目の前が、一面薄い橙に染まったようだった。
「綺麗だな…」
 上を見ると、そこには雪のように降る花びら。
「綺麗ね…」
 下を見ると、まるで絨毯のようにいっぱいにしかれた、薄橙の、はかない花びら。
「綺麗だねー。」
 三人は、旅の途中。邪神を復活させ、この世に闇をもたらさんとする、邪神官ハーゴンを倒さんとする、旅の途中。
「まるで、世界が花びらで覆われたみたいですわ…」
 うっとりと、リィンが大きな樹を見上げる。そこには枝中に薄橙の可愛らしい花がついていた。そして、 その樹から伝わる、芳香。満ち溢れるにおいだというのに、むせ返るほどきつくない。とても爽やかで 甘い薫り。
「気持ちのいい場所だよなー。ちょっと油断すると口の中に花びら入りそうな所がなんだけどな。」
「そうだねー。僕さっき食べちゃったから。」
「うまかったか?」
「ううん、あんまり。」
 いつものんびりしているルーンはもとより、短気のレオンまでもが樹の下で寝そべってのんびりとくつろぐほどの 楽園。
 のんびりとした、春の陽気。戦士達の休息だった。
「けれど、やはり大地は良いですわね。このところすっかり船の上がばかりでしたから、歩くことさえ忘れてしまいそうでしたもの。」
「だなー。船もおもしれーけどさ。やっぱこうやって地に足つけてーよ。足腰弱りそうだしな」
「うん、やっぱり僕達は、大地の精霊、ルビス様の祝福を受けて大地に生まれた者だもん。なんだか嬉しくなるね。」
 花びらを拾いながら、ルーンはにっこり笑う。一面、薄橙の野原。静かな時が、流れていた。

「お、リィン、髪に花びらからまってっぞ。」
「あら?どこ?」
 淡い紫色に煌めく髪を探るリィンを見かねて、レオンはそっと花びらを払ってやった。リィンは少し顔を 赤らめながら笑う。
「ありがとう、レオン。ふふ、ルーンなんか頭に積もってますわよ。」
「ふわふわして、気持ちいいから。」
「ああ、寝転んでもふかふかだよな。」
「そうね…なにもかも、忘れてしまいたくなりますわ・・・」
 その言葉とうらはらに、リィンは何か遠い眼をしている。
 リィンの旅の真意を、二人はまだ知らない。だから、二人はその目に気が付かないふりをした。
「はい、リィンにあげる。」
 ルーンはにっこりと、リィンに花びらが沢山詰ったハンカチを渡す。
「ありがとう、ルーン。」
「花びらなんか、なにすんだ?」
「いい匂いだから、乾燥させてもきっと香るよ。枕もとにおけば、よく眠れるんじゃないかなって。レオンもいる?」
「男の枕もとに置くもんじゃねえだろう、馬鹿。」
 とは言っても、ルーンもリィンも気がついていた。ここ最近、レオンがおかしいことに。
「けれど、レオン、最近ぼんやりしてましてよ。もしかして、眠れないんじゃありませんこと?」
「いや、ちゃんと寝てっぜ。まあ、海の上じゃあんま戦闘ねーから、徹底する必要はねえと思ってっけど…」
「けど、レオン。花が綺麗だから降りてみよう、なんて言い出したとき、僕どうしたのかと思っちゃったよー。 ねえ、レオン、病気してない?」
 またもや花びらを集めながら、笑って言うルーンの言葉。いつものレオンなら、怒りを隠さずに文句を言い、 ルーンのこめかみにこぶしを当てるところだ。だが、
「お前なあ、俺を何だと思ってんだよ…俺は元気だよ。」
 そういって苦笑するだけだった。
 これは、おかしい。ルーンとリィンは顔を見合わせた。ルーンはリィンの隣りに腰を下ろし、レオンに聞こえない ように囁いた。
「レオンがおかしくなったのって、いつ?」
 リィンは考える。
「ラダトームを出たときは普通でしたわ。」
「ロトの剣を手に入れた時は、おおはしゃぎだったよね。」
 ルーンの言葉に、リィンは頷く。
 そして、その結論を出す前に、レオンが口を開いた。
「なあ…モンスターって…なんだと思う?」
 ぼんやりと、ほとんど独り言のようなレオンの呟きを、二人は聞き取っていた。


