二人は自然に身構える。すると、トランペットが高らかにファンファーレを鳴らした。中央にすえられていた 階段に向かって。二人の視線は自然にそちらに向かう。
「ようこそ!!我が花嫁たちよ!!」
 その声は、張りがある素晴らしい声だった。
 階段の上から、その声と共に一人の男が現れた。
 貝を模した大きな金の飾りの下から、紫のマントが足元までをすっぽりと覆う。胸元には金と大きな宝石。その 宝石は刻一刻と色を変え、鮮やかに光っている。ぴっちりとした上着は、銀の輝きに溢れ、複雑な文様が それを飾り付ける。足元は黒と金の飾りが付いた豪奢な靴だった。
 肩まである、金の髪はふんわりとした巻き毛で、金の飾りに溶け込み、青の瞳はどこまでも澄んでいる。 全体的に見ても、美形だと思われる顔立ちだった。
 …だが、そのパーツは立派だが、全体をあわせるとこれほど下品になるのだろうか。そのあまりの組み合わせにアリーナと リィンはくらくらとする。
「今ここに残っているのは、我の花嫁にふさわしい者達だと我が認めた者ばかりだ!!感謝するが良いぞ!!」
 その言葉に、壁際に居た者たちも、階段の前に集まってくる。ふと気がつくと、半分ほど残っていた 男性陣が一人残らず消えていた。
「さて、我が花嫁たちよ!ここで我の第七夫人までを決めようと思う!我は寛大な者!その口利きを許そうぞ!!」

 女性たちがざわめいた。ようやく我に帰ったようで、不安そうに周りを見回している。男の趣味の 悪さを見て、目を覚ましたのだろうか。
 なぜ自分たちはここにいるのか、どうやってここまで来たのか。夢から覚めた者たちは、その 抜け出せない夢を不安そうに話していた。
「ここ…どこ…なの?」
 震える声で、かわいらしい姫君がつぶやく。それでも気を確かに持っているのは、『選ばれた』者たち だからだろうか。
「ふむ、悪しき者に封印されずに残った楽園の城の姫よ、答えよう。ここは我が城、わが国、我が世界。そなたらの住むどこでもない 世界、どこでもない時。人の身で踏み入る事の本来できない…そうだな、常若の国とでも思えば良い。」
 人々がざわめく。その中で妙に落ち着いた美女が、それでも少し震えた声で疑問を投げる。
「…では…貴方はいったいどなたなのでしょう…?」
「ふむ、新たに作られた大地の砂の女王か。我はこの世界の基礎となる偉大なる水の精霊の一族に連なる者だ。 我の花嫁候補に選ばれるなど、人の身として光栄であろう?名は告げぬ。我の名を口にするなど、人間には過ぎた事だからな。」
 ふんぞり返るその精霊に、今度はアリーナが声をかけた。
「では花嫁に選ばれなかった方々は、どこにいらっしゃるのでしょうか?」
「おお、天の竜に悪しき魔を倒す宿命を授かった姫よ。あれならば、元の場所に返した。 我が花嫁となる資格がない者を、いつまでのこの城に入れておくわけにもいかないからな。もちろん そなた等はそんなことはない。この城で我の花嫁としてこのまま暮らす栄誉を与えるのだからな。」
 豪奢な会場がざわついていた。不安げに目を伏せる者、静かに泣き出す者。叫ぶ者こそいなかったが、いつ恐慌状態になっても おかしくはないだろう。
 だが、目の前の男は、その状態に気がついていない。傲慢にも女たちが喜ぶと疑ってやまない様子だった。
 それでもリィンとアリーナは微笑んだ。その言葉は、人々がひどい目に遭っていないこと、 そしてここから帰る術が見つかったということだった。



 リィンが優雅に一礼して、前に進み出た。
「お初にお目にかかりますわ。水の精霊の御方。質問をお許しくださいまして?」
「ふむ、礎の精霊の加護を受ける勇者の末裔の女王か。よい、許そうぞ。」
 尊大にそっくり返った男に、リィンはにこやかに言葉を投げる。
「ここにいる権利は、貴方の裁量次第で与えられると言うことでしょうか?ここから出ることも?」
「ふむ。そうだ。我が許さぬ限り、ここに来る事もここから出ることもできぬ。ここは我が作りし、偉大なる城。人の 身では触れる事さえできぬ、精霊の世界だ。」
 その言葉を聞いて、アリーナが階段へと足を踏み出す。一段、二段。横を見ると、リィンが同じように階段をあがっていた。 その目は、まさに『戦いの目』。
 そしてそれが理解できていないのだろう、美しいドレスを身にまとい、優雅に階段を登る二人に、男は少し顔を 崩しながら首をかしげた。
「…なんだ?」
「貴方、強い?」
 アリーナの言葉に、男が笑う。
「もちろんであろう。我は偉大なる、水の精霊の血縁なのだぞ。」
「そう、それは良かったわ。」
 アリーナが階段を蹴って、男の元へと跳ぶ。そして腕をつかんだ。
「どうせなら、強い人と戦いたいものね。…さぁ!ここにいる人たちを、在るべき場所へと帰して!」
「何を…!」
 アリーナが男の腕をねじりあげる。だが、男は突然消えた。そして、すぐ後ろに現れる。
「無礼者!」
「それはこちらのセリフよ!貴方がしているのはただの誘拐よ!もちろん本人がここにいたいと言うのなら かまわないわ。けれど、帰りたい人たちは帰して!この人たちにも大切な人たちがいるのだから!」
「おぬしら…自分が何をしたのか、わかっているのか?我は偉大なる水の精霊に連なる者なのだぞ!」
「…貴方は、神よりもお強いの?」
 リィンの言葉に男の口が止まる。リィンは微笑んだ。それはそれは美しい、極上の笑みだった。
「そう、良かったわ。おそらく貴方はわたくしの事をご存知ね?わたくしは 自らの望みの為に神さえ殺した事がありましてよ?…実力行使は好みませんわ。どうなさいます?」
 リィンの言葉にアリーナが驚くが、すぐ物騒な笑みへと変わった。
「神とは言わないけれど、私も地獄の帝王を倒した事があったわね。…さぁ?どうする?精霊さん?」






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