ドムドーラの教会。そこでは今日、ささやかな結婚式が催される。 招待客は、わずか二人。 一人は最強の魔術使いであり、 もう一人は、最強の武闘家だった。 そうして、今日結婚する二人は、現存するたった一人の賢者にして勇者と、 勇者として選ばれ、そして女として守られた一人の女だった。 「おめでとう、ルウト。といっても今までもすでに結婚しているようなものだったから、あまり実感はないけれど。」 二人はすでにこのドムドーラに家を買い、暮らし始めている。 それでもこうしてちゃんと形にしたがるのは、実に二人らしいと思った。 「うん、おめでとう、ルウトにーちゃん。それ、すっごくかっこいいよ!」 カザヤが白のタキシードを着ているルウトを見て誉めそやす。これもおそらく、クレアの手製なのだろう。 そのクレアは、今は支度中とかで会えない。ここの風習で、新郎新婦は式直前まで会うことが許されないようで、 ルウトはどこかそわそわしていた。 「ありがとうな、二人とも。来てくれて嬉しいぜ。」 「こっちこそ。良かった、僕が旅に出る前で。絶対に二人の結婚式は見ておきたかったからね。」 「お前がこの大陸を出るって言うのは寂しいな、まぁでもがんばって来い。」 「うん!さて、クレアねーちゃんの準備、そろそろかなぁ。僕ちょっと行って来るね。」 カザヤはかろやかな動きで立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。 「ちょっと待って、カザヤ!私も……」 「いーからいーから、エリンねーちゃんは、ここでにーちゃんと一緒に待ってて。」 カザヤは軽くそういうと、そのまま部屋を出て行った。 「え、あの、……カザヤ?」 追いすがることもできず、エリンはルウトと部屋に残された。 これはどういうことだろうか。カザヤのこの行動には、何か別の意味があるように思える。 それは2ヶ月ほど前のこと。自分の想いが、カザヤに知れてしまった。いいや、本当はもっと前から知っていたらしいのだが。 自分が、ルウトを好きだということ。 (……何かしろと、言うことなのかしら?) 告白などする気はないし、そもそももうすぐ結婚する相手と二人きりにされる自体が困るのだが。 ルウトはクレアの物だ。それはもう痛いほどわかっていて。 そわそわとカザヤの行ったほうを見ているルウトに、エリンはくすりと笑った。 「くっそ、カザヤオレより先に、ウエディングドレスのクレアを見る気かよ。」 「あら、見ていないの?ドレスはクレアが作ったのでしょう?」 「ドレスは見た。でも着てるところは見てねぇんだよ。それに化粧もしてるだろうし……。」 本気で悔しそうに言うルウト。こういうところは、少し子供っぽいと思う。 「花婿というものは、最後に見るものなのではないの?泰然と構えていなさいよ。」 「まぁな。別にカザヤがいまさらクレアに惚れるとも思えねーし……。」 「そんなこと心配していたの?」 「心配してねーよ。」 そう言いながらも、ぶすっと顔を膨らませるルウト。これが今日結婚する男だとは思えない。 「これからクレアと所帯を持つのでしょう?人生の大舞台なのにそんなことで膨れていてどうするの。がんばりなさい。」 エリンが淡く微笑みながら言うと、ルウトの顔が、どこか深みを帯びた表情に変わる。 「オレさ、考えてたんだよ。生まれてから今までの自分のこと。」 「そうなの?」 「あの家に生まれたこと。僧侶としての教育をされたこと。でも魔力なんかなくて、剣術にはまったこと。 嫌で嫌で仕方なかったことだったけど、でも全部クレアにつながってた。」 あの家に生まれなければ、きっと同じ教室で学べなかった。 僧侶としての教育は、勇者として戸惑うクレアにそのまま伝授することができた。 そして、剣術をしていなければ、親に反発する形でがむしゃらに稽古をしていなければ、きっとクレアはそのまま 通りすがるただの人だった。 「それで、思ったんだ。オレはやっぱり、クレアに出会うために生まれてきたんだ……って。」 「そして、それをそのまま体現して生きていくのでしょう?ルウトにはそれができるはずだものね。」 エリンがそういうと、ルウトは力強くうなずいた。 「ああ、オレは命をかけてクレアを幸せにする。してみせる。」 「……。」 