〜 White lie 〜


 与えられた小さな部屋は、エリンの空気にすっかり染まった執務室となっている 。ようやく読み終えた本をエリンは傷めないように閉じた。
「ふぅ……。」
 世界が平和になったあの日から半年。お祭り騒ぎも落ち着いて、ラダトームの城もようやく通常業務が軌道に乗り始めていた。
 エリンの仕事は、主にこの国の歴史についてきちんとした資料をまとめること。元々古い国らしく、相当な量の歴史書が あるのだが、その目録はかなりいい加減なものだった。そしてなにより重要なのは、その歴史の中でもっとも新しく、 そしてもっとも輝かしいロトの勇者についての歴史書をしっかりと作り上げること。
(まぁ、ほとんどでたらめになるでしょうけれどね……。)
 そもそも勇者の名前はロトではないし、その勘違いされる元となった人物も勇者としてルビスに選ばれた人物ではないのだから。
 それでもそれも楽しかった。考えてみればなにか情報をまとめるために書き付けた事はあっても、でたらめなど書いたことが ない。自分の嘘が後世に華々しく残るのだ。実につきがいのある嘘だとおもった。

「エリン・ケイワーズ!!!」
 どたん、と品のない音を立てて入ってきたのはすでにすっかりなじみとなってしまったラダトームの第一王子、ダニエルだった。
「見ろ!お前ごときの出した課題など、この通りいともたやすくこなしてきたぞ!!」
 そう言いながらダニエルは自身が書いた論文をエリンの机に置く。エリンはざっと目を通した。
「40点。」
「なんだと……?」
「そもそもその時点だけを書き残しているのではだめよ?まずこの馬車暴動がどういう時代背景によって始まったのか、 この点については一切触れられていないわ。それにこの8年後、リムルダールの2ヶ月革命についてもまったく触れられていない。少し 考えればこの暴動とこの革命は同じ視点から行われたと言うことがわかるはずよ、そもそも……」
 王子の口からぎりぎりと音が漏れる。だがこれもいつものことだ。
 どうやらこの王子、今まで散々に甘やかされたらしく、まったくもってなっていない。なにせまともに意見できるのが 国王だけだと言うのだから、そのわがままさは筋金入りだ。
 そんな中、なんのてらいもなくこうして意見を言えるエリンは重宝され、今ではすっかり歴史の教師となっている。 そして負けん気が強い王子はこうしてエリンの課題を毎回挑み、そしてこてんぱんにやられるのだった。
「っく……。」
「そもそもこことここ、リムルダールの歴史と時代の丸写しでしょう。引用が悪いわけじゃないわ。けれど引用を明らかにせず 自分の意見として書くなんて、低俗にもほどがあるわ。……でもここの表現はいいわね。あとデイバー将軍の 動きと市場の規則を関連付けて5章の意見につなげているのは見事だと思うわ。面白い発想ね。」
 そう言って微笑むと、王子は呆然とした後、持ってきた論文を乱暴に奪い返した。
「次を見てろよ!!」
 捨て台詞のようにそう言うと、王子はそのまま部屋を出て行った。
「……まったく、騒がしいこと。」
 けれどこれくらい騒がしい方がいいのだろう、きっと。それは活気があるということなのだ。
 そう思いながらエリンは、お茶でも入れようかと立ち上がる。そのとたん、ノックの音がした。


「在室中よ。」
「エリンねーちゃん、僕だけど。大丈夫かなぁ?」
 自分のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
「いいわよ、今ちょうど、嵐が去ったところだから。」
 エリンのその言葉に、黒い髪を後ろで一つにしている、この国で一番見慣れた少年が現れる。
「ああ、王子様とすれ違ったよ。相変わらずだね。」
「本当に困ってしまうわ。いずれはこの国の長になるって言うのに本当に幼いわね。」
「そっか、困ったね。」
 カザヤはエリンの執務室の向い側にある椅子に腰掛ける。そんなカザヤにエリンはお茶を出した。
「それで何か用なのかしら?」
「あ、うん……えっと、ルウトにーちゃん達から手紙来たの、見た?」
「ええ、クレアから。結局ドムドーラに落ち着くようね。あそこはいいところだわ。」
「結婚式するみたいだね。ちゃんとしたドレスを買ってやりたい、とか書いてたけど。」
 カザヤがそう言うと、エリンは小さく笑った。
「あら、クレアは自分で作りたいって言っていたわ。2ヶ月くらいかかりそうだから式はそれくらいになりそうね。」
「そっか、2ヶ月か、良かった、なら間に合いそうだ。」
 カザヤはそう言うと、カップを置いて立ち上がる。
「実は、僕この国を出るつもりなんだ。この国っていうか、この大陸、なんだけど。」


 エリンの手元のカップがかしゃん、と音を立てる。カザヤはなんだか申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ほら、もうすぐ調査隊が出るじゃない。外の世界がどうなったか、もしまだ国があるなら国交を結びたいって 考えもあるし、……僕もそれに入れてもらうことにしたんだ。」
「そういえば、そんな話があったわね……。」
 落ち着いてきたならば、ゾーマに封印されたと言われるアレフガルド以外がどうなったのか、ラダトームとしては 放置できないところだった。でもそれは、広い世界を回るゆえに。
「……僕は多分2年くらい帰れない、かな。」
「そう……。」
 エリンは我に返り、こぼれていたお茶を拭く。カザヤはそれを見て嬉しそうに聞く。
「寂しい?僕がいなくなるの。」
「それは当然よ。やはり異郷の地で、同郷の人間がいると言うのは心強いものだもの。それがこの国で 一番親しい仲間であればなおさらね。それにしてもどうして調査船に乗るの?」
 あっさりと答えたエリンの言葉に、カザヤは少しつまらなさそうな顔をする。欲しかった言葉は得られない事は 分かっていても。
「うん、父さんと約束したんだ。帰ることを諦めるなって。だから世界をちゃんと見たいんだよ。本当に帰れないのか。」
「……そう、貴方は、家族を残してきているのですものね。それは当然だわ。」
「僕はアレフガルドに骨を埋めるつもりだけどね。でも、顔くらい見せられたらなって思うんだ。たとえ、それが 出来なくても父さんや母さん、ねーちゃん達にちゃんと胸を張れるように努力したいんだよ。」
 そのまっすぐで純粋な目が、エリンには少しまぶしかった。どことなくぎこちなく微笑む。
「そう、頑張ってきて。ルウトとクレアの結婚式には出られるのでしょう?」
「うん、まだ乗組員の選定も済んでないそうだから、最低でも3ヶ月かかるって。……それで、さ。」
 カザヤは少しもじもじとしながら、言いづらそうに口にする。
「エリンねーちゃんに、お願いがあってきたんだ。」
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