すりすり…すりすりすりすり…なにかか自分の頬をなでている。
 まだ眠い。目覚ましは鳴っていないのだから、もう少し寝かせて欲しいと、ワタルは思う。手で跳ね除けた。その手が、細長い ひげに触る。
 ワタルはがばっと身を起こした。そこには、たった一人の、ワタルの金色龍。
「龍神丸?!龍神丸だね!!」
”ああ、ワタル久しぶりだな。”
 自分だけの魔神。大事な大事な戦友がワタルの目の前にいた。
「おお、ワタル、起きたか」
「その声は…先生!」
 ふりむくと、そこには自分が剣の師匠を仰ぐ、剣部シバラクが立っていた。その横には、ヒミコと虎王もいる。
「せんせーい!久しぶり!!」
「おお、久しぶりじゃな。」
「また顔でかくなったんじゃないの?」
「なんじゃと?わしは変わっておらん!!」
 そう言って、二人で笑いあう。それは、2人のいつものじゃれあいだった。
「かばーかばー」
 ヒミコが笑う。それをまた、四人で笑った。

”ワタル。”
 龍神丸に声をかけられて、ワタルの思考が切り替わる。
「そうだ!龍神丸!一体どうしたの?」
”龍神池の三宝が盗まれた。”
「龍神池の三宝?なに?それ?」
”この龍神池に伝わる、力を秘めた宝だ。詳しいことは虎王たちに聞くがいい。私はもう、いかなくてはならない。”
「あ、ちょっと龍神丸!待ってよ!!」
 止めるワタルの声も聞かず、龍神丸は話を進めていく。そういうところは、相変わらずマイペースだ。
”これを身に付けるがいい。私の助けがいるときは、いつでも呼ぶと良い。ではワタル、頼んだぞ!!”
 そう言うと、龍神丸は光の玉を吐き出し、ふっと消えた。光の玉はワタルにあたり、ゆっくりと救世主の装束 へと姿を変える。
 赤の肩当て青の胴回り。白い長ズボンが体を包む。 胸の大きな勾玉に胴の鎧から伸びた腰当て。先の二つの戦いの時に来た鎧をあわせたような服だった。 今まで着たことのない物だったが、ずっと着ていたかのようにワタルの体にしっくりとなじむ。成長期のワタルのために、龍神丸が 新しく作ってくれたのだろうか。あちこち具合を確かめて、ワタルは満足そうに笑った。
「あ…剣がない…」
 背中に手を回して、初めてそれに気がつく。
(そうだ、剣はアンコクダーとの戦いで…捨てたんだ。)
 剣と剣で戦いたくなかった。アンコクダーは人の心を自分の鎧にした。それに剣を向けて傷つけるのはどうしても嫌だった。 だからワタルは剣を捨て、自らの心のみを武器にして戦ったのだ。
「どうやって、龍神丸を呼べって言うんだよ…」
 龍神丸は剣がなくては来てくれない。がっくりとぼやくも、龍神丸はすでにいない。
「まぁまぁ、ワタル。ともかくも、とりあえずおばばのところに行こうではないか。龍神丸の三宝のことを 教えてくれるであろう。」
「えー、虎王や先生が知ってるんじゃないのぉ?」
 そんなワタルの言葉に、虎王とヒミコが胸を張って答える。
「知らん!ほらとっとと行くぞワタル!!」
「知らん!早く行くのだ行くのだ行くのだー!」
 そう言って二人で笑いあっている姿を見ると、まぁいいか、なんてワタルはため息をついてしまうのだ。
「…そうだね、久しぶりに会えたんだし、なんでもいいか。行こう、虎王、先生、ヒミコ!」


「おお、救世主ワタル、よう来たのう。」
 村の中ほどの少し大きめの家。そこで声をかけてくれたのはワタル達がおばばと呼んでいる人物だ。おそらく ここ、もんじゃ村の長老のようなものらしい…がワタルは詳しいことは良く知らなかった。
「当たり前だ、俺様が連れてきたんだからな!」
「だからな!!」
「おうおう、虎王様もヒミコもようやってくれたのう。」
 おばばはヒミコを実の孫のようにかわいがっているし、ヒミコを『ヨメ』だと呼んでいる虎王にもそれなりに 愛着をもっているのだ。
「それで、おばば、何があったの?」
 ワタルの言葉に、おばばは話を切り替えた。