そういうルウトの額を、エリンはぴん、と指ではじいて見せた。 「な、なんだよ。」 「その言い方は、クレアがきっと怒ると思うわ。二人で幸せに、なるのでしょう?それが結婚というものよ。」 まっすぐにそう言われ、ルウトは目を丸くした。穏やかに微笑むエリンに、同じような笑みを返す。 「そうだな、その通りだ。エリンはそうやってオレにずっと道を示してくれて、 だからオレはようやくクレアを守れた。偽りでも勇者をできた。ありがとうな、エリン。オレ、お前に会えてよかった。」 「……ええ、私もよ。」 そうして二人は、とてもとても朗らかに笑った。それははじめてみた、この世界の空のように。 カザヤは軽く戸をたたく。 「クレアねーちゃん、カザヤなんだけど。」 「来てくれたのね。入ってくれる?」 そんな声がして戸をひらくと、そこにはまさに白の女神がいた。頭には花とベール。そしてクレア手製のドレスは、 シンプルながら、クレアの美しさを彩っていた。 「うわぁ、クレアねーちゃん、すっごく綺麗だ。」 「ありがとう。カザヤも来てくれてありがとう。」 「うん、大陸を出る前でよかったよ。おめでとう、クレアねーちゃん。」 そう言って笑うカザヤをクレアはまぶしそうに見る。 「……寂しい?」 「え?」 カザヤの言葉に、クレアは思わず聞き返す。 「こういう時だけど、いや、こういう時だからさ、家族のこと、思い出しちゃうんじゃないかって思って。」 「……だからカザヤだけで来てくれたのね。……ありがとう。」 そう笑うクレアに、カザヤはへらっと笑って見せた。 家族のことを恋しく思っても、クレアはルウトにはきっと話せない。ルウトが気に病んでしまうからだ。そして エリンにも話せない。エリンには家族がいない。だからこそ、カザヤはひとりで来たのだが……。 「ごめんね、余計なおせっかいだったね。」 「そんなことないです。とても嬉しい。でも……母が言っていたの。お嫁に行くときは、もう二度と家に帰ってこない 覚悟で行きなさいと。もし家と敵対することがあっても、貴方は夫に従うのですよ、って。それなら、 世界が隔てられていても同じことだなって思うんです。」 少し寂しそうに、それでも決意を込めたその表情は、勇者と呼ぶにはあまりにも美しい。 「私はルウトの妻になるのです。他にはなにもいりません。」 「うん、クレアねーちゃんすごく綺麗だ。二人とも、元気でね。」 「……でもカザヤがいなくてとても寂しいわ。手紙下さいね。」 「うん。……神父さんに聞いたんだけど、こういうの父親が新郎に引き渡すんだって。僕でよかったらどうかな?」 そう言って差し伸べられたカザヤの手に自分の手を重ね、クレアは立ち上がる。 「はい、よろしくお願いします。」 「新婦の準備が整いましたよ。」 教会の人間のその声に、ルウトは飛び上がるように部屋を出て行く。エリンもその後を追うと、 カザヤの手に引かれて静々と歩いていく、クレアの姿があった。 ほんのりと青い色のついた花を髪に飾り、ベールをかぶり。すそがふわりと広がったシンプルなウエディング ドレスを着たクレアは、エリンが息を呑むほど美しかった。 「……ルウト?」 何も言わず、呆然と立っているルウトにクレアは心配そうに呼びかける。 「……綺麗で、見とれてた。」 「そんな……恥ずかしいです、ルウト。」 「オレは、幸せだな。」 そっと歩み出て、カザヤからクレアの手をもらう。 「こうしてクレアに出会えた。こうしてクレアの手をとって歩いていける。」 「私も幸せです。こうしてルウトと手をつないで、一緒に歩いていけるのですから。」 そう言って二人で微笑みあった。 「これから先が本番だからな、クレア。幸せで幸せで幸せで、どうしようもなくなるくらい、幸せにするから。 ……幸せになろうな。」 「はい、私もルウトが私を娶ってくださって幸せだったといって下さるようにがんばりますから。幸せに なりましょう。」 そうして、二人はとても自然に、まるで生まれたときから一緒にいることが約束されていたかのように、 寄り添って歩き出した。 その誓いは永久へ。 その願いは永遠に。 そしてそれを見守る二人の想いも、また悠久へと続かんことを、神に祈った。 |
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