] その理由



 〜 ここからはじまる 〜


「エリン!おはよ!」
「おはよう、カザヤ。昨日は大変だったそうね」
「そんなことないよ、ああいうのは、得意だしね。ごめん、おつかいの途中なんだ、行って来る」
 忙しくそういうと、カザヤはそのまま進行方向に風のように駆けて行く。
 いったいどういう手段をつかったのか、カザヤはこの城に、王様直属の部下として仕える様になった。基本は 今のようにお使いやメッセンジャー代わりの秘書の役割をすることが多いが、武器を持たないで多大な攻撃力を 持つと言う意味で、警備員を務めることもある。
 昨日は不審者を素手で捕らえたらしく、カザヤの評判は上々だった。元々自分とは違い、人好きのする性分だから 余計だろう。
(それにしても、どうやって登用されたのかしら……やっぱり勇者の仲間と言うことなのかしらね……?)
 本来のロトの勇者は別の場所で平和な生活をしているというのに、不思議な状況だ。
「あいつの目的はなんだ」
 突然するどい声を上げられ、顔を上げると、不自然そうな顔をしたダニエル王子がいた。
「殿下……」
 最近エリンは、あえて距離を置く意味で、王子をこう呼ぶことにしている。
「いけしゃあしゃあと城に戻ってきたと思えば、父上の側に仕え、あげく最近はあちこちに貴族に声をかけていると聞くぞ!! いったい何をたくらんでいるんだ、あいつは!!」
「貴族に声を……?」
「その上エリンになれなれしく声などかけおって!!」
 その言葉に、エリンは思わず声を鋭くする。
「お言葉ですが殿下、カザヤは私の大切な仲間です。もっとも信用が置ける人物です。ですから そのように言われても困ります」
 あまり長々と話していると具合が悪い。エリンは王子に頭を下げて、その場を立ち去ろうとした。
「まて、エリン」
「なんでしょうか、殿下」
 うんざりした表情を隠さず、エリンはしぶしぶ立ち止まる。
「私の求婚を断ったのは、よもやあのような男のせいではあるまいな」
 エリンは少し目を見張る。そして微笑した。
「いいえ、殿下。私のようなものに、王妃などと言う座はふさわしくありませんから」
「そのようなこと、お前が考えることではない!!」
 そう怒鳴ってエリンの手首をつかもうとして、王子の手は空を薙いだ。
「?!」
「ここにおられましたか、ダニエル王子。アウレ伯爵が探しておられましたよ」  カザヤは、エリンを抱えながらにこやかな笑みを向けた。
 ぎり、と王子の歯軋りの音がする。
「お前は何の目的をで動いている……」
「もちろん、ラダトーム王国の反映と安寧です、王子」
 エリンをしっかり抱えながら、カザヤは無垢にも見える笑顔を見せる。その両肩を覆う手は、 とても大きくてたくましい。
「……殿下、アウレ伯爵は今お忙しい身だったと記憶しております。おそらくご子息のご結婚のお話では?」
「ああ、ようやく婚儀の準備が整いつつあると聞いている。……わかった、今日はこのあたりにしておいてやろう」
 さっておく王子を見送って、カザヤはようやくエリンを解放した。
「大丈夫だった?」
「……ええ、けれどどうしてここに?」
「ちょうどおつかいが終わって戻る最中だったから。エリンが無事でよかった」
 にこやかに笑うカザヤの表情は昔のままだ。それでもその位置は、ずいぶん高くなった。腕も足もぐっと伸びた。
「……今日の夜は空いている?」
「ん?うん」
「お礼というのもなんだけれど、一緒に食事をしましょう。私の部屋になるけれど」


 パンとスープ、そして鶏肉を簡単に焼いたものと付け合せのきのこと山菜、という素朴な組み合わせだったが、 二人で食べるとことのほかおいしい。
「あ、でも、この間王様の食事のご相伴させてもらう機会があったんだけどさ、すごく豪華だったよ」
「ああ、たしかにここと使っている素材から違っているものね。とても凝っているし、おいしかったわ」
 そういいながら、エリンはくすりと笑う。カザヤもそれに気がついたが、あえて口にした。
「でもやっぱりクレアねーちゃんの方がおいしいんだよねぇ」
「……本当に。あれこそ奇跡よね……。適当に釣った魚とかでどうやっていたのかしら」
 食事を食べるたびに、しみじみと思い出すクレアの味。
「あ、でもエリンのご飯もおいしかったよ?」
「それはもちろん、師匠が良かったもの。ここではあまりしていないから、そろそろやっておかないと腕が鈍るかしら」
「あ、じゃあ、今度外にピクニックしようよ。お弁当、作ってくれない?」
 エリンはうなずきかけて、ふと我に返る。食器を手早く片付けて立ち上がったカザヤの背中に声をかける。
「そういえば聞きたいことがあるのを忘れていたわ」
「へ?何?」
「カザヤはどうして、私のことが好きなの?」

