Before Christmas
〜奇跡への道しるべ〜




 それは、とある休日。たまたま塾が午前中までだった。ワタルは俊と由美と三人で龍神池の ある丘まで来ていた。
「あのね、昨日すっごく綺麗な鳥を見たの!緑色でね、両手のひらくらいの大きさだったの!」
 もう一度見たいと夢中になって語る由美の熱意に負けて、ワタル達は龍神池までその鳥を探しに来たのだった。
「さむ!!」
 冬の風に、俊が身をよじった。池から吹く風が、冬風を更に冷やしている。
「俊ー。こんな寒さで寒がってちゃ、まだまだだね。はっきし言って、僕は全然寒くないぜ!!」
「はっ!僕はワタルみたいな原始人とは違うんだよ!!」
 もこもこに着込んだ俊が懐からカイロを出す。
「俊君、そんなに着こんで、カイロ付けてるのに、まだ寒いの?」
 くすくすと笑う由美の声に、俊は黙り込んだ。
「でも、雪が降りそうな寒さだよね。」
「うん、雪が降ったら素敵ね。明日はクリスマスだもん。」
 ワタルと由美は空を見上げる。空は青く澄んでいて、雪雲は望めそうになかった。
「さ、由美ちゃん、寒がってる俊は置いておいて、鳥を探そう。昨日はどこで見たの?」
「うん!あのね、あっちの方に飛んでいったの!」
「冬にいるってことは、渡り鳥じゃないんだよね。」
「そんなに大きな鳥じゃなかったから。」
 ワタルはあからさまに俊を無視して、由美の指差す方へと歩く。
「ま、待ってよ由美ちゃん!!」
 俊があわててワタル達の後を追った。

 由美が案内したのは、池から少し離れた林の中だった。龍神池のある丘はずいぶん急なため、 斜面も力を入れていないと転がり落ちそうだった。
「転がり落ちるなよ!ワタル!!」
「俊こそ!あ、由美ちゃん、そこ気をつけてね。はい、つかまって。」
「ありがとう、ワタル君。」
 そう言って、ワタルは由美に手を差し出す。由美はにっこり笑ってワタルの手を掴んだ。俊は苦々しげな顔をした。
「でも由美ちゃん、ずいぶん外れまで来たんだね。龍神池も見えないよ。」
「うん、昨日帽子飛ばしちゃって、ここまで追いかけてきたの。ちょうどここで見つけたかな」
 そういわれて周りを見渡す。
「うーん、鳥の姿はないな。もしかして、誰かのペットかもしれないよ、由美ちゃん。」
 俊が言うとおり、周りの鳥の巣らしきものも、鳥の姿もなかった。
「そうかな…」
 落ち込んだ由美ちゃんに、ワタルが優しい声をかける
「まぁ、もう少し探してみようよ。」
「うん…きゃ!」
 由美がよろける。手を掴んでいたワタルだが、突然かかった体重に、体がまともに倒れた。
「よっと!」
 とっさに近くの樹につかまる。
「ワタルー、もっとしっかりしろよー」
 俊が、横でにやりと笑った。
「ごめんね、ワタル君」
「大丈夫だよ、由美ちゃん。怪我はない?」
「うん、平気!ワタル君のおかげ!」
 由美の笑顔を見て、ワタルは嬉しくなって、鼻の下をこすった。これはワタルの癖だった。
「由美ちゃん、あっちのほう、見てみようよ!」
 俊が、ワタルの逆側を指差す。
「うん、俊君!ワタル君も行こう!」
 そういわれて、顔を上げる。その時。
「あ…」
 つかまっていた樹に、傷があることに気がついた。
 ワタルは、その傷の前にしゃがみこむ。…それは、一見でたらめに掘り込まれた物。だが、 ワタルには見覚えが確かにあった。
(創界山の文字だ…)
 そう、かつて二度、あの世界の危機を、救ったことがあった。神部界と呼ばれる 世界に呼ばれ、神々が住む山、創界山を旅して、救世主なんて呼ばれて。大事な 仲間や自分だけの最強魔神、龍神丸と共に創界山を闇に染めようとする魔界の者と戦ったのだ。


「どうしたの?ワタル君?」
「ワタルー、ぼけるのは早すぎるぜ?」
 じっとその文字を見ていたワタルに、二人の声がかかる。
「違うよ!!ほら、ここ、文字が彫ってある。」
 ワタルが指差した先に掘り込まれた神部文字を、2人がじっと眺める。
「文字ー?子供の落書きだろう?」
「これ、文字なの?どこか外国の言葉?ワタル君読めるの?」
 当然ながら2人は読めなかった。ワタルにも読めないのだから、当然だろう。
「あ、うん、読めないんだけど…」
 しどろもどろになって答える。創界山のことを、2人は信じてくれていないのだ。
「…はっ、こんなでたらめな落書きを文字なんて適当なことを言うなんて、ワタルー国語の成績大丈夫か? 来年の春には僕たち5年生だぜ?」
「でももしかしたら、子供の暗号かもしれないね。私も小さな頃、友達だけの文字を作って 遊んだことがあるわ。」
 馬鹿にしたように言う俊に由美がフォローをした。舌をべーと俊に出すワタル。そして、もう一度その文字を見つめた。
(間違いない…やっぱり創界山の文字だ…でもどうして…?…僕に?!)
 はっと気がつく。ここは龍神池の近く。創界山からやってきた皆が、自分へのメッセージを彫ったのかもしれない。
(でも誰が…虎王…ヒミコ…?いや、二人はこんなのんびりしたことしない…?じゃあ…)
「はい、ワタル君。」
 ずっとそれを見入っていたワタルに、由美は猫を象ったメモ帳と、おそろいのシャープペンシルを渡した。
「書き写す?」
「ありがとう、由美ちゃん。」
 由美からメモ帳をもらって書き写す。書いたことのない文字だから手間取ったが、なんとかそれらしき文字が書けた。
「いこう、由美ちゃん!」
「うん、ワタル君、俊君!」
「まったくワタルのせいで時間食ったぜ。」
 三人は緑の鳥を見つけるために、歩き出した。


