〜 はじめてのけんか 〜


「そんなわけで頼むぞ、ルウト。」
 そう言いながら、副団長がルウトに書類を投げてよこした。
「え、副団長いきなりなんですか?」
 そういいながら、書類を手に取る。そこには”女性団員入団について”と書かれていた。そういや、 以前、そんな話が出ていたな、と思い返す。

 ”勇者ロト”により世界が平和になって1年。荒れた町や村、人々もようやく落ち着いた生活に慣れ始めていた。
 それと同時にモンスターも落ち着きを見せ、以前ほど強いモンスターも少なくなり、町々の行き来も増えだした。 もちろんまったくいなくなったわけではないが、夜はともかく、昼は町に近づくこともなく、森の影で静かに暮らしているようだった。
 そんな平和になれて気を抜いてくると現れるのが、人同士の争いや人災だった。またこの先、自警団が扱うのは 人のいさかいや犯罪が中心になっていくだろうとラダトーム城の偉い人間は考えた。
「あの噂の馬鹿王子が提案したらしいが、まぁ道理だと団長も長老も考えてるらしい。で、 そういう人間が標的にするのは女子供が多いだろうし、被害にあった女子供に話を聞いたりするのは女の方が いいだろうって話だ。男には話しにくいこともあるだろうし、まぁ、男が怖いって女もいるだろうしな。」
「はぁ、まぁ、そりゃいいんですが。」
 そう言いながら資料をぱらぱらとめくりながら、ルウトはあることに気がついた。
 筆跡は違うが、文章の癖に心当たりがあった。
(なるほど、エリンの提案かよ。偉くなってんだな。)
「ま、女がいた方が花があるし、俺たちの気づかないもんも気づいてくれるだろうしな。女入れたら城から 金が出るらしいぜ。」
「で、オレに何を頼むつもりですか。」
 ルウトが面倒くさそうに頭を掻く。その態度に満足したように副団長はうなずいた。
「資料見ろよ。できれば一人、女を取りまとめるやつをつけろって書いてあるだろ?当たり前だが女は俺たちとは 違う仕事につくことになるだろうし、こっちとの連携と連絡係だな。」
「なんでオレなんですか。他にやりたがるやついくらでもいると思うんですけど。」
 ルウトは明らかに不満そうな顔をした。変な仕事抱え込んで、家に帰るのが遅くなってはたまらない。だが、 副団長はそれを見越したように笑う。
「ばっかやろう、喜々としてやりたがるやつなんかにまかせられっかよ。飢えた男どもの中に入れて 問題起こされたらたまったもんじゃねぇだろ。そんな問題が起こらんようにって城から監査が来るって、ここにも 書いてあるだろうが。」
「あー。けどそれなら長老とか……。」
 長老はこの自警団のご意見役で70を超える老人だ。人当たりも良いし、力でなく技術で人を倒す実力者でもある。 適任ではないだろうか。
「けどなぁ、そろそろ細かい字を読んだりするのも大変だろうしな。ま、俺としちゃ女と面倒なことに なってほしくないわけだ。で、お前が一番適任だろうなと思ってな。お前奥さん以外興味ねーだろ?」
「まぁ、そりゃそうなんですが。」
 正直ちょっと面倒くさい。業務が増え、残業にでもなったら、クレアを待たせてしまう。そう思ってしぶっていると、 副団長がにやりと笑った。
「ちょっとは給料あがるぜ。奥さん、喜ぶんじゃねぇの?」
「……わかった、やります。」
 別にクレアは給料が良い悪いで文句を言うことではないが、新しい役職を得たと知ったら喜んでくれるだろう。それに、 これはエリン関係だ。きっと笑顔で応援してくれるだろう。

「ルウト、信頼されているんですね。がんばってくださいね!」
 食卓の席で、笑顔でそう言われ、ルウトの心は温かくなる。用意されたおいしい夕飯を食べながら、ルウトは話す。
「まぁ、信頼って言うか、クレアへの愛は誰にも負けないからな。それにまぁ、多分あれエリン発案だから 協力したいしな。」
「男性の中で働く女性は、とても不安だと思います。支えてあげてくださいね、ルウト。」
 屈託なく笑うクレアにルウトは笑みを返しながら、ふと心によぎったものをしまいこんだ。