「人畜、それから作物などに被害をもたらし、私達の生活の和から外れた魔の波動を持った物。 魔の波動に精神を取られたもの。ゆえにその姿が動物が多い。」
 リィンは教科書どおりの答えをつぶやいた。もちろんレオンが望んだ答えはこんなものではないことはよく 判っている。
「うーん、難しいよね。もともとは僕達とおんなじかもしれないし。」
「だな。なあ、あの竜王の子孫ってどう思うよ。」
 レオンの言葉に、二人は思い出す。かつて自分の先祖の孤独な戦いが繰広げられた場所。既にぼろぼろで、 苔むした城。その最奥に座っていた、魔の者。そして、その姿は、伝えられていた彼の支配者、『竜王』 と酷似していた。
 だが、構えた三人に、その魔の者は、意外なほど器用に友好的笑みを見せてくれた。そして、自分達を ロトの、そして竜の勇者の末裔と認めたうえに、自らを彼の竜王の子孫と名乗った、魔族。
「なんだか、人間臭かったよねー。僕、びっくりしちゃったよ。」
「あの方、本当にあの竜王の子孫なのかしら…」
「けど、絵物語に載ってた姿に良く似てたよな。だから、多分そうなんじゃねえの?」
 レオンの言葉に頷きながら、リィンが首をかしげる。
「それがどうかなさいましたの?レオン?」
「あいつは、モンスターなのかな。」
 レオンは空を見ながら、ぼそりとつぶやく。
「モンスターなんじゃありません?」
「けどさ、あいつ、いいやつだったぜ。」
 自分達を歓迎してくれて…人に好意を持ってるとすら言っていた。
「そうだね、色々教えてくれたもんねー。」
「レオンは、会うまで楽しみになさってましたものね、竜王がいたら戦うと言ってらしたものね。」
「そうだな…」
 英雄に憧れていた。生まれた時から瓜二つと言われて育った、偉大なる建国の王。もし、そんな風になれるならと、 いつも思っていた。
 モンスターを倒していけば、いつかそうなれるかもと思っていた。
「あいつを倒しても、俺は勇者にはなれねーだろうな、って思っただけだよ。ああいうのも、いるんだな。 そう考えると、もしかしたら俺達が倒してきたモンスターの中にも、そういうのがいたかもしれねーな。 そう考えるとさ。なんだかな…」
「そうね…私たち、無意識に人でなければ剣を向けても良いと、思っていたのかもしれませんわね…」
 二人は、切なそうに空を見上げる。相変わらず目の前は薄橙に染まっている。


「でも、レオンもリィンもリィンのお父さんに剣を向けようとは思わなかったよね。」
 レオンがギョッとした顔をした。リィンはむしろ不思議そうに顔をかしげる。
「それは…どういうことですの?」
「もう、僕達の言葉が届かなかった王様。王様だけじゃないよね。もう僕達の声を聞いてくれなかった幽霊があそこには沢山いた よ。でも、僕達は剣をむけようなんて、思わなかったよ。」
「あったりめーだろ!」
 起き上がって怒鳴るレオン。ルーンは自分でも、まだ要領を得てないようにしゃべる。
「うーんとね。でもあの時の王様は、幽霊だったよね。でも、僕達は沢山幽霊を切ってきたよ。だから、 きっとそういうことなんじゃないかなって。」
「つまり、人の心を持ってる者は敵とはみなさない、ということですの?」
 リィンの言葉に、ルーンが首をかしげた。
「えへへ、実は、僕も良くわかってないんだー。でもね、知ってる?建国の王、アレフ様が切った竜王の血の色は、 赤かったんだって。」
 その言葉に、レオンは身体に乗った花びらを散らしながら立ち上がった。
「サンキュ。」
 どこか晴れ晴れとした表情で伸びをするレオン。
「レオン…人に疑問を投げかけておいて、一人で解決するなんて、ずるいと思いますわ。」
 拗ねたようなリィンの言葉に、レオンは笑う。
「つまりさ、生きるために戦ってんだから仕方ねえって事だよ、きっと。例え魔の波動を感じようが、俺達の 邪魔をしないんなら倒さなくてもいいし、俺達が生きるために邪魔なら、それは倒す権利があるんじゃねえの、きっと。 多分それが、生きるって事なんだよ。」
「生きる…」
 リィンはじっと手を見た。その手は小さくて、白くて長い指が揃った手。
 ルーンも立ち上がる。両手を広げて。
「それでも、僕達が倒した沢山の敵たちに…この花びらを贈れたらいいかもしれないね。 負けちゃったけど、皆精一杯生きてたんだもの。」
 ぱっと、空に向かって花びらを投げるルーン。落ちてくる花びらと、上がっていく花びら。互いに贈られる、 哀悼。

 死んでしまった者達への哀悼。
 生き抜かなければいけないものたちへの、哀悼。
 それは、どちらも、とても辛い事だから。

「…生きてる…もの…」
 リィンがつぶやいた言葉。かすれた声だったが、どこか表情は晴れ晴れとしていた。 それを見て王子二人は笑みをこぼし、顔を見合わせて同時に 一人の王女へと手を差し伸べた。

 生きることを選んだ者たちは、歩んでいく。
 屍を踏み越える事を、恐れずに。

 薄橙の花を、はなむけに。


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