花びらはマーニャの踊りを邪魔しなかった。むしろ、よりその踊りを深めた。
 マーニャの布で花びらは遊び、花びらはマーニャの布を引き立てる。 二つは共に風にたゆたう。そしてそれは、マーニャの踊りをより美しく、神聖化した。
 マーニャは風上を見た。そこは樹の下。真っ白は花が満開の樹の下で、ライアンが風に花びらを乗せていた。
 一瞬思考が止まり、そしてまた戻った。…これもいいかと思った。自分の今の踊りに相応しい。 何故だかそう思えた。

 最後に布を大きく風にたわませる。…そして踊りを終えた。静寂がその場を包み込む。
 拍手の音がした。マーニャが前を見ると、そこにはライアンが手を叩いていた。
「見事だった。私は芸術なぞわからぬが、これならば部下達が騒ぐのもわかろうというもの。」
「…どうしてあんたがここにいるのよ?」
「いや、私は昼に寝ていたのでな。夜中に目がさめた。せっかくなので鍛錬しておった、それだけだ。 ああ、鍵を開け放しておくのは良くないぞ。」
 マーニャはライアンの元へよっていった。満月が二人を静かに照らす。マローニの歌は終わったらしい。
「…花、ありがとう。…あんた見かけによらず、女慣れしてるのね。」
「そうでもない。」
 そう言うと、マーニャがつかんでいた布を手に取り、マーニャを布で包んだ。
「このようなときに、どのような事を言えばいいか、判らぬからな。」
「やっぱりあんた、女慣れしてると思うわよ。それだけできりゃ、十分よ。…でもそうね、 もうちょっと感想が聞きたいわね、このマーニャ様の踊りを見て、無料で終わらせようなんて甘いと思うわ。」
 ライアンは少し微笑んだ。
「おぬしの名は、バドランドにまで響いておったからな。もっとも私は興味を覚えなかったが…これならば、 うなずける。神に愛されし踊り子、そう呼ぶに真に相応しいぞ。私ですら、哀しさを覚えたからな。」
「…まあまあね。」
「…そうか」
 ふたりは、月を見上げた。月の光は、白い花に反射して輝いた。マーニャの髪についた花びらが、まるで宝石のようだった。
「…そういえば、質問に答えてないわね。…どうしてここにいるの?…どうして、あたしをつけてきたのよ?」
 マーニャはライアンを見上げる。ライアンは、少し考えた。考えているのか、困っているのかはその表情からは読み取れなかった。
「…おぬしが…気になってな。」
「あら?この美貌なマーニャちゃんに魅せられた?」
「いや!そうではない…いや、そう言っては失礼か…おぬしは確かに美しいからな…いや、だから別に私が そう思ってつけてきたわけではなく…」
 ライアンは困惑していた。
(普段ならば、もっと様々な言葉が出てきていたように思う…女性に捧げる言葉など、考えもせずに言葉に出せていたのに… 何故だ…)
 気になっていた。初めて見たときから。それは今までに見た女性、契り交わしてきた女性とはまったく違う、『 気になる』感情だった。
 ライアンは以前に言った言葉を、もう一度繰り返した。
「おぬし…大丈夫か?」
「なにが?」
 マーニャに返され、窮する。言えはしなかった。…バルザックの最後をこの目で目撃したなど。… 見たときに気がついた。マーニャはバルザックを愛していた、その事に。
「ああ、気にしてくれてたのね。バルザックは知り合いだったわよ。だけど、父さんを殺した 仇。…討てて良かったわ。まあ、そうね、目標が切れて、ちょっと拍子抜けしてるわ。だけどこれからも デスピサロを追おうと思うし、大丈夫よ。」
「いや…その…」
 そういわれると、出る言葉がない。ただ、答えにつまるのみだ。マーニャはそれを見て笑う。
「それにしても、あんた花を散らすなんて、よくそんな気の利いた事しようとしたわね。」
「それは…」
「あたしの踊り、そんなに素晴らしかった?それとも、美しいマーニャちゃんへのプレゼント?」
 そう笑うマーニャの笑みは偽物だった。すくなくとも、キングレオの城で見た、美しいマーニャの眼は、今は濁っていた。
「そうではない。…どうしておぬしは、そんな濁った目をしているのだ」

「…濁った?」
「そうだ。…そうだな、剣を教える時にはこういうかもしれぬ。『心に迷いがある』と。マーニャ、今のおぬしの目は濁っている。 それが、気にかかった。…それだけだ。」
「べつに、濁ってなんてないわよ」
 そう言って、マーニャは視線をそらす。
「私の勘違いならば、そうかも知れぬな…。」
「そうよ、何を根拠にそんな事言うのよ。」
 何かの気まぐれだろうか。…それとも、初めからこの女に、この気高き魂をもつ女性に、伝えたかったのだろうか。