「ねぇ、ルウトさんってー、伝説の勇者だって聞いたんですけどー、本当ですかぁ?」
 出勤してまもなく、甘ったるい声でそういわれ、ルウトは思わず顔をしかめた。
 女性団員の担当になって3ヶ月。昨日、城から監査役が来たのだが、それはエリンだった。思わず 親しげに声をかけられ、エリンにはため息をつかれた。
「……どうなっても、知らないわよ。」
 家に久々に招待し、クレアとの食事中にそう言っていたのは、どうやらこのことだったらしい。
「一体なにがどうなってそうなるんだ……?」
 ルウトは頭に手を当ててあきれたように言う。話しかけてくるのは、女性団員の中では一番年下の17才。美人で 明るく、人懐っこいと団の中でアイドルとなったミラベルだった。
「だってー、この間来た城の女ってー、ロトの仲間だったって噂されてる子でしょぉ?」
「そうなのか?オレは以前ラダトームで旅行した時に、奥さんが友達になったってだけだぞ?詳しいことは 知らないぜ?」
「えー、うそぉー。だってルウトさんってー、ここで一番強いしー、呪文だって使えるじゃないですかぁー。いつも 手加減してるでしょぉ?」
「なわけねーだろ?全力だっての。団長にも副団長にもかなわねーっつの。つーか、くだらないこと言ってないで 仕事しろ。」
 そうごまかしながら、ルウトは若干の冷や汗を背中に感じた。手加減しているのは事実だった。自分の全力など この平和な世の中では必要のない技量だ。
「ともかくオレは勇者なんかじゃなくて、ここの団員で、クレアの夫。それだけだし、それ以上のもんには興味ねーよ。」
 きっぱりと切り捨てたつもりだったが、ミラベルはルウトにしなだれかかってきた。
「えー、やっぱりルウトさん素敵ー。あたしー、狙っちゃおうかなー?あたしー、二番目でもいいですよ?」
「いい迷惑だ。オレはクレアにしか興味ねぇよ。仕事しろ仕事。」
 さっと身をかわし、ルウトはそのままスケジュールを見に事務所へ向かった。


 それからミラベルのルウトへの猛アタックが始まった。
「ルウトさーん、お弁当作ってきたんですぅ、一緒に食べてくれませんかぁ?」
「悪いけど、オレ愛妻弁当があるから。」
「えー、でもー折角ルウトさんのために作ってきたんですからー、一口くらい食べてくれたってー。」
 ルウトは差し出してきた弁当の上に、自分の弁当からサンドイッチを一つ取り出して乗せる。
「これよりうまいって言うなら食べてやらなくもないがな。」
 ミラベルはサンドイッチを手にとって食べ……悔しそうな顔をした。
「オレのクレアの食事は世界一だからな!もちろん食事だけじゃないけど、このサンドイッチにはクレアのオレへの 愛情がたっぷり詰まってるんだ!だからどんな弁当よりもうまいんだぜ。」
 にっこりと笑って去っていく。ルウトの経験上、こういう相手をかわすのはのろけ話をするに限る。
「でもー、私だってー、ルウトさんへの想いは負けてませんよぉ?」
「負けてる。絶対負けてる。だってオレは世界一クレアを愛しているからな。だからクレアも世界一オレは愛している。」
 そう胸を張ると、ミラベルはそっとルウトに寄り添った。
「えー、でもぉ、こうしている間にー、側にいるのはあたしですよねぇー。あたし、奥さんよりもずーっと長い時間、ルウトさんを 見てるんですよぉ?やぁだぁー、奥さん嫉妬しちゃいますねぇ。」
「クレアは嫉妬なんかしねーよ。オレのこと信用してくれてるからな。」
 ルウトは言い捨てると、ミラベルはきょとんと目を丸くした。
「えー、理解できなーい。独り占めしたいって思うのが好きだってことでしょぉ?やきもちやかないなんて 好きじゃないってことじゃないのぉ?」
「……人それぞれだろ、そんなもん。」
 もうルウトは会話したくなかった。だが、ミラベルはそれに気づかずに笑う。
「でもぉ、やきもちやかないならー、あたしとデートしません?」
「嫌だね。クレアに嫌な思いさせたくないからな。」
「じゃあじゃあー、奥さんがいいって言ったらしてくれますか?約束ですよ!!」
「ちょ、待て!!」
 ルウトが何か言おうとするのを避けるように、ミラベルは立ち上がり、そのまま疾風の速さで去っていった。


