人は一人で生まれて一人で死ぬのと誰かが言っていたけれど、少なくとも自分達は、一人で生まれなかった。

   お母さんのお腹の中に居る時から、ずっと二人だった。
 一番近い他人で、一番遠い自分だった。
 おんなじ金色の髪と、おんなじ青い眼を持って生まれてきた。


 いつも、声が聞こえていた。
 いつからかは、ちょっと覚えていない。
 生まれてからかもしれない。
 生まれる前からかもしれない。
 けど、僕が覚えている限り、ずっと声がしていた。

 いつだって暖かかった。
 もわもわで、ほわほわの優しさに包まれてた。
 眼を見つめれば伝わったし、耳が動けば判った。
 生まれた時からそうだったから、それは、当たり前の事だと思っていた。

 声を出さなくても、ずっと通じ合っていた。
 おんなじ思いを抱えて、おんなじ気持ちで生きていた。
 僕が笑えばセレナも笑って、僕が泣けばセレナも泣いて。
 二人で同じ気持ちを持ち寄っていた。

 全てのものを二人で共有してた。
 一つのものを二人で分け合って生きてた。
 おんなじミルクをアルトと飲んで、おんなじおもちゃをアルトと遊んで。
 全部二人ではんぶんこ。全部一緒にはんぶんこ。

 『なのに』
 セレナには、僕にはわからない事が感じ取れた。
 アルトには、私には聞こえない声が聞こえた。

 セレナったらいつもこう言う。みんなの言ってる事、アルトにはわからないの?
 人間じゃない皆。人の言葉を知らない皆。僕は、皆の気持ちがよく判らなかったのに。
 みんなと遊ぶのは楽しかったけど、僕だけ何が言いたいのかわからない。
 友達たちはお父さんやお母さんのこと、沢山知ってるのに。
 セレナだけは判るなんて、そんなのずるい。

 アルトったらこう言った。ずっと声が聞こえるんだよ、セレナには聞こえないの?
 そんな声、しないのに。何の声なのって聞いたら、わからないって。でも確かにするんだって。
 ただ、その声は、僕を呼んでる、それだけは判るんだって。
 その声は、とっても強くって、僕を守ってくれるものなんだ、だから僕のお父さんの声かもって。
 私は、お父さんの声、聞いた事ないのに。
 アルトだけ聞こえるなんて、そんなのずるい。


 二人が五歳になったとき。一つの冒険に出ることにした。
 皆が少し忙しくて、少し目を離した隙に二人は部屋から飛び出した。
 アルトだけが聞こえる、声の行方を探ってみたくて。
 ここは自分達の家だったけど、あんまり自由に歩けなかったから、自分達にははじめての 冒険だった。
 アルトには、その声がどこから聞こえるか、ずっと判っていたらしい。
 遠いのか近いのか判らないけれど、人に見つからないように、隠れて降りて、隠れて上がって。扉を抜けた。 すりるまんてん、だった。

 今考えたら、それはものすごい事だったのかもしれない。もしかしたら、運命だったのかもしれない。
 何か大きな荷物をよろよろと持ってゆっくりと扉から出てきた兵士の間をするりと抜けて、二人の冒険者は部屋の 中に滑り込んだ。
 そこには、沢山の物があった。きらきら光るもの、なんだか重そうなもの、不思議な形のもの…
 セレナが周りを見渡している中、アルトは一直線に中央へと向かった。
「セレナ、これだよ!!」
 それは、お父さんじゃなかった。チロルが言ってたから。お父さんとお母さんは石になっちゃったんだと。
 でもそれは白銀にきらきらと光る、大きな大きな剣だった。まるでそのまま飛べそうな、綺麗な形だった。
 アルトは吸い込まれるように、その剣の柄を取った。ゆっくりと、鞘から抜いた。
「あ、危ないよ!アルト!重くて、倒れちゃうよ!!」
「…平気だよ…軽いんだ、とっても。」
 セレナの呼びかけに、アルトは呆然と答えた。
「私も持ちたい!!」
 セレナがそう言ったので、アルトはセレナに剣を渡した。だが、すぐ倒れてしまった。
「すっごく重いよ…アルトの嘘つき。」
「そんなこと無いよ、とっても軽いよ。ほら。」
 上げたり下げたりしてみせた。
 遠くから、聞きなれた声がした。