 ベッドに寝そべって、猫の形をしたメモを見つめる。
(ともかく、誰か創界山の人間がここに来ている…それは間違いないよね。)
 ワタルは部屋の窓を開けた。
『よう!ワタル!』
 ”ワタル!!”
 そんな声が、今にも聞こえるような気がした。だが、虎王の金色の髪も、龍神丸の声も聞こえない。
(…もしかして、龍神丸が来れないほど創界山がピンチなの!?)
 アンコクダーに支配されていたのは、つい先日だ。その時は辛くも勝つことが出来たが…
 ワタルはいても立ってもいられなくなって立ち上がる。メモをポケットに押し込んで、部屋を出る。幸い父も母も テレビに夢中で、こちらに気がついた様子はない。そっと靴を履き家を出た。
 冬の空は見とれるほど澄み渡っていたが、創界山の空に比べると負けるとワタルは思った。
(あれが、北極星だっけ・・・?)
 昨日の理科の時間を思い出したが、今はそれどころじゃなかった。ワタルは道の向こうに黒々と 映る、龍神池まで走った。

「はぁはぁはぁ…」
 夜の龍神池は、静かで、暗く、底知れぬものを感じたが、ワタルには恐ろしくなかった。ここを守っているのは、 自分の大切な龍神丸なのだから。
「龍神丸ー!!ヒミコー!!虎王ー!!先生ー!!」
 そう叫ぶも、龍神池にはなんの反応もなく、周りにも人影はなかった。
「龍神丸、持ってくればよかったかな?でも、また抜け出すのは無理だろうし…」
 今は机の上に立っている、粘土の龍神丸にワタルは思いを馳せた。
 ワタルは龍神池にかかっている橋を渡り、社の前に座る。じっと池の奥を眺めるが、そこには星影を 静かに映す、水があるのみだ。
「ちぇー。おーい、龍神丸ー!?出てきてー!」
 ワタルの呼び声に答えるものは、何もない。夜風がワタルの体を冷やす。
「うー、寒い。やっぱ帰ろうかなー。創界山だって冬休みはあるよな。」
 待ってたって来ないものは来ないし、来る時はこちらの都合も考えずに来るのだ、創界山の人たちは。
 そう考えて立ち上がる。階段に向かい歩き、…足を止める。
(…やっぱり、あの文字があった場所に行ってみよう。)
 くるり、と体を反転させ、橋を一気に駆け抜け、はずれの林に足を踏み入れた。…そのとたんだった。
 ワタルの背中の方…龍神池から光があふれ出した。

 …それはまるで、夜を照らす太陽のような、金色の光。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 振り返ったがまともに見ることはできない。目を腕で覆い隠す。目を細めるが、様子は見えない。ワタルは光が収まるのを、 じっと待つ。
 だが、光が収まったそのとたん、ワタルの肩にずしっと重いものが乗った。そして
「ワタルー!ワタルなのだ!!」
「ヒミコ!!」
 肩からぎゅっとワタルの頭を抱えるのは、ずっと同じ旅をしてきた、忍部一族13代目のお頭、ヒミコだった。
「俺様もいるぞ!」
 ふりむくと、すぐ向こうには
「虎王!!」
 ワタルはヒミコを乗せたまま、駆け出す。
「虎王じゃないか!本当に虎王なんだね?!」
 元魔界皇子。そして今となっては創界山の皇子の虎王だ。
「ワタル!元気か?!」
「ああ、もちろん!虎王も元気そうで嬉しいよ!!」
「当たり前だ!なんたって俺様はワタルの…」
「トモダチ!だからね!!」
 あはははは、と2人で笑いあう。ヒミコがワタルの背中で一緒に笑った。

「ところで、一体どうしたの?虎王?」
「ああ、ワタル、俺様と一緒に来てくれ。」
「何?また魔界の者なの?!」
 真剣な顔で言ったワタルの言葉に、虎王は首を振った。
「いや、わからねえ。とにかく来てくれ。シバラクのおっさんも向こうで待ってるんだ。」
「おっさんもいるのだ!!」
「先生も?うん、わかった行くよ!でもやっぱりあの文字は虎王だったんだね!」
 ワタルの言葉を虎王があっさりと否定する。
「何のことだ?俺様たちは今ここに来たんだぞ?」
「だぞ!!」
 ヒミコが笑った。ワタルは首をかしげる。
「あれー、じゃあ…」
「そんなことより行くのだ!ワタル!!」
 そう言ってワタルを板切れの上に乗せる。横に虎王も乗ったその板は、四隅に文字が書いてある以外はただの木切れに見える。
「…なにこれ?」
「波龍板だ。じゃあヒミコ、行くぞ!」
「いっくよー!!ヒミコミコミコヒミコミコ…忍法、波乗り龍さんの術!!」
 そういったとたん、なぜか板が浮かび上がり、そのまま龍神池につっこんだ。
「で――――――!!!」
 ヒミコの突飛な忍術に慣れているつもりだが、やはり毎回驚いてしまう。池に飛び込んだまま、板はひたすら 深く、深く潜っていく…潜っていく…。ワタルはゆっくりと気を失っていった…


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