「話を戻しますわ。アリーナさん、この中でお知りあいにはお会いしまして?」
 アリーナはしばし考えるが首を振った。
「いいえ、いなかった。私の知り合いには会わなかったわ。」
 その答えに、少し残念そうな顔をして、リィンは話を続ける。
「わたくしの知り合いは大国の未婚の姫君だったわ。アリーナさん、ここに招待されそうな高貴な知り合いはいらっしゃる?」
「…王族の知り合いは何人かいるけれど…未婚の知り合いはいないわね。」
「つまり、ここに呼ばれているのは、未婚の王族…もしくはそれに類する高貴な身分の方々だということ ですわね。」
 アリーナは先ほどまでいた広場を思い出す。確かに、自分と同じかそれより下の年代の人間が多かった。 言葉遣いや所作などを思い起こしても、極上の人間ばかりだ。
「…でもそれは、そう不自然なことじゃないわ。もちろんここは、不自然な事ばかりだけど。」
「ええ…でも…わたくしの友人…親戚ね。兄弟国だから。わたくしの親戚に未婚の殿方が二人いるの。 一人は王子で、一人は王。わたくしの国の兄弟国だから、国の位はわたくしと同じ…いいえ、 もっと上と言えるかもしれませんわね。にも関わらず、この二人が来ていないの。わたくしが 招待される他国の催しなら、この二人のどちらも来ていないのは、あまりにもおかしいですわ。」


 リィンにそう言われて、アリーナは考える。つまり、自国の催しにボンモール王を呼んでエンドール王を 呼ばないようなものだろうか。確かに、それは異常だ。それだけで侮辱していると思われてもおかしくない。
「リィン、貴女が気がつかなかったと言う事は?これだけの人数だもの。」
「ないわ。わたくしも、その二人も気がつかないなんて事はないわ。」
 きっぱりと言い切るリィン。そこには、確かに信頼が存在していた。
「貴女がそこまで言い切るという事は、貴女の知らない事情があって、招待されていない…ということもありえないわね。」
「少なくとも、こういったパーティーに招待されないほど敵対している国はないはずですわ。これは 一国の女王としての意見ですわね。」
「信用するわ、リィン。つまり、集められているのは、未婚の女性のみってことね。」
 強い口調でそう言われ、リィンもアリーナに信頼の笑みを返して真顔に戻る。
「ええ、一体何が目的なのかしら…」
「…昔、ある国で、女性ばかりが城に招待されたことがあったらしいの。私も聞いた話なんだけど…。その 女性は身分は関係なかったらしいけど…目的は実験のため…だったわね。」
「実験?」
 理解できないリィンに、アリーナは暗い顔をして頷く。
「ええ、人を人でない物に変える…非道な実験よ。城では贅沢三昧をさせ、 やがて理性を亡くさせそのまま…だったそうよ。」
「城ぐるみの犯罪というわけですわね…。ただ、それでは身分の高い者たちは不利だわ。 わたくしが帰ってこなければ、城の者は探すでしょう。アリーナさん、貴方もでしょう?」
「ええ。いくらお金で黙らそうとしても無理ね。そもそもこれだけ多くの王族を集めて 使い捨てて、黙らせるだけのお金なんて、どれほどの物なのかしら…それとも、魔術で なんとかするつもりなのかしら…」
 アリーナの言葉に、リィンはもう一度考える。
「確かにそれもありえると思えるふしがありますわ。わたくし、貴女とお話しするまでわたくしの友の ことをすっかり忘れておりましたもの。頭の片隅から、決して消えることがない、わたくしの 大切な人を。…ただ…」
「ただ?」
 何かおかしな事があっただろうかと、アリーナは首をひねる。
「…では、あの広場にいる殿方は、一体どこから来たの?」


 アリーナはばっと振り返る。豪奢な舞踏会はまだ続いていた。
 早々に立ち去ったアリーナにしても、何人もの男性と踊ったし、会話もした。いつもの アリーナからしたら快挙だと言えるほど、たくさんの人間と接した。
 それはどの人間も皆、礼儀正しく話術にも富み、嫌味を言われることもない、心地よい 人間ばかりだったからだ。
 男も女も、極上と呼ばれる人間ばかり。アリーナに合う、合わないは置いておいて、どの人間の 性質も悪くなかった。
 どの人間も間違いなく王族や、それに類する身分のあるものだと、アリーナは太鼓判が押せる。
 舞踏会の中の情景を詳細に思い出しながら、アリーナはじっと部屋の中の様子を見つめていた。
「…おかしいですわよね?わたくしの知っている男性の王族はどなたもいらっしゃらない。アリーナさんも そうおっしゃる。たまたま呼ばれていないだけ?でも、それならば選考基準がわからない…一体何のためですの?」
「足りない…」
 アリーナのつぶやきに、リィンが首をひねる。
「どうなさいましたの?」
「人が。人が足りない…もっとたくさんいたはずなのに。」
 リィンもばっと音を立てて振り返った。華やかな舞踏会はいまだ続いていたが、確かにみっちり壁際で話していた 人物が減り、三分の一くらいになっている。
「…わたくしたち、庭を見ていたはず。けれど、誰も外に出た気配はありませんでしたわ。」
「ええ、…戻りましょう、リィン。もしも何かおぞましい事が起こっているのなら、 私たちが止めないと。」
 アリーナとリィンが同時に立ち上がる。
 栗色の髪の武道姫と、紫の髪の魔術女王。その四つの緋い目は、舞踏会をにらむように輝いていた。


 二人はあくまでもにこやかに、踊るように部屋へと戻る。だが、その目は油断なく回りを見渡し、 不信なものを探っていた。
 アリーナの言うとおり、間違いなく人は減っている。
 さりげなく消えた人間の事などを話してみるが、誰も気に止めた様子はなく、減っていることにも 疑問を感じていないようだった。
 そして、ふと後ろを見ると、さっきまでいたはずの人物が、もうそこにいない。今先ほどまで、確かに そこにいたはずなのだ。
 帰った様子もない。席をはずす暇もない。けれど、気がつけばそのフロアには30人ほどしかいなくなっていた。

「アリーナさん。」
「リィン、おかしいわ。…人が、まるで水で流すように消えていったの…」
 残っている人間が魔力に侵されてか、その事に無関心なのが幸いだろう。出なければ今頃パニックに なっているに違いない。
 二人とて、恐ろしいのだ。消えていった人々は、一体どこに行ったのか、なぜ、消えたのか。 震えて泣き出してもおかしくはない。
「…リィン…私は以前、お城を留守にして…帰ってきたとたん、誰もいなくなっていたことがあるの…」
 青ざめながら、ささやくようにアリーナが言った。
「モンスターの親玉に捕らえられて、魔の牢獄に入れられていたそう。…消えた様子は分からない。けれど…」
「いいえ、わたくし達がおります。…わたくし達もいつ消えるか分かりません。別行動は取らないようにいたしましょう。 立ち向かわなければ。わたくし達には帰らなければならない場所があるのですから。」
 その言葉は、リィンの強がりだった。だが、その強がりはアリーナにも伝わった。ぐっと足を踏みなおす。
「人数が少なくなれば、守るのも楽になるわ。消えてしまった人たちの行方も気になるけれど、ここにいる人たちを守らなければ。」
 アリーナがそういった時、音楽が止まった。





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