まるで、初めて見る朝日のようだった。
「…こっちでもちゃんと日は昇るだな…上には大地が…俺達の世界があるっていうのに、な。」
 胴着姿の青年の短い髪が、陽に照らされて銀色に輝く。
 既に平和になった大地に、ごろりと寝そべる武道家。…その名を、セイという。この先ロトの勇者と 呼ばれる少年の仲間だった。
「…でも、ま。綺麗っちゃ綺麗だよな、こっちの日もさ。そう、思うだろ?リュシア?」
 肩までの黒い髪。賢きものの称号を記す冠をつけた少女がこくりと頷いた。
「多分上の世界も、平和になったんだし…オルデガさんは死んじまったけど、これで、めでたし めでたしなんだよな…」
 答えが返ることは予想していない。それはたとえ賢きものでも判らない問いだ。もっともこの少女は その中でも新米のほうなのだが、もとよりこの少女はとてつもなく無口なのだ。
 予想通り、リュシアは曖昧な表情を浮かべただけだった。
「…けどさ、上の世界に、逢いたい奴なんか、俺はいねえけど…けどやっぱり、帰れねえってのは、辛えよな… リュシア、お前も、ルイーダさんに逢えね―のは辛えだろ?…大丈夫、か?」
 その言葉に、リュシアは首を振った。
「なんだ?辛くねえってのか?こんな時に、嘘つくなよ、リュシア。お前がルイーダさんに逢えなくて、 辛くねえはずねえだろ?」
 リュシアはまた、首を振った。そして、か細い声でつぶやいた。

「…そんなこと、ない。」
「なわけねえだろ?お前、ルイーダさんの事、どーでもいいのか?」
 リュシアは首を振る。それでも、心が言葉にならなくて、セイのことをじっと見つめる。セイは 頭をがしがしと掻いた。
「…じゃあ、どうだって言うんだ?このままこっちにいても、平気って言いたいのか?」
 リュシアは、また首を振る。そして、ぼそりと言う。
「…そんなこと、言ったら、駄目。」
「そんなことってなんだ?」
「…諦めちゃ、だめ。」
「諦める…ああ、そうか。」
 ようやく、この少女が言いたい事がつかめた。もう長い付き合いにもなるが、この少女の無口さに付いていくにはどうにも 自分は短気すぎる。
「いつか帰れる、って言いたいんだな?お前は。」
 こくん、と頷くリュシア。だが、セイはため息をつく。
「あのなあ、良く聞け。そもそもこの世界と俺らの世界がつながってたのは異常なんだろうよ。恐らくゾーマの仕業だ。だが、 ゾーマは死んで、ギアガの大穴は塞がった。ラーミアもこっちには来れねえ。…ルーラも当然使えねえ。… わかってんだろ?八方塞りだ。」
 それでも、あの後ろ向きだった少女が、ここまで進歩のある台詞を言えたことに、セイは少し感動した。
「おめーもこの旅で変わったよな。そんな事が言えるようになるなんざ。…上等だ。」
「たくさん、越えてきたから。」
「何をだ?」
「色々、越えてきたから。」
 セイは、もう一度寝転がる。
「ああ、そうだな…色々、あったよな…」
 語り尽くせないほどの色々な出来事。投獄されたり、伝説の鳥を復活させたり…もう二度と訪れないと決めていた土地に 足を踏み入れたり、リュシアの生い立ちを、知ったり…
 その言葉に、リュシアは頷く。そして、しばらく考えてから、リュシアは言った。
「沢山あった。越えられないと思ったこと、あった。でも、越えられた。…だから…」
「今度も越えられるってか?けどなあ、今回は天地だぜ?いくらなんでも同じにするほうが無茶だ。」
 リュシアは首を振る。
「いつも、そうだった。駄目だと、思ってた。でも、越えられた。…だから、諦めちゃ、だめ。…トゥールは、 きっと、そう、言う。」
 がしっと、セイの腕を掴む。
「諦めたら、そうなる。だから、駄目。」
 セイはため息をついた。…なにが腹立たしいかというと、それがすべて事実だという事だろう。
「…そういやさあ、お前、覚えてるか?…いっぺんあいつがさ、火山爆発させた事、あったよな。」
 リュシアは頷く。顔が輝いた。
「あいつなら、天地も動かせるかも、知れねえな、確かに、さ。」
 リュシアは、何度も頷いた。そして、セイと同時に、少し離れた林を見つめた。


