〜 熱病、あるいは恋の病 〜


 優しくされたかった。ただ、それだけ。


 メルキドを出てから、クレアとエリンは熱を出した。旅の疲れが出たのだ、と言うがおそらく精神的な 事情だろう。
 男達は自分の不徳を恥じながら、ただ二人の体を気遣うことしかできなかった。
 船はそのままリムルダールに向かっていた。いっそラダトームに帰ろうとかと提案したが、二人は否と答えた。 暁夜の日は近い。出来るならばそれまでにクレアの父、オルデガを捕まえておきたいと言う希望からだった。
 二人はそれぞれ部屋で寝込んでいる。ルウトは出来ることならば、ずっとクレアの側についていたかったのだが、 船の上ではそうもいかない。操縦、見張り、モンスターの迎撃などやるべき事は山ほどあるのだ。
 それが一息つき、ルウトは食事室で食事を取っていた。並ぶ料理はルウトとカザヤが作ったほとんど焼いただけの簡素なものだ。それが まずいわけではないが、やはりおいしくない。
 もちろんクレアの食事がおいしいからだ。だが、それだけではない。二人が寝込んでいること、そしてそもそも ひどい目に合わせてしまった事が、食事を楽しめない最大の理由だった。
 部屋の扉がきぃ、と音を立てて開いた。その扉からそっと入ってきたのは青く長い髪と少し暗い表情の愛しい人だった。
「クレア、大丈夫なのか?」
 ルウトは思わず立ち上がり、そっと部屋に滑り込んできたクレアに寄り添う。
「ええ、大丈夫です、ルウト。少し喉が渇いてしまって。」
 ルウトはクレアを座るように促すと、急いで水を入れてクレアに渡した。
「熱はどうだ?」
「……大分、下がりました。きっと明日には元気になっていると……。」
 そういうクレアの額に、ルウトは額を当てる。ほのかにまだ熱い気がする。
「まだちょっと熱いぞ?無理するな。」
「ええ、これを飲んだらまた寝るわ。でも少し……ルウトの顔が見たかったの。」
 そう言われて、ルウトも嬉しくなる。甘い声でクレアの耳元でささやいた。
「オレも、逢いたかった。ずっと顔が見たかった。愛してる、クレア。」
 そのルウトの顔を少し切なく見返してから、クレアはにっこりと笑った。
「私も、愛しているわ、ルウト。」

 そうしてクレアはゆっくりと水を飲むと、立ち上がった。
「大事をとってまた、寝ます。明日にはきっと元気に、なってますから。」
「大丈夫か?部屋まで送るぞ?」
 ルウトの言葉に、クレアは首を振った。
「いえ、ありがとう。でも食事中だったのでしょう?続けてください。私は、大丈夫ですから。」
「オレはそれより、クレアの方が大事だ。」
 クレアは少し困った顔をして首を振る。
「それに隣で、エリンが寝ていますから、人の気配がしたら落ち着かないと思うから。」
「そっか……じゃあ、明日には元気になってくれよな……。」
 そう言いながらルウトはクレアに唇を近づける。だが、それがやわらかな感触に当たる前に、クレアの手のひらに押し当てられた。
「だ、だめよ!風邪が……移るわ。」
「いいんだ、移してくれ。ちゃんど元気になってほしいからさ。」
「だ、駄目、だって、それでルウトが風邪を引いたら、私が悲しいもの。だから……おやすみなさい!」
 そういうと、クレアは身を翻して、部屋を出て行った。
「……ちえー。」
 寂しい気持ちを口から滑り落とし、それでも顔が見れて嬉しかったルウトは、そのまま食事を再開した。


 用事があって船を離れていたカザヤは、食事室に向かう最中にクレアと鉢合わせる。
「あ、……ねーちゃん、熱はどう?」
「ええ、もう平気です。心配してくれてありがとう。」
 にっこりと微笑むクレアに、カザヤはすこし顔を翳らせた。
「そっか……でもちょっと疲れて見えるよ。ゆっくり寝て、元気になってね。」
「ありがとう、カザヤ。おやすみなさい。」
 そう言って去っていくクレアを見送ってから、カザヤは食事室へと入る。
「ただいま。」
「おお、お帰り。クレアには会ったか?」
「……ん、まぁね。明日には元気になってくれるかな。」
「そうだな。クレアもそうだが、エリンも大丈夫だといいんだが。」
 そんなルウトの前に座りながら、カザヤはじっとルウトを見る。
「……なんだ?」
「僕もルウトにーちゃんみたいになりたいなぁ。」
「なんだいきなり。」
 唖然とするルウトに、カザヤはため息をつきながら手足を見る。
「せめてもうちょっと身長伸びるといいんだけどなぁ。顔もなんだか子供っぽいし。父さんも身長低かったし、無理かな。」
「お前はもうちょっと肉食えよ。でもま、別にオレみたいにならなくてもいいだろ。カザヤはカザヤの良さがあるんだろうし。」
 そう言いながらも焼いた肉をかじるルウトを見て、カザヤはため息をつく。
「そうだといいんだけどね。あーあ、でも僕、早く大きくなりたいなぁ。エリンねーちゃんを守れるようにさ。」
 今頃ベッドで寝ているであろうエリンを思い浮かべながら、カザヤはもう一度ため息をついた。


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