 ガチャガチャという激しい食器の音に、エリンは思わず立ち上がった、カザヤが落とした食器に走りよった。
「良かった割れていないわ」
「ななななななんでそんなこと聞くのさ?!」
 表情豊かなようで、いつも泰然としているカザヤが珍しく動揺している。エリンは初めて見る表情に 目を丸くした。
「私、そんな変なこと、言ったかしら」
「言ったよっ!だって今までそんなこと聞かなかったじゃない!もしかしてエリンって僕のこと好きなの?」
 そういいながら、カザヤは食器をテーブルに戻した。頬がほのかに赤かった。
「動揺しているカザヤは初めて見た気がするわね……そうね、好きかと聞かれれば好きよ。多分世界で一番ね。 けれど……多分カザヤが望むような種類のものではないのではないかしら」
 その答えは予想していたのだろう。冷静を取り戻したカザヤが椅子に座りなおす。
「そもそもさぁ、どうしてエリンは王子のプロポーズ断ったの」
「どうしてって……貴方と約束したからでしょう?忘れたの?」
「忘れてないけど……でもさ、エリンn……エリンって今、この国がもっと良くなるように頑張ってるんだって思ってるんだけど、 違う?」
 カザヤのまっすぐな言葉がくすぐったくて、エリンは小さく笑った。
「……どうかしら。本当は書物に埋もれていたかったけれど、ただ請われたからそれに応えだけでという気もするわね」
「エリンは素直じゃないよね。そういうところが可愛いと思うけど」
 カザヤの言葉に、エリンは苦笑する。それをみて、カザヤは話題を少し変えた。

「……俺とエリンってちょっと似てると思うんだよ」
「カザヤは素直だと思うけれど?」
「そうじゃなくて……エリンが自分の国を滅ぼされた人で、俺は滅ぼされかけた人。……だからエリンが一生懸命 やってるの、よく分かるよ。それにエリンが結構目的のために手段を選ばない人だって言うのも よく分かってる。非人道なことはしないけどね」
 エリンはカザヤを見た。いつも泰然としていると思ったが、あの時は違った。違ったのだ。
「だからさ、エリンが本気なら、僕の約束なんて無視して結婚してたと思うんだよね。なによりエリンは 約束はできないってはっきり言ったじゃないか」
「カザヤは本当に私のことを良く見ているわね。……そうね、それも考えなかったというのは嘘になるわ。けれど 王妃と言うのは政務に関わる人間ではなく、世継ぎを生むこと、そして社交を支えることが一番でしょう。補佐は摂政を行う ということもできなくはないけれど……やはり王に任せておいたほうが平和だと思うわ。妃にとって重要なのは、 王を支えることであって、王を上回ることではないもの」
 そして、と言葉を告いで、すこし寂しそうに笑った。
「それが得意なのは、私ではないわ。……それにやっぱり暖かな家庭というものに憧れを抱いているのも事実よ。 そして私と殿下ではそれが築けそうにないしね」
「俺とはどうかなぁ?」
 明るく売り込むカザヤに、エリンは笑う。
「だからそれを聞きたくて最初に質問したのでしょう?考えてみれば私はカザヤのことをあまり知らないと 思ったのよ。ジパングでどういう日々を送ってきたのとか、これからどうしたいのとかね」


