〜 8.アッサラーム 〜


 砂塵舞う町に商店が立ち並んでいる。
「なんか、ちょっと寂しくねぇか?あんまり人が歩いてない気がするんだが。」
「産業は主に夜の興行らしいわ。商業も盛んだそうだから、どこかで色々仕入れた方が良いかもしれないわね。」
 からの町、そんな印象の町を、エリンを先頭に商店街まで歩き出した。

 数々の商店を見ながら、良さそうな店を選び出す。まずはざっと一通り店構えを眺めようと流して歩いていると、 背中から声がかけられた。
「クレアさん?ルウト君?」
 そう呼ばれ振り返ると、そこには頭にターバンを巻いた、一人の商人が立っていた。
 背は長身であるルウトよりさらに頭一つ抜き出ているほど。だが、猫背にしているため、どこか情けない 印象がある。体もごつく、筋肉質だったが、ルウトとは違い戦うための 筋肉ではなさそうだった。その体を縮め、両手を躊躇いがちにもてあそんでいる。
「……誰だ?」
 顔に見覚えのないルウトが顔をしかめるが、商人は気にした様子もない。ちょっと困った顔をして口を開けようと したとき、クレアが躊躇いながらその名を口にする。
「ドーゴさん……ですよね?あの、アリアハンの学校で一緒だった、道具屋さんの。」
 アリアハンでは文字や算数と言った基本的な知識を学べる学校がある。 その初等学校はほぼ義務教育で、ほぼ全ての子供が通っている。ドーゴは ルウトやクレアと同じ年で、一緒の教室で学んでいた記憶がクレアにはあった。
 ドーゴは顔をぱっとほころばせた。
「ボクを覚えていてくれたんだ!嬉しいな。」
「……そうだったか?すまん、覚えてない。」
 ルウトは謝るが、ドーゴは気を悪くした様子もなく、クレアが覚えていてくれたことが信じられないようだった。
「いいよ。ボク、こんなナリなのに影が薄くて地味だから、ルウト君やクレアさんみたいに目立つ人間は、ボクのことさえ知らなくて 当然だと思うし。」
「いえ、そんなこと……。」
 控えめにクレアが言うと、ドーゴは心配そうな顔をする。
「噂で聞いたよ。世界を救うための旅に出てるんだってね。大変だね。」
「あ、ああ……。」
 ルウトが戸惑うように返事をすると、ドーゴはルウトに向かって微笑みながら話した。
「ルウト君、王様に啖呵を切ったって、町で評判になってたよ。女の子達がかっこいいって褒めてた。凄いね。」
「いや、オレは別に……ドーゴはなんでここにいるんだ?」
「ボク?ボクはお父さんの跡を継ぐつもりだったんだけど……ボクは影が薄いでしょう?弱気だし……だから 修行してこいって、お父さんの知り合いの店で修行中なんだけど……なんだかボクには向いてないみたい。」
 最後のほうは声を落として、ぶつぶつ言いながら愚痴るドーゴ。クレアが戸惑いながら慰める。
「あ、あの、その、嫌だったら他に、やりたいことをやってもいいと思うの、わ、私が言うのも変だけれど……。」
「ありがとう、クレアさん。ボクは人のためになる仕事がしたい。だから商人ってそれほど離れているわけじゃない と思うんだ。……ここのやり方は利益最優先だから、見習いが終わるのに手間取りそうだけど。」
 最後はぼそぼそと小さい声になり、そしてドーゴはクレアの耳元にささやく。
「だからね、ここらへんは観光客用の値段だったりするから、北のほうにあるお店がいいよ。」
「ありがとう。……頑張って。」
 クレアが微笑むと、ドーゴも弱気な顔に笑みを浮かべた。
「うん、クレアさんも頑張ってるから、ボクも頑張るよ。またいつでも寄って。頑張ってね。」
 ぺこんと頭を下げ、そして後ろにいたエリンにも頭を下げ、ドーゴはおそらく修行先なのであろう店へと走っていった。
「クレアは……。」
 ドーゴに手を振るクレアに聞こえないように、エリンはルウトにささやく。
「ん?」
「もしかして、学校では男に人気だった?」
「……ああ、高嶺の花だってみんなあこがれてたよ。」
 ルウトは苦い表情で言う。それはそうだろう。すらりとしたスタイル。おどおどとしているその表情さえなく、 朗らかに笑えば、まごうことなき美少女で、身のこなしも優雅で美しい。これでもてないはずがない。
「……まぁ、それも、クレアの母親があんな風になるまでだけどな。」


 ドーゴに紹介された店で買い物を済ませた頃には夕闇深くなり、徐々に町の本来の姿が顔を出し始めていた。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これこそが愛を得る香水、クピドの涙だよ!!」
「場所代なし!サービス料なし!女の子二人で500Gぽっきり!!」
「アッサラームに来たならこれを見なきゃね!ベリーダンス、最前列のチケット、今なら109Gでどうだい!?」
 そんな声が混じる中、一番多い声は、ルウト狙いの女の声だ。
「あら、なんてハンサムなお兄さん。ねぇ、旅人なの?」
「ねぇねぇん、寄っていってよ?貴方なら安くしておくわ。」
「素敵なお兄さん、私と一緒にいいことしましょ?」
「はい、オレ急いでるから、ちょっとどいてくれよ。」
 びくびくするクレアの肩を抱いてかばいながら、ルウトは適当に女を交わし、宿屋へと向かう。ちなみにエリンは 絶対零度の目線だけで相手を交わしていた。
「そんな乳臭いガキじゃつまんないわよ、私と遊んで?」
 化粧の濃い女にそういわれたルウトは、その女に敵意を持ってにらみつけ、女を下がらせる。
「あ、あの、ルウト……。」
「気にするな、ルウト。誰がなんて言おうと、オレはクレアがいいんだから。さぁ、とっとと宿に行こうぜ。」
「そうね。ここにいても疲れるだけだわ。本格的な夜になれば、もっと人が増えると思うわ。」
 エリンの言葉に、クレアは結局何も言わず、ルウトのなすがままになりながら、宿へと歩いた。

 そうして、クレアは一人、部屋でぽろぽろと涙をこぼす。
 ルウトは贔屓目なしでもかっこよくて、優しくて、強くて。そんな人間が自分を好きだと言ってくれる。自分も ルウトが好きで。側にいたくて。一緒に旅に出てしまった。
 ……それでいいのだろうか?
 自分が側にいるから、好きだと言うから、ルウトは他の女の子への可能性を消してしまっている。自分が、殺してしまっている。
 自分なんかより、他の女の子と恋人になったほうがもっともっと幸せになれるはずなのに。
「どうして……ひっく、私なんかと、出会っちゃったんだろう……。」
 それならば、一緒にいたくない、そう言えればいいのに。それは怖くていえなくて。
 どうしてこんなにこんなに好きな人のための、嘘すらつけないいくじなしなんだろう。
 母の期待にも、皆の期待にも沿えず、ただその重みからの逃げてばかりで。全てをルウトに背負わせて。
 その上、ルウトを幸せにも出来なくて。幸せだけをもらっている駄目な女の子だ。
 ぽろぽろと涙をこぼしながら、クレアは小さな声でしゃくりあげ続けた。


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