「クレア・トーヴィーと申します。皆様と机を並べて勉強できることをとても嬉しく思います。 どうぞよろしくお願いいたします。」 その短い挨拶は、8歳の女の子だと思えないほどの落ち着きと気品にあふれていた。まさに淑女の 鑑、小さな貴婦人。 誰もが感嘆のため息を吐く中、ルウトはこの女が苦手だと思った。 アリアハン初等学校。アリアハンすべての国民に、身分の 差別なく、等しく門戸を開き学問を教えると銘打った学校。ではあるが、それはあくまで建前であるというのは よくある話。 実際のところ、『学力レベルの調整のため』と称してクラスはほぼ、身分の違いではっきり3つか4つに 分かれることになる。なにせ貧民層の人間に、地理などを教える人間などいないのだから 当然だろう。 ルウトはその中でも、富裕層なクラスに属していた。爵位がある家に生まれたわけではないが、 国一番の教会の息子と言うのは、これで中々の名門の部類に入る。……本人にとっては不幸なことに。 子供の頃から、それこそ『手厚い』教育の成果か、なかなか優秀な成績だったらしい、と教師は語っていた。 まぁ、そんなわけで、このクラスにはそれこそ本物の貴族のお嬢様がたくさんいるわけではある。 が、その中でも特に際立っていたのは、青く長い髪を流し、上品に微笑む少女だった。 「なぁ、トーヴィーってあれだろ?あの勇者……。」 「すげーよな、さすが英雄の娘っていうかさ……。」 トーヴィー家自体は、もはや領地もないような形だけの貴族の家柄だったはずだった。だが、それが 再び注目を集めたのは、トーヴィー家の当主、オルデガ・トーヴィーが勇者の宣旨を受け、魔王退治に 旅立ったからだった。 彼ならば、必ず魔王を退治し、この世に平和をもたらす。 国民すべてがそう信じてやまない。かの勇者はそれほどまでに威厳にあふれた偉大なものだった。幼かった ルウトも、その大きな背中は、目に焼きついて、憧れとして今も残っている。 その娘のクレアは、可憐で上品で、そして物覚えがとてもよいらしい。クラスメイトの顔と名前を一目で覚え、 帰り際には、一度自己紹介しただけの自分にまで名指しで挨拶をして、去っていった。 嫌う要素などどこにもないはずなのに、それに対して快活に挨拶もできず、腰が引けてしまったのは、なぜだろうか。 とはいえ、同じクラスメイトというだけで、特に深く関わる必要もない人物だ。ただの 苦手意識だけでいじめをするほど幼くはない。 その疑問はやがて時と共に流され、掘り起こされるのはそれより7年後の話となる。 ルウト・フォースターは高等学校の問題児だ。 といってもいわゆる不良とは違う。成績優秀かつ人気者で、先生への受けも決して悪くない。 授業態度も決して悪いわけではないのだが、時々授業をサボることがある。それもクラスの男子生徒を引き連れて、だ。 というよりもルウトを慕っているクラスの男子達が盛り上がって一緒についていくのだろう。良くも悪くも 人気者なのだ。 二つ目の問題は、彼が興味を示している科目だ。彼ははっきりと剣術への興味を示している。将来は 戦士になりたい、とも。 彼には剣の才能があった。それは皮肉なことだ。なぜなら彼は、教会の次男坊なのだから。 剣の才能は申し分なく、そちらの道に進ませたいという本人の意見に添ってやりたいという教師と、 親の希望である僧侶への道を勧めるべきだという教師に完全に二分している。なにせフォースター家は 貴族ではないにせよ、王様への覚えも麗しい、絶大な人脈を誇る有力者なのだ。 そして、彼の最大の問題は。 玄関の前で立ち止まる。 この扉を開ける瞬間が、この世で一番嫌な瞬間だった。 できるだけ音のしないように扉を開け、そっと中に入る。 「まぁ、ルウト!!先生に聞かされたわ!どうしてあなたはいつもそうなの?!あのお父さんの息子に 生まれているのに、どうしてまじめに神学の勉強を……」 「うるせぇ!才能ないんだって何回も言ってるだろ!!」 もっともっと子供の頃。皆から尊敬されている父に、それを目指してがんばっている兄に、憧れなかった わけじゃない。 それでも同じように勉強しても、二人に教えてもらっても、自分には癒しの光など生むことはできなかった。 やがてばからしくなった。どんなに頑張っても認められないこと。どれほど努力しても、結局父と兄しか見られないのだ。 「ねぇ、ルウト、お母さんの言うとおりにしていれば、それでいいの。だから戦士になるなんて、そんな野蛮なことはおよしなさい。 剣術なんて認めません。」 「……お袋にとって、オレの意思ってなんだ?」 「わかっているのよ、ルウト。私は貴方のお母さんですもの。少し反抗してみたかっただけなのよね?けれどね、 あんな女と付き合うのはやめておきなさい。パン屋の娘なんて、貴方にはふさわしくないわ。ちゃんとお母さんが 断っておきましたからね。」 「……また勝手にノーマのこと突き止めてひどいこと言いやがったんだな?神様とやらはずいぶん傲慢なんだな。」 何を言ってももう無駄だ。母親がルウトの彼女との仲を引き裂くのはそれで四度目。……もっとも、どの娘も向こうから付き合ってと言われたから 付き合っていただけで、深い想いなど抱いていなかったルウトにとって、あとで謝っておこう、と 軽く流せる出来事ではあるのだが。 「ルウトのお嫁さんは、私がきちんと探してあげますからね。だからそれまでいい子にしていなさい。 剣なんて野蛮なことはおやめなさい、あれは頭の悪い人間が……」 そういい募る母親を置いて、ルウトは自室へと向かった。 ある時は不機嫌な父の説教。「神は必ず応えてくださる。それがないならば、それはお前の努力が足りないのだ。 お前の志がかけているからだ。」 ある時は、自分を見下す兄の愚痴。「お前のような出来の悪い弟がいるせいで、私の評判も悪くなる。さぁ、お前に 私手ずから教えてやろう!!」 家には安らぎなど存在していなかった。 これが外では父親は人望厚い神父、母は貞淑な貴婦人の鑑、誰もがうらやむような優等生の兄なのだから反吐が 出る。 ルウトは机に向かう。授業は時々サボるが、勉強はまめにするようにしていた。お優しい兄が施してくださる神学の 教授でさえうざったいのに、これ以上教わる要素を増やしたくはない。……まぁそれでも兄のレベルまでには とてもではないが到達できないのだが。なにせ兄は学校に名を残すほど優秀だった上に、自分には どんなに搾り出しても、魔力のかけらもない。 逆に、自分は剣術では並々ならぬ才能がある、と認められている。自分も体を動かすことは楽しい。 上達しているのが自分でもわかる。……それでも問題は、この家ではそれはなんの意味もないことなのだ。 自分が思い通りの子供でないことが腹立たしいのだろう。そう思われることが腹立たしい。 理想の子供なら、兄がいる。ならば自分はそのクローンにでもなれというのか。 ……おそらくそういう事なのだろう。兄のように。兄のように。両親の、そして兄の望みはそれだ。 そんな風になってたまるか。 そう思って時々授業をサボり、あまり受けの良くない女ばかりと付き合ってきたが、それも少々飽きてきた。 どうせ小言が増えるだけだし、女に付き合ってあれこれするのも疲れるだけだ。 かといって、親の言いなりになるのだけは絶対に嫌だった。それをするくらいなら、死んだほうがましだ。 (あーあ、世の中嫌なことばっかりだよな。) ルウトはペンを放り出し、ベットに横になった。 |
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