 木々の隙間から、空が見える。そして、その向こうに見えないはずの故郷が見えた。
「何やってるのよ。」
 そこに、青の髪がのぞいた。幼い頃から本人のコンプレックスだった癖のある髪。既に 板に付いてきた賢きものの証。
「サーシャ…」
「セイがあっちに行ってみろって言うから何かと思ったら。トゥールったらこんな所にいたのね?」
「うん。ねえ、サーシャ。あれ、見える?」
「あれって…空、よね?」
 トゥール自身にも本当は、空にしか見えないもの。
「うん、空、だよね。それにしか、見えないんだよね。」
 トゥールが何を言いたいか、だいたい理解したサーシャが隣りに座り込む。
「ロトの勇者様がこんなだなんて、ラダトームの人たちが知ったら哀しいでしょうね。」
「そうだろうね。僕、ぼろださないようにできたかな。」
「まあまあじゃない?ここじゃトゥールやリュシアみたいな黒髪の持ち主がいないみたいだから、 なんだか神秘的に見えたみたいだし。」
「…父さんも、黒髪だったからね。」
 つんつんに尖った黒髪をトゥールは引っ張る。
「…ごめんね、サーシャ。」
「なによ?」
「お父さん、心配するよね。もう、戻れないなんて。」
 そのとたん、背中に衝撃が走る。
「あのね!それくらいの覚悟はしてるわよ!父さん、なんて言ったか知ってるでしょう?『死ぬ気で行って来い』よ? 聖職者の言う事とは思えないわ!」
 叩かれた衝撃でむせながら、トゥールは言う。
「けど、神父様って、サーシャは最後の肉親じゃないか。」
「私は、心のままに行動したのよ。生きてるそれだけで、父さんは満足してるわ。…それよりも、トゥール。」
「なに?」
 強引に、サーシャはトゥールの頭を抱え込んだ。
「サーシャ?ちょっと痛いよ?」
「馬鹿!哀しいのは、そっちでしょ?トゥール!トゥールがどれだけおじさまやおばさまの事愛してたか、私が 知らないと思ってるの?」
「けど…母さんも、それが望みだったんだし…」
 皆まで言わせず、サーシャは叫ぶ。
「おばさまの事もそうだけど!…おじさまが亡くなった事…トゥールはまだ、哀しんでない。」
「あれは…」
 サーシャは力いっぱいトゥールを突き飛ばした。
「馬鹿トゥール!泣き虫トゥールの癖に、いつもいつも、肝心な時には絶対に泣かないんだから!馬鹿馬鹿! …こんな時くらい、ちゃんと泣いときなさいよ…馬鹿。」
 その言葉に、トゥールは笑う。
「僕が泣き虫だったのって、いつまでだっけ?」
「今だって、たいして変わらないわよ、私にはね。…いいから聖職者の前でくらい、本音を見せときないさいよ。」
「サーシャはもう賢者じゃないか。」
「うるさいわね。黙って泣きなさいよ…私の前くらい。あのね、泣くって、人の心を整理付けるんだから。おじさまのためにも、 泣いておきなさい、泣き虫トゥール…」
「…余計、泣くわけにはいかないんだけどな…」
 トゥールはサーシャの胸の頭をつけた。サーシャは黙って胸を貸した。
 涙が、優しさに変わる。温かみに変わる。

 いつか会えると信じたかった。信じていた。信じようとして、信じきっていた。
 生きていてくれると…そしていつか自分に『大きくなったな』と言ってくれると信じていたのに。
 胸のあたりが濡れるのを感じた。泣いているのを感じる。
「…母さんに…逢わせてあげられなかった…父さんは、僕を見ることが、できなかった…」
 声にならない悲鳴がした。ずっと心の中で響いていた、悲鳴が、今叫びとなって放たれる。
 その叫びを、サーシャはいつまでも一番側で、聞いていた。


「いこっか。」
 ひとしきり泣いたあと、少し気まずげに、トゥールは立ち上がる。
「うん。でも、どこへ?」
 サーシャはからかったりしなかった。そっと目元にホイミをかけてやる。
「元の世界に戻るのは、無理かもしれないけどやる前から諦めたくないよ。それにここで 諦めたら、父さんにあわす顔、ないからね。」
「じゃあ、トゥール自身はどうなの?帰りたい?」
「僕は…」


「おお、やっと来やがったか。」
 林から出てくる二人を見て、セイは身を起こす。
「なによ。ずっとここにいたわけ?」
「英雄呼ばわりされる城にいつまでもいてられっか。」
「セイはこそこそするのが好きだものね。」
「やかましい。」
 言い合っている横で、リュシアが立ち上がる。その行動を見て、トゥールが頷いた。
「うん、行こうか、リュシア。」
 リュシアは微笑む。トゥールも微笑み返す。それを見ていたセイが笑った。
「…やっぱお前が適任だな。いい女だよ、サーシャは。」
「褒めても何も出ないわよ。」
「いーや。俺の本音だ、受け取っとけや。トゥールに貸してやったのがもったいねえくらいだ。」
 セイは立ち上がり、偉そうに言ってのける。サーシャはそんなトゥールの胸を叩いた。
「私は、誰のものでもないわよ。しいて言えば、神のものよ。」
「よく言うぜ。さ、行くか…そう決まったんだろう?」
「当たり前じゃない。それが、私達のトゥールよ。」
「そうだな、俺達のトゥールだ。」
 二人はまた、顔をあわせて前を歩く二人に小走りに追いついた。

 世界平和と青春を共にした若者達の旅の行く末は、誰も知らない。


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