〜 62.そして伝説へ 〜



「あ……」
 誰かがそんな吐息を吐き出す。
 ゆっくりと白み始める空。朝日の白と、紺碧色、そして青と紫が交じり合っていく。
 言葉などいらない、と感じた。美しい光景。
 平和が訪れたのだ。この世界に。そしてあちらの世界にも。
 遠くで音が聞こえる。空からの地響き。それは不思議な音だけれど、四人には分かった。
 もう帰れないのだ、と。


 平和と太陽が再び訪れたことを祝う祭りは、三日目に突入していた。
「それで、結局どうするの?」
 エリンはすっかり旅支度を整えたルウトとクレアに聞く。
「まぁとりあえずここらへんをうろうろして、ほとぼりが冷めた頃良さそうな町で落ち着くかな。 ドムドーラかリムルダールあたりか?」
「あら、じゃあこの大陸を出る気はないのね?」
 エリンの問いに、ルウトはクレアを見ながら答える。
「まぁまだ海には色々いるらしいしな。もう戦いたくないだろ?」
「それにエリンたちとあんまり離れてしまうのも寂しいです。」
 クレアは武器防具をラダトームに返還し、身軽な格好になっている。武器すら持っていない。まぁ、 モンスターが出なければ素手と呪文で十分だろう。
「まぁあんまり勇者の噂がひどいようならまた考えるぜ。」
「王様は勇者一行を召抱えたいようだったし、下手すればこの国の主導することもできそうだというのに欲のないことね、 勇者『ロト』。」
 エリンはくすくすと笑った。


 クレアの装備を返還するために立ち寄ったところ、自分たちのことを覚えていたラダトーム王は大感激して大仰に四人を 出迎えた。
 そしてこの世界を救った勇者の名前を聞かれ、ルウトが素直に自分の名前をつげたところ、聞き間違えたのだろう。
「ロト、そなたはロトと申すのか?!おお、それはこの世界に伝わる、かの伝説の勇者と同じと申すか?!」
 と大騒ぎになり、せっかくだからとその誤解を解かず、すっかりルウトはロトになってしまった。
「私も王様に言われてね、せっかくだからこの城で働くことにするの。なんだか勇者の今までの歴史や戦いの 全てをきちんと書物にして欲しいらしいのよ。……ちゃんと誤解を解くなら今よ?英雄として名前を 残したくない?」
「まったく興味ねぇ。クレアを守るのに邪魔そうだからな。できれば適当にでっち上げておいてくれ。」
 ルウトは即答する。エリンがクレアに目を向けると、クレアも無言で首を振った。
「そ、じゃあまぁ、王様が満足するように頑張って捏造してあげるわ。なにせ勇者の仲間が残したものですものね、後世まで どれだけ嘘をとおせるか、楽しみだわ。」
 くすくすと笑うエリンの横で、カザヤも笑う。
「僕、かっこよくしておいてね。ルウトにーちゃん、クレアねーちゃん、 とりあえず僕もこの城にいる予定だから、落ち着いたら知らせてね。」
「おう。」
「二人に手紙、出しますね。」

 離れがたい気持ちは、四人にもあった。
 ずっと側で過ごしてきた、血よりも濃い仲間。
 それでも、ここではクレアが心穏やかでは過ごせないだろうと思う以上、躊躇う気持ちはルウトにはなく、ルウトが この城を離れる以上、ここに留まる気持ちはクレアにはなかった。
 そしてこの二人といつまでも一緒にいられないことも、エリンとカザヤには分かっていた。道は分かれたのだ。
「ありがとう、ルウト、クレア。カザヤもね。……私、貴方達と旅が出来て、本当に良かった。貴方達に 出会えて、幸せだわ。」
「私もです、エリン。貴方が導いてくれて、私……。」
 ぽろりとこらえていた涙が、クレアの目からこぼれる。
「クレア、泣くなよ。いつでもまた会えるんだぜ?」
「わ、わかってますけど、でも……。」
 頬を伝うクレアの涙を、そっと拭うルウトを見ながら、エリンは微笑む。
「世界を守る勇者は終わっても、クレアを守る勇者はこれからでしょ、頑張ってね。たまには顔を出してね。」
「それは一生やめる気ねぇよ。……オレはずっと、一番側にいる、クレア。」
 その言葉に、クレアははにかみながら微笑む。
「はい、ルウト。私もルウトの一番側にずっといます。」


 手を振りながら去っていくルウトとクレアの背中を、エリンとカザヤは同じく手を振りながら見送った。
「お疲れ様、エリンねーちゃん。」
 カザヤはにこっと笑う。
「……なんだか寂しいものよね。」
「晴れ晴れとした寂しさだよね。」
 半ば放心状態のエリンに、カザヤはうんうんと頷きながら言う。
「これから勇者様は消えてるし、きっと色々仕事もあるし大変だよ。また忙しくなるね。」
「そうね。今は想像つかないけれど。でもあの二人が平和に静かに暮らせるといいわね。」
「うん、だからさ。」
 カザヤはエリンの前に来て、まっすぐに視線を合わせ、今度は真顔で言った。
「泣くなら今だよ、エリンねーちゃん。」
「……なんのことよ。そりゃ寂しいけど、泣いたりしないわよ。」
「そう?ならいいけど。」
 エリンは微笑む。この少年は、いったいどこまで分かっているのだろうか。
「それにカザヤもいるしね。ありがとう、気持ちは嬉しいわ。」
 そうしてエリンは両手で伸びをする。
「さ、じゃあ後片付け、頑張りましょうか。」
「そうだね。行こう。」


 そうしてエリンが書いたロトの勇者についての偽りだらけの書物は、後世にまで重要なものとして大切に 保存されることになる。
 そしてそれを読んだものが、周りに伝え、その数々の嘘はロト伝説として広く語り継がれることとなるのだった。


   Liars' legends END


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