「アルロット様ー!セレディアナ様ー!!どこにいらっしゃるのです?ああ、カルア坊ちゃまやビアンカちゃんに続いてあのお二人まで 誘拐されたなんてことになったら、このサンチョ、いっそ首を括るしか―――――――!!」
 ほとんど半狂乱になって叫んでいるサンチョ。二人は驚いて部屋を出ようとしたが、そこは宝物庫。すでにあの時出た兵士は 鍵をかけていた。
「サンチョ―!!僕達、ここだよ――――」
「サンチョ、私達、ちゃんと居るから!!!」
 バンバンと扉を叩くと、すぐ向こうにサンチョの声がした。
「アアア、アルト様、セレナ様、そこにいらっしゃいますね!ああ、どうしてそんなところに!待ってて下さいよ、すぐ出して 差し上げますからね!」
 そこから先のサンチョの様子は、見えなくてもわかる。両手を合わせ、神に祈り、それからわき目も振らず走り出したのだろう。 二人は顔をあわせて笑った。

「この剣ね。ずっと僕を待っててくれたみたい。」
「言葉が分かるの?」
 セレナの言葉の顔を振った。
「はっきり声が聞こえるわけじゃなくて、なんとなく、そう言ってるような気がするんだ。でも、きっとそう。」
「ふうん…アルトじゃないと駄目な、わがままさんなのかな?」
 そんなことを話しているうちに、目の前から光がもれた。
「ああ、アルロット様、セレディアナ様、ご無事ですね?」
「うん、ごめんなさい、サンチョ。心配かけて。」
「ごめん、サンチョ。」
 二人の言葉に、サンチョは少し涙を浮かべながらにこにこしていた。
「いいえ、ようございました。ささ、オジロン様も心配してらっしゃいました、帰りましょう… アルト様もそのような…」
 そこでサンチョの顔は凍りついた。
「そ、それは勇者のみが装備できるという、天空の剣ではありませんか―――――――!!!」
 サンチョの叫びがグランバニア城を切り裂いた。


「それで、大騒ぎになったのかい?」
 あれから3年の時を経て、ようやく出会えた父親が、楽しそうに話を聞いてくれていた。
 『お父さん』は聞いていたとおり、王様なのに豪華な冠の代わりに紫のターバンをつけて、旅装束でにっこりと 笑う人だった。
 けど、二人は思っている。
 お父さんは優しくて、暖かくて、たくましくて…思い描いていた以上の人だったと。
「うん、僕が、天空の勇者だって。お父さんと、お父さんのお父さんがずっと探してた人だって、オジロンさんが言ってた。」
 その言葉を聞くと、カルアは二人の頭を撫でた。
 この二人は、そのあとどれだけ辛い思いをして、自分を探してくれたのだろうか。どれだけ辛い思いをして、今の 自分の旅に付いてくる決意を持ってくれたのだろうか。
 焚き火が映し出す二人が、とても愛しかった。

「どうして、アルトなのかな…どうして、私じゃいけなかったのかな…」
 それは、セレナがずっと思っていたことだった。アルトは「特別」。そして自分は違う。二人一緒だったのに、 初めて「区別」されて、とてもショックだったあの日。
 ずっと黙っていた事だったけど、『お父さん』ならきっと答えを出してくれるんじゃないかって、そう思った。
「それは、きっとセレナには別の役割があるからじゃないかな?」
「やく、わり?」
「うん、パンを焼く人、服を作る人、たくさんの役割があるよね。誰が偉いってわけじゃないよね。それとおんなじで アルトの役割、セレナの役割がきっとあるんだよ。」
「セレナの、役割…」
「それは、セレナにしかできない事だよ。セレナも、特別なんだ。」
「うん!!」
 嬉しそうに笑って、セレナはカルアにしがみついた。だが、対してアルトの顔は暗かった。
「どうしたんだい?」
 アルトはとても哀しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい…」
「どうしてあやまるの?」
「おとうさんも、おじいちゃんも、僕のこと探してたのに…間に合わなくて…おじいちゃん、沢山、世界中、何年も探したって…なのに、僕が、生まれてなかったから! おじいちゃん、僕を見られなかった…」
 カルアはこの少年を、ぎゅっと抱きしめた。そうせずには居られなかったのだ。
 パパスが、生きていてくれたら、そう何度願っただろう。
 だが、今はそれとは違う気持ちで、そう願った。
 この自慢の子供達を、父親に見てやって欲しかった。それと、ビアンカにも。
「そんなことないよ、アルト。今こうしてアルトは生まれてくれて、僕と一緒にお母さんを助けに 来てくれてる。十分、間に合ってる。」
「本当に?」
 カルアは大きく頷いた。
「うん、二人とも、生まれてきてくれて、ありがとう。」


 おんなじでも、違っても。きっと二人で生まれてきて、良かったかな、アルト?
 きっと意味があるよね。僕達が一緒に生まれてきた理由が。ね、セレナ?
 一緒にいようね、これからも。
 ずっと、ずっと一緒に。

 紫の守護神の前で、二人はそう誓い合った。


 
50000 メニュー トップ HPトップへ
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送