天空へいたる塔は、とことんまで高かった。
 魔物があまり出ないことが、幸いと言えばそうなのだが、山よりも高い塔へおいそれと登れるわけがなく。
「今日は、ここで休みましょうか。」
 気がつくと、すっかり日は暮れていた。
「そうねー、あたしもう、疲れちゃった。」
 マーニャがどさりと腰を落とす。ライアンとトルネコが、燃料を使って、火を炊いた。
「ブライ、大丈夫?」
「階段ばかりかと思えば、意外と楽できましたからのう。」
 アリーナにはそう言いながらも、少し足元がふらついている。
「クリフトさん、顔色が悪いですわ。大丈夫ですの?」
「は、はい…塔の中だというのに、どうしてここは外が見えるのでしょうか…」
「そういえばクリフトさんは、どうして高い所が苦手なんですか?天には神様がいらっしゃると言うのに…」
「え、ええ、下から見上げるのはいいのですが、高いところから見下ろすのは…これでも昔は高い場所が 好きだったのですが、情けないものです。」
 壁からかなり離れた場所で、クリフトとミネアがなにやら話しに花を咲かせている。
 それを見守りながら、感慨深げに周りを眺めているルーシアに、ラグは話し掛けた。

「すみません、早く帰りたいでしょう?できるだけ頑張りますから。」
「いいえ、気にしないで下さい。それに、このように歩いて旅をするというのは私にとっても、得がたい経験ですから。ラグさん 達こそお疲れでしょう?」
「いいえ、僕達は慣れてますから。…それにしても、凄い塔ですね。天空人さん達が、お作りになったのですか?」
「…どうなのでしょう…?わかりません。私は竜を育てる事が仕事ですから。」
「ルーシアさんは空で竜を育てていらっしゃるんですか。」
「ええ、それが神様が与えてくださった私の仕事なんですよ。ですから何かを調べるというのは、私の仕事ではないんです。」
「神様が与えてた…自分の、仕事…」
「ええ、ラグさんなら…あ、ごめんなさい…」
 ルーシアが、翼ごとしゅんとなった。
「いいえ…どうなんでしょう…ルーシアさんは、どうして自分がその仕事に選ばれたとお思いですか?」
「きっと意味があるのですわ、神様のお導きですから。」
 それは、何の疑いも無い表情で。ラグは、そのまま黙り込んだ。

 だが、ルーシアも聞きたいことがあったようでそっと話し掛けてきた。
「ラグさんは、どうして勇者じゃないなんておっしゃるんですか?」
 それは、この旅をしていて、良く聞かれる質問だった。
 ”勇者を殺せ!”
 聞こえなかったはずの、魔物の声が頭の中に響く。そして、皆が、大切な皆の苦痛の声も。 ラグにとって、『勇者』はそれを生み出した原因に過ぎなかった。
 聞こえるのだ、頭の中に。皆が苦しんでいる声が。
「僕の、大切な人たちは、僕が勇者だったためにモンスターに襲われて、僕をかばって身体も残さず殺されました。 …僕が、勇者でなかったら皆死ななくてすんだのに、そう思うと僕は…」
「けれど、勇者で無かった人たちも、ラグさんとは関係の無い方々も、世界でたくさん死んでいるのではありませんか?」
 ぽかん、とルーシアを見つめた。
 ルーシアは、天使だった。神の心を疑うことなく、どこまでも純粋で善良で。
「私の家族が、モンスターに殺されても、私は仇を討つことができません。それは、私の仕事ではないのです。 例え、どんなに悔しくても。他の方でもきっと同じでしょう。そして、与えられた使命から 道を踏み外した方が、きっとこの世界では何人も滅びを迎えていらっしゃるのでしょう?」
 それは、紛れも無い事実だった。旅をしていて、ラグが驚いた事。道端で何人もの人が埋葬されずに 力尽きていた。ミネア達と出会ってからは、できるだけ埋葬をするように心がけていたが、それでも心が痛んだ。
「ラグさん、貴方は神から力を与えられた稀有な方ですわ。他の方がどれだけ望んでも、得られない力です。 それを粗末に扱う事は、力なく死んでいった方々に失礼なのではないでしょうか?」
 ラグの心が、痛んだ。
(僕は、本当に自分のことばかり考えていた。自分しか、見えていなかった…)
 そう考えて、ラグは首を振る。そんな事、最初から知っていた。
 世界とか、そんな事はどうでもいいと。ただ、ピサロが憎くて自分は旅をしているんだと。だからこそ『勇者』の 資格のない自分が、『勇者』の軌道に乗っているんだと、ずっと思っていたのだから。
 それでも、考えたことも無い、世界の人たちに心が痛んだ。自分と同じ立場の人たち。・・・そして旅に 出ることも許されなかった人たち。
「否定しないで下さい。貴方に与えられた運命を否定する事は、世界自体を否定する事です。 マスタードラゴン様が貴方をお選びになったことは必ず意味があることなのですから。」
 自分が、勇者である意味。
 自分が勇者でなければならない意味。
「マスタードラゴンは、それを知ってらっしゃるんでしょうか?僕が、勇者である意味を。」
(それを知れば、僕は少しは変われるのだろうか?)
 ルーシアは笑顔で答えた。朗らかな笑顔だった。
「ええ、必ず。それに、私にも少しだけわかる気がいたします。」


「本当ですか?」
「天空城でも勇者というのは尊い存在でした。ごめんなさい、正直に言いますと、最初はラグさんを見て意外に思ったんです。 とても綺麗で、細くて繊細で、余り強そうじゃないない気がして。けれど、今は違います。確かに 力だけ、魔力だけを言えばラグさんは、ライアンさん達やブライさん達には勝てないでしょうけれど…心が、 誰よりも優しくて、信念が誰よりも強いのを感じます。それになによりも、ラグさんが勇者に相応しいと感じる理由がありますわ。」
「勇者に、相応しい理由…なんですか?」
 痛んだ羽根をぱさりと広げるルーシア。その笑顔は、まさしく天使の微笑だった。
「あれです。」
 そう言って振り返る。
 そこには。

「あ、お話すみましたか?そろそろ晩御飯できますよ。」
「恐ろしい…今日の晩御飯はミネア殿と…マーニャ殿がお作りになったのじゃ…クリフト、食当たりに聞く呪文はないじゃろうか?」
「ブライ殿、意外とマーニャ殿の手際は悪くないようですぞ。それにミネア殿もご一緒なのですから、大丈夫なのではないだろうか?」
「そうよ、ブライ!失礼よ!!食べてみなくちゃ判らないじゃないの!!」
「大丈夫ですよ、ブライさん。ちゃんと味見しましたから。…姉さん、もうちょっとちゃんと分量を量って入れてちょうだい!」
「いーじゃない、おいしいでしょう?あたし、才能あるんじゃないかしら?ほら、ラグ!ルーシア!そろそろこっち来なさいよ!!」
「では私は、お茶を入れますね。ブライ様は薬草茶の方がよろしいでしょうか?」
 笑顔で語りかける、旅の仲間達。ルーシアは笑顔だけで語りかける。
 ラグも微笑んだ。
(嫌だけれど、とても、今だって嫌だけれど、許せないけれど。…その言葉を聞くたびに、悲しみが込み上げるけれど。それでも)

 みんなの期待に添えられるように、これ以上誰も泣かさないように…張りぼてでも『勇者』らしく在れる様になれたら、いい。
 翠の髪の少年は、決意を抱きながらはかなく微笑んだ。


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