「龍神池の三宝と言うのは、大昔、龍神池の中から出てきた三つの宝のことじゃ。その名も 龍眼珠、龍鱗鏡、龍角剣という。」
「りゅーがんしゅ、りゅーりんきょう、りゅーかくけん?」
「聖龍殿の宝物目録にも載ってる、由緒正しい宝らしいぞ。」
 虎王が威張って言った。
「じゃあ、聖龍殿から盗まれたの?」
 聖龍殿は、創界山の神々全てを納める王様が住むところ。今は虎王と翔龍子がその頂点に 立っている。虎王はもともと翔龍子が魔界の者に変えられた姿だったが、今は別の存在として、 この世にあった。
 ゆえに、その警備は厳しい。そこから盗まれたと言うことは、やはり魔界の者の仕業なのだろうか。
「いいや、その宝は龍神池の近くの社に納められておったのじゃ。だが、うかつなものには触れられぬよう、 かの聖龍妃様が結界を張ってくださっていたはずなのじゃが…」
 聖龍妃。それは、翔龍子の母であり、虎王を生み出したもの。同一の存在だった虎王と翔龍子を、 自らの力と命を持って二つに分けた、かつての聖龍殿の主だった。
「…その結界が何者かに破られたと、翔龍子が言っていた。だから俺様が来たんだ。」
 シバラクが虎王に遠慮しながらも話を続ける。
「…聖龍妃様がいなくなったとて、その結界は簡単に破れるものではない。魔物の者の可能性はある。」
「うん、わかったよ。…ところで、その三宝ってなんかすごいの?」
「龍角剣は光すら切ることができると言われている剣で、悪しき者が触ろうとすると、自らを石に変え、ふさわしい 持ち主を待つといわれる剣じゃ。龍鱗鏡は全てを映し出し、力あるものが使えば、映し出したものをこちらに 呼び寄せることが出来ると言われておる。そして龍眼珠じゃが…」
 ワタルはごくりとつばを飲み込む。
「わからん!」
 おばばにきっぱりと言われ、ワタルはひっくり返った。横を見るとシバラクもひっくり返っている。
「さーぱりわからん、さーぱりわからん!」
 ヒミコが笑った。
「そりゃないよ・・・」
「なにやら不思議な力を秘めているとだけ聞いておるのじゃ。ともかく、魔界の者に渡せばろくなことにならんことだけは わかっておる!ともかく行って取り返してくれんか、救世主ワタル!!」
「わかったよ…ところで、どこに持ち去ったとか、そんな情報、あるの?」
「ない!!」
 おばばがもう一度威張って言う。ワタルはもう一度ひっくりかえる。
「あのねえ!どーやってそれで探すの!!」
「ないものは仕方ないだろう!ワタル!それでも俺様のトモダチか?弱音を吐くな!」
「いや、そうじゃなくて、虎王。手がかりもないのにどうやって探すんだよー」
 ワタルは頭を抱える。虎王がこういうことは不得手なのは良く知ってるから、いい返事は期待していないが。
「創界山の上を、邪虎丸で飛べばいい!ひとっとびだ!」
 その答えに、ますます頭を抱える。邪虎丸は虎王専用の優れた魔神だ。そのことは、ワタルも良く知っている。だが。
「…それじゃあ小さなものは見えないじゃないか…。とりあえずその社に行ってみようよ。何か手がかりがあるかもしれない。」
「おう、気をつけてなー」
 おばばの言葉を背に、ワタル達はもう一度龍神池まで戻った。


「俺様が道案内してやる!ありがたく思えよ!!」
「トラちゃんの道案内なのだー!」
 龍神池からそれた林の中へずんずんと先を歩いている虎王と、その背に乗って虎王の角で遊んでいるヒミコ。 神部界広しと言えども虎王の角をもてあそべるのはそのヨメのヒミコだけだろう。
「はいはい。…ところで先生。先生はどうしてここにいるの?」
 後ろを歩いているシバラクに、ワタルはそう聞いた。
「おお、たまたまおばばのところで団子を食っとった時にな、虎王がやってきてな。社に行ってみたら 確かに結界が切れとったもんだからな。」
「ふぅん…やっぱり魔界の者なのかなぁ?創界山に変なことはない?」
「いいや、何もないぞ。虹も綺麗なもんじゃ。」
 創界山には虹がいつもかかっている。それが、人々に力を与えているが、かつて魔物に襲われた時は 虹が灰色に染められていた。だが、今見上げると、それは確かに美しい七色の虹だった。
「たいしたことじゃないといいんだけど。」
「いや、油断は禁物だ、ワタル。」
「うん!そうだね!!」
「ついたぞ!ワタル!」
「着いたのだー!」
 2人の言葉に顔をあげると、そこには少し小さな社があった。 結界だったらしき注連縄が、ちぎれて落ちていた。ワタルはなんとなく、龍神池の方を振り返る。
「どうしたのだ?ワタルー?」
「とっとと行くぞ!ワタル!!」
「ここ…あの文字があった樹と同じ場所だ…」
 つぶやいたワタルに、シバラクが声をかける。
「樹とはなんだ?ワタル?」
「うん、それがね、先生…」
 言いかけたとたんに、ヒミコがワタルの手を引き
「早く入るのだ!ワタル!!」
 そのままワタルを社の中に投げ飛ばした。


「うぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ワタルは社の壁にあたり、ずりずりと落ちる。
「ヒミコォ!壊れたらどーすんだ!!」
「えへへへ失敗失敗!!」
 埃を払って立ち上がるワタル。
「ワタルは弱いなぁ!」
「あのね、虎王!」
「俺様のヨメに投げ飛ばされたんだから、俺様の勝ちだ!ワタル!!」
「はいはい。で…」
 周りを見渡す。しばらく人が入ってなかったせいか、妙に埃っぽい。そして、何かを立てかけるための 木の置物と、柔らかそうな布が机の上にあった。
「ここに珠と鏡があったんじゃな。」
「そうだね、先生。剣は…」
「こっちだ!ワタル!!」
 虎王の呼ぶ声。虎王が、なにやら石の棒の前で手を振っていた。
「なに?これ?」
「これが龍角剣だ。」
「これが?」
 良く見ると、それは石で出来た剣だった。柄のところに龍が掘り込んである。
「ほれ、ワタル。龍角剣は自らを剣に変えるのだ。」
 シバラクの言葉に、おばばの言っていたことを思い出す。
「ああ、そういえば、持ち主を待つんだっけ?」
「ワタル、お前が抜いてみい。」
「えぇー、僕ー?」
 なんだか自分まで一緒に石に変えられそうで抵抗がある。
「おぬし、剣がないのだろう?それに龍神に乗る救世主以上にふさわしい持ち主はおるまい。龍神池の 三宝は三つでひとつだ。剣に聞けば他のありかがわかるかも知れぬぞ。」
「はいはいっと。でもそうだね。剣がないと龍神丸が呼べないもんね。」
 そう言って、軽い気持ちで剣の柄に触れた。


 ワタルは、真っ暗な空間に立っていた。
『…何者だ』
「誰だ!!」
『…お前は、何者だ…』
「僕は救世主ワタルだ!!隠れてないで出て来い!!」
『そうか…お前が…。我の呼び声が聞こえたのだな…』
「呼び声?」
『現生界への我からの声だ…』
 そう言われて、ポケットの中のメモを思い出す。
「…これは、貴方が?」
 ”そうだ。お前を呼んだ。我が兄弟を、取り戻してくれるか?”
「もちろん!!」
”…わかった。我もそなたに力を貸そう。力を使うが良い。”
「ありがとう!」
”約束してくれ。全てが終わりしとき、兄弟を揃え、この社に戻してくれると。”
「はい!わかりました!!」
”ならば、その文字を読め。そうすれば石化が解ける”
「えーでも僕…」
 ゆっくりと闇が薄れていく。目を開けると、先ほどいた社だった。どうやらずっとここにいたらしい。
 ワタルは、ポケットに入れっぱなしにしてあったメモを取り出した。
「先生、これ、読める?」
「何々?きったない字じゃなぁ」
「ほっといてよ!!」
 ワタルは顔を真っ赤にして抗議する。
「二つの世界にまたがりし者よ。世界を救わんとするものよ。我にこう呼べ。『聖なる龍の角。我が腕となり 共に戦わん』」
 シバラクの言葉を、ワタルはそのまま復唱する。
「『聖なる龍の角。我が腕となり共に戦わん』・・・・龍角剣!!」
 そう言ったとたん、光があふれた。そして…ワタルの手の中で龍角剣の石の皮膜が割れ…ワタルは龍角剣を抜いていた。

「おお、ワタル!抜けたのじゃな!!」
「良くやったなワタル!!」
「ワタル、一番!ワタル!偉い!!」
 目の前でヒミコが旗を持って踊っている。ワタルも微笑んだ。
「とりあえず、外に行こう。虎王、先生、ヒミコ。」
「ワタル、他の二つの宝のありかはわかったのか?」
 シバラクの言葉に、ワタルが首を振る。
「ううん、でも、龍角剣が教えてくれると思うよ。」
 そう言うと、ワタルは社から出て、龍神池に向かう。三人もその後を追った。
 龍神池のふちに立ち、ワタルは剣を掲げる。
「龍角剣よ!!兄弟の場所を示せ!!!」
 ワタルがそう叫ぶと、龍角剣の先から緑色の光が放たれ、創界山へと向かう。そしてそれは下から 五番目の大地へと降り立った。
「第五階層…第五階層だな!!」
「そうみたいだね。」
 龍角剣の光が消える。ワタルは龍角剣をしまった。
「よし、行くぞ!!邪虎丸ーーーーーー!!」
 虎王がそう叫ぶと、空から虎型の魔神が降りてきた。虎王はそれに乗り込み、手を差し伸べる。
「よし、皆乗れ!!」
「あいよー!!」
「うん!」
 ノリ良く乗る二人。だが、シバラクは戸惑った。
「わしは高いのは苦手なんじゃが・・・」
「ほらほら先生、置いていくよ!!」
 そういうと、むりやりシバラクを掴み、載せる。そして
「虎王!飛んでくれ!!」
「わかった!!」
 邪虎丸は四人を乗せ、第五階層へと飛んだ。



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