。それが嬉しい。
「もう、怖くない。」
 クレアはゾーマを見た。にっこりと微笑んで。
「もう貴方なんてちっとも怖くない。だって私にはルウトがいてくれるんですもの。」


 クレアが剣を振るっていた。その姿は、まさに『勇者』だとルウトは思う。
 バイキルトをかけている自分すら上回る攻撃力で、ゾーマを少しずつ、だが確実に攻撃していく。
 今まで、クレアはたいていルウトの後ろから呪文や鞭で攻撃したりで、どこか臆しているところがあった。
 けれど、今は違う。クレアはなんだかりりしく、そして楽しそうにすら見えた。
 まるで舞うように。クレアはひらりひらりと剣で踊る。そしてルウトを見てにっこりと笑った。
 それを、とても美しいと思った。そしてそれと同時にもう二度と見たくないと思った。
 それはとても美しいけれど。けれどクレアにはいつものように優しそうに微笑んでいて欲しい。それが 一番自然な笑顔だと思うから。
 奇跡ではない、努力だと、カザヤとエリンは言っていた。それでもルウトには奇跡の道筋がはっきり見えた気が していたのだ。クレアを幸せにするための、奇跡が。
「そのためなら何度だって起こしてみせるさ、愛の奇跡をな!」


 ゾーマの怒り狂った腕が、カザヤの肩を貫く。利き腕でなかったことに感謝して、カザヤは流れる血を そのままにして、再び駆け出す。ちょうどルウトが切り込みに行ったタイミングを見計らって、その 裏に回りこんだ。
「ベホマラー!」
 エリンの声がした。ゆっくりと血が止まっていく。それを知っていたカザヤは、そのままゾーマに爪を振り下ろし、 その背中に強引に爪を突き入れ、肉を引き剥がした。
「このこわっぱが!!」
 吐き出された冷気を、両手でかばいながら後ろに飛ぶことでなんとかしのぐ。
 こんな状況なのにカザヤは少しだけ笑う。
「こっちだって同じことだよ、お前なんてただの障害物だ。」
 自分の望む道は、この先にある。その途中など、踏み越えていくだけだ。
 望む、自分の未来に向かって。
 カザヤは飛び上がって、ゾーマに思い切り蹴りを入れた。


 ルウトとクレアが。そしてカザヤが戦っていた。
 この光景を知っている気がした。
 何度も何度も、自分はそれを知ろうとしていた。
 あの村で、生きているものが誰一人いないあの場所で、私は世界の全てを知ろうとして、そして本を 読んだ。
 自分で言うのもなんだけれど、私は、人よりもたくさん色んなことを知っていたと思う。
 けれど、識ってはいなかった。
 戦うと言う事は、これほどまでに熱気にあふれているのだと。
 生きようとする力が生み出す熱。
 それはどうしても識らなかった事。識ることができなかったことだ。
 遠い遠い、隔てられた書物の世界。そこにしかなかったから。
 けれど熱に触れて、そして今私は熱を識った。
 熱を持って、そしてもっと、それを識りたいと思う。書物の中ではなく、この体全てで。

「終わらせましょう。」
 この戦いも、そして自分のような人間を生み出す、この悲しみも。

 エリンは走り出す。今までフォローに回っていたエリンの行動に、三人は驚きながらもフォローする。
「ギガデイン!!」
 クレアはめくらましに、一度は効かなかった呪文を解き放つ。その莫大な雷にまぎれ、その隙間を縫っていく。
 ルウトはその横から、ゾーマの手に切りかかり、そしてそのまま剣を合わせている。
「エリンねーちゃん。がんばって。」
 ささやくようにカザヤは側に来て、そして目線をそらすためにそのままゾーマの眼前まで飛び上がる。
 三人がいたから。皆がいてくれたから。ここまでたどり着けた。この終わりに届いた。
 エリンはゾーマの側に寄り手をかざした。
 それは、この旅で得たもの。最大の喜びをと祝福を。この旅路が間違いでなかったことの証明。 あの三人と出会っていなければ、きっとここには届かなかった。心から信じられる仲間がいたからこそ。
「ベホマ!!」


 ゾーマの体が、ゆっくりと大地の女神の祝福に侵され、崩れていく。
「どうしてベホマで……。」
「ゾーマは強大であったがゆえに、絶望と対極の癒しに拒否反応が出たのでしょうね。」
 ゾーマの体は燃え上がっていく。それは女神の浄化なのか、魔王の昇華なのか。
「……クレアよ。よくぞわしを倒した。だが光ある限り闇もまたある……。 わしには見えるのだ。再び何者かが闇から現れよう……。だがその時は、お前は……年老いて生きてはいまい……。」
 そういうゾーマはむしろ楽しそうにさえ見えた。高笑いをあげながら、ゆっくりとその体は燃え消えていく。
「……ですって。」
「まぁ、後のことは、後の人に任せたら良いよ。」
「関係ないぜ。オレはクレアを守るだけで精一杯だしな。」
「……私は、何もできなかった。あなたに止めを刺したのは エリンです。……だから、大丈夫です。勇者なんて生きていなくても、きっと。」
 ルウトはクレアの肩を抱く。クレアはその手にそっと顔を寄せた。
 その途端、地響きと共に突然足元が崩壊し、四人は暗闇の底へと落ちて行った。


 ぽーん、とまるでお手玉のように四人は放り出される。
「クレア!!」
 ルウトはクレアを抱きかかえ、なんとか受身を取った。その横でカザヤもなんとか受身を取り、後から 落ちてきたエリンを間一髪で抱きとめる。
「はー、間に合った……怪我、ない?」
「あ、ありがとう、カザヤ。大丈夫よ、皆は?」
 さすがのエリンも突然の出来事に驚いたようで、カザヤから降ろされた後も呆然とカザヤにつかまっている。
「平気です、ありがとうルウト。……ところでここはどこでしょう?」
「んー、あれ、ここ呪文使えないな。あ、でもこの裂け目って、ラダトーム近くの……。」
 カザヤがそういいかけたとき、地響きが聞こえた。それは、ゾーマの城で聞こえたのと同じもの。
「やばい、行くぞ!!」
 ルウトはそう言うと、クレアを抱きかかえたまま走り出す。カザヤもエリンを再び抱きかかえなおすとルウトの後に走り出した。
「だ、大丈夫です、私も走ります!!」
「カザヤ降ろして!本当に崩れてきたわよ!」
 そう抗議する腕の中の宝を力強く抱きしめながら、二人は走る。
「今からなら降ろす方が手間取るって!大丈夫だ!」
「万が一崩れたら離れ離れになったらまずいよ!」
 ずん、と響く感覚とともに、背後が崩れていくのが分かる。二人は転がるように、そして何が何でも腕の中のものを落とさないように 気をつけながら、洞窟の外へと転がり出た。


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