 エリンの言葉に、カザヤは少し渋い顔をした。その表情がエリンには意外だった。ヤマタノオロチのことはさておき、 幸せな家庭で幸せに暮らしていたのだと思っていたのだが。
「もしかして、聞いてはいけないことだったのかしら?」
「ううん、そうじゃないよ。俺にとって、ジパングの皆は大切な家族で、だからこそ、八岐大蛇に食われてしまうのは 悲しかったけど、すごく幸せだった」
 それはエリンにとっても同じだった。あそこは地獄で、天国で、一つの家だった。
「けど、だからこそ、それ以上の感情ってもてなかった。皆大事だけど今、エリンに抱いているような 特別な感情ってどうしても持てなかったし、そういう感情を持っている人の気持ちが分からなかった。 誰と結婚しても、皆家族なんだから同じだって、そんな風に思ってた」
 そうして、カザヤは少しはばかるようにつぶやく。
「それに、ちょっと思ってた。訓練だとか恋だとか……生きてること、してること全部無駄なんじゃないかって。 だって皆、いつか八岐大蛇に食べられちゃうかもしれないのに」
 今でも鮮やかに思い出せる。そんな閉塞感の中で、たくさんの命を背負ってやってきた、彼女のことを。
「エリンの後ろにいた人たちが、ものすごい勢いで伝えてくる想いの洪水に飲まれて。それでも全部なくしたのに 一生懸命頑張ってるエリンを、尊敬したんだ。その上、ジパングまで助けてくれようとしてくれて。あの時のエリンの 心の中は僕以上に闇の中にいたのに」
 カザヤはエリンの手を握った。
「ほっときたくなかった。恩返しがしたかった。ちょっとでも助けになりたかった。力がないのは 分かってたけど、それでもこっそり洞窟に忍び込んで……エリンが戦うところを見たよ。赤い髪が溶岩に照らされて きらきら輝いてた。大変なのに他人のために頑張ってるってすごく綺麗だって、エリンが教えてくれた。 それを見て、僕よりずっと年上に見えたお姉さんを、僕が守りたいって思ったんだ」
 きゅ、と手を握るカザヤが、とても大人びて、それでいてかつてのままの少年のようにも見える。
「今でも変わらない。ううん、今はもっとエリンのこと知って、もっともっと大きな気持ちになっている。 好きだよ、エリン。愛してる。誰よりも幸せにしたいんだ」
 手のひらから伝わるカザヤの熱。とても暖かくて、安心できて、そして、その感情と鼓動が エリンにも伝わってきた。

 ずっと黙っていたエリンに、カザヤは苦笑した。
「……エリンは一生懸命仕事をしているけど、それよりエリン自身が幸せにならないといけないんだよ」
「……カザヤは以前もそんなことを言っていたわね」
「うん。エリンの家族たちの最後の願いだから。自分が与えられなかったことを誰かからもらって欲しい。 そして幸せになって欲しいって、言ってたよ」
 カザヤが手を握り締めながら、優しく笑う。
「……俺が守りたいんだ、エリンを。俺が、エリンに熱を伝えたい。 そのためならなんだってしたい。まだまだかもしれないけど、エリンの力になれるような力を必ず手に入れるから…… 俺じゃだめかな」
 カザヤの熱帯びた言葉に、エリンはカザヤの手をそっと外し、立ち上がる。
「……エリン」
「……カザヤ……抱きしめて、くれないかしら」
 あの時のように。
 エリンの言葉に、カザヤは恐る恐る手を伸ばし、そしてそっと肩を抱いた。
「……カザヤにはいつもみっともないところばかり見せているわね」
「みっともなくなんかないよ?それに嬉しかったし」
 エリンは誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやいた。
「気付いてはいたの」
 ルウトは、自分にとって勇者だった。それは嫉みつつも望み、偶像として憧れていた存在であった。
 それは自分の全てを救ってくれるのだと、助けてくれるのではないかと、そう思った。
 そう思っても仕方がない。なぜなら彼は、ただ一人のために、そういう人間になりたいと願っていたからだ。
 でも、多分それは、本当に自分が求めているものとは、違うと気がついていた。
 王妃と言う安寧の地位。誰かに守って欲しかった自分が求めたものかと思った。けれど、そうじゃない。
 自分は『勇者』にはなれない。そして王妃にもなれない。
 自分は自分にしかなれない。そして自分だからこそ手に入れられるものがある。
 自分の弱い、そしてねじれた場所を指摘して、間違っていると暖かく言ってくれる人。
「カザヤはいつも、正しいことを言って、私のゆがみを治してくれる……私の弱いところを受け止めてくれる……カザヤだけが」
 考えてみれば、村の人たちさえも言ってくれなかったことだった。初めて、言ってもらえたのだ。 『お前は間違っている』と。
 そして死者である皆に、弱音を吐いてもたれかかることも、もうできなかった。けれどカザヤは 自分の心を暴いた代わりに、それを全て受け止めてくれたのだ。
「そういう人に、なりたいと思ったから。一生懸命頑張っているエリンに、側で安心して安らいで欲しかったから。 ……クレアねーちゃんが、ルウトにーちゃんの側では笑っていたように。それとは違う形でね」
「だから私は、貴方を好きになりたい。貴方を愛したい。誰よりも。そしたらきっと誰よりも幸せに なれると思うから。次に恋をするなら、貴方がいいわ、カザヤ」
 その言葉に、カザヤはエリンをきつく抱きしめた。エリンを追いかけ続けて、3年。初めて言ってもらえた言葉だった。
「……うん、必ず惚れさせるから、待ってて」
 力強い決意の言葉を、とても嬉しく感じながら、エリンはいたずらめいた笑みを浮かべて、カザヤに言った。
「でもね、カザヤ。私は貴方を好きになりたいの。だからね、ルウトの真似、しなくてもいいのよ?」


 そして、恋がここからはじまる。

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