 仕事が終わり、いつものようにいそいそと帰り支度をしている時に、声をかけられた。
「最近大変だなぁ、モテル男は辛いねー。」
「なら変わってくれよ。」
 同僚に言われ、ルウトは吐き出すように言葉を返す。
「でもさ、ミラベルちゃんもすっげかわいいじゃん。いっそ手ぇ出しちゃえばいいのにさ。黙っててやるぜ。」
「オレはクレア以外一切興味ねぇ。」
 そういうと、同僚は乾いた笑みを浮かべた。
「なんで望まないやつばっかりもてて、俺はだめなんだろうなぁ。この間来てたエリーだっけ?城の役人も美人だったしよー。」
「別にエリンにはもててるわけじゃねぇよ。友人だ友人。」
「美人が側にいるってだけで許せねぇんだよ!!奥さんも美人だしよ。」
「ったりまえだ。クレアは世界一だからな。」
 小突いてくる同僚に、ルウトは胸を張ってのろける。その様子に苦笑した後、同僚は何か思い出したようだった。
「おお、そういや、ミラベルがお前んちどこか聞いてたぜ。なんかあんのか?」
「!!悪いオレ帰る!!」
 荷物をひっつかんで、団舎を出て家路を走る。すると上機嫌のミラベルと行き違った。
「あ、ルウトさーん!」
「ミラベル、お前!!」
「やーん、会いに来てくれたんですかぁ?」
 笑顔で抱きついてこようとするミラベルを引き剥がし、ルウトは問い詰める。
「お前……クレアになんかしなかっただろうな……!!」
「やぁだぁ、なんにもしませんよぉ。ちゃーんと正直に話しましたぁ。あたしルウトさんが好きだから デートしたいんですって。快くOKしてくれましたよ、奥さん。」
「……快く?」
「やさしいですねぇ、奥さん。でも、ちょっとそっけない感じー。もしかして愛されてません?ルウトさん? まぁいっかぁ、約束ですから、デートして……」
「しない。」
 ルウトが低い声で言うと、上機嫌で話していたミラベルの言葉が止まった。
「で、でもぉ……。」
「お前が勝手に言っただけだ。約束なんかしてねーだろ?オレはたとえクレアがどういおうと、他の女に興味はない!」
「そんなのぉ、付き合ってみなきゃ、わかんないじゃないですかぁ……。」
 ルウトの気迫が違うことに気がついたのだろう。ほとんど震えながら、ミラベルはそうつぶやく。
「分かる、オレにはクレアしかいない。仮にそれが間違いだとしても、そんなこと知りたくもないし、 知る必要もない。オレはお前にこれっぽっちの興味もない。時間の無駄だ。」
 ミラベルは目に涙を浮かべた。だが、それを意に介さず、ルウトは怒鳴りつけるように、うなる。
「いいかげんにしろよ。お前これ以上オレにまとわり着いてきたら、ただじゃおかねーぞ。」
 そういい捨てて、ルウトはそのまま後ろを振り向かずに走った。


「クレア!!!」
 家に駆け込んで、ルウトはクレアを呼ぶ。それを見て、クレアはいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。
「お帰りなさい、ルウト。ご飯もう少しなんです。」
「ご飯はいいから!何かされてないか?大丈夫か?ごめんな、オレのせいで嫌な思いしたんじゃないか?」
 そういってクレアを抱きしめるが、クレアは良く分からないといった風に首をかしげる。
「どうしました?ルウト。何かありました?」
「……クレアは何もなかったか?えっと、オレの職場のやつ、来なかったか?」
「ええ、いらっしゃいましたよ。ルウトにいつもお世話になっているとおっしゃっておられました、ミラベルという 女性の方です。」
「そいつなんて言ってた?」
「ええと、その、ルウトがお好きで、ずっと側にいるのだと……。」
 クレアは少し困った風に笑う。ルウトはこわばった顔で言葉を重ねる。
「それで、他には?」
「あの、ルウトと一緒にお出かけをする許可がほしいと。」
「出したのか?!」
 思わずルウトはクレアの肩を持つ手に、力を入れる。クレアはなぜルウトがそんな風に 力を入れているか分からず、少し困惑したように微笑んだ。
「ええ、もちろん。ルウトが望むなら、そう望むようにして欲しいですから。」
 そんな当たり前だと言わんばかりのクレアの言葉に、ルウトの心が痛んだ。

 真に受けているわけじゃない。けど、ずっと心の片隅で思っていた。
”独り占めしたいって思うのが好きだってことでしょぉ?”
 クレアは本当は自分のことが、好きじゃないんじゃないだろうか。
 愛してる。そう思うのは自分だけで、本当は、ただ迷惑に思っているんじゃないだろうか。
 クレアは優しいから、好きでもない相手の押しに負けてしまっただけなんじゃないだろうか。
 本当は、クレアから母親を取り上げ、そして父親すらも取り上げた自分を、嫌っているのではないだろうか。
「クレア、好きだ。愛してる。」
 不安が胸を支配してるのを押し殺し、ルウトはクレアを抱きしめた。
「ええ、ルウト、私も愛しています。」
「クレアはオレだけのものだ。誰にも渡したくない。……けど、クレアは違うのか?」
「?私はルウトだけのものですよ?」
 不思議そうにいうクレアに、ルウトは悲しい声で囁く。
「クレアは、そういう風に、言ってくれないのか?オレをクレアだけのものだと、思ってくれないのか?」
「そんな……私は、ルウトが私のいる家に帰ってきてくださるだけで、十分幸せですから。」
 その言葉に、ルウトの不安が、悲しみが、堰切ったように流れ出す。
「なんだよ!それ!!」
「ルウト?!」
「クレアにとって、オレはなんなんだ??何してても、誰といても関係ないのか?誰よりも側にいたいって、他の やつに渡したくないって、そう思わないなんて、それは、オレのことどうでもいいってことじゃねーのかよ!!」
 ルウトはそう怒鳴りつけて、身を翻して家を出た。





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