「…私は、若くして王宮戦士になった。」
 そうつぶやくライアンを、マーニャは静かにみつめた。
「我ながら、昔から要領が良くてな。なんでもそれなりに人よりよく出来た。魔術の才能はなかったようだが、 バドランドは剣術に重きを…それも力で押す剣術に重きをおいていて、それが自分の性にあった。 だが、そのせいか、とりたててしたいことがなくてな。とりあえずバドランドの一番の名誉、王宮戦士を目指した。」
 昔の自分。それなりに愛想よく、だが、熱心に人付き合いをしない。 そんな自分を朴念仁といい、優秀でもそれなりに面倒を見てくれた周り。
「だが、そこでぷっつりとやりたい事がなくてな。なぜ自分は生きてきたのか。自分が出来る事はなんなのか、 それをずっと探っておる。…だからか、おぬしは凄いと思った。…仇を討つ事を何よりも目標として生きていたからな。 だから、その目標が切れたときの気持ちは、わかる気がする。・・・だが、今のおぬしは、そうではない。そんな気がする。 おぬしの闇はもっと奥だ。周りの全てが無意味に感じる…そうでないか?」
 何でも出来ると褒められた自分。その時に感じる苛立ち。そんなものができたとて、なんだというのだ。そして。
(仇が討てたから、なんだというのだ…そう感じているのでは、ないか?)
 そう、心につぶやく。その気持ちは伝わったのか、ライアンにはわからない。ただ、マーニャは ライアンに体重を預けた。

「あんた、父さんみたい。」
 マーニャ汗ばんだ体を、心地よく夜の風が撫ぜる。
「そうなのか?」
「なんだか分からない事言うくせに、それが妙に当たってるのよ。…それに似てる、父さんは研究まっしぐらの人だったからね」
 そう言われ、ライアンは首を振った。
「ならば、似てはいないだろう。…私はその様に打ち込めるものが何もない。」
「…あんたは自分の人生をよりよく生きることに一直線よ。わかんないけど、そうやってなにかを探してさぐって、 そうやって生きてるところ、そっくりよ。…そういうのも、悪くないんじゃない?」
 今、とけた。自分の心のしこりが、マーニャの一言によって。自分の生き方を 探すだけの無意味に日々に、意味をつけてくれた。心が軽くなる。
 …今度は、自分の番だ。
「お父君は、いい男だったのだろうな?」
 ライアンは冗談めかした声で、それでもマーニャの髪をそっと撫ぜた。
「そうよ、最高にいい男だったわ。だから…許すわけにはいかなかったのよ。 バルザックを、許すわけにはいかなかった。例え何があろうと。誰がなんと言おうとね。」
「私には、よく判らぬが…お父上なら、きっとこう言うであろうよ。『お前は、よくやったよ』」
 そう言って、ライアンは、きつく細い躰を、抱きしめた。
 月が、二人を照らしていた。風が優しく包んだ。
 嬉しかった。自分の行為を正しいと言ってもらえる事。
(不思議ね、なんだか本当に父さんが言ってるように思うわ…父さんは、笑っていってくれるかしら? よくやったって…)
 ライアンに抱きしめられながら、マーニャは思う。そして次にライアンが言った一言に、マーニャは固まった。
「…だから、もう泣いていいんだ、マーニャ。」

「な、何言ってるのよ…別にあたしは泣きたいわけじゃない。」
「おぬしが涙を流さねば、おぬしの心はいつまでも固まったままだ、マーニャ」
「いらない、必要ないわ。…お墓参りはもう済ませてきた。その時でも泣かなかったわ。」
「なら、何故今、踊っていた?」
 うろたえるマーニャに、ライアンは言い募る。…ライアンの問いは、今一番分からない事だった。
「…知らないわよ、踊りたかった、それだけ。」
 ライアンは息をすい、ゆっくり言った。やけに鮮明に聞こえた。
「鎮魂歌、だったのだろう?お父上と、…バルザック殿への」
 やけに鮮明に聞こえた、その一言が、胸に刺さり、そして心のピースとなって収まった。
「鎮…魂歌?」
「二人の死を、悼んでいたのだろう?私には、そう見えた。おぬしの踊りが、二人が死んでしまった、 純粋な悲しみに見えた。だから、花を散らした。死者への悼みには花だからな。」
 それを否定する術はマーニャにはなかった。だが、抗った。
「…あたしが泣く必要はないわ。…ミネアがいるもの。ミネアはあたしの代わりにいつも泣いてくれるもの。」
 首を振るマーニャの髪を、もう一度ゆっくりゆっくり撫でる。
「おぬしは…泣けるミネア殿が、うらやましかったのか?…それとも、ミネア殿が泣くから、泣けなかったのか?」
 どちらもだ、どちらもだ…だが、泣いてはいけない。自分には泣く資格がない。
「あたしは…」
「おぬしは、自分に出来る最善の事をやったのだ。…おぬしが自身の涙を流さねば、その傷はいえぬ。 …ミネア殿の前で泣けぬなら、今ここで泣くが良い。もう、良いのだ。…おぬしは、泣いてもいいのだ…」

 マーニャはライアンにしがみついた。髪の花びらが落ちた。
 何年ぶりだろう、こんな大声で泣くのは。
 マーニャはライアンの胸に縋りつき、大声で泣いた。ライアンはマーニャの肩を抱き寄せた。
 好きだった、愛していた。側に、いたかった!父さんも、バルザックも…大好きだった。
 二人に笑っていて欲しかった。その時が好きだった。
 大好きな父さん。研究をずっとする父さん。あたしは父さんの腕にしがみつく。父さんはただ、笑って腕をふりあげる。 それが楽しかった。…許せなかった、それを奪うなんて。
 ずっと想ってた、バルザック。その笑顔が大好きだった。困ったように笑う。差し入れを持っていくと、一瞬緩んだ笑顔を 見せてくれた。それが宝物だった。研究に打ち込む真剣な表情もずっと抱えていたかった。何をなくしても、 側にいたかった…本当は…だけど、もう帰ってこない。二度と会えない…
 向こうも自分を想っていてくれたなんて、酷すぎる。ずっと自分を手に入れたいと想っていてくれたなんて…あんまりだ…!

 力が抜けた。マーニャはへたり込む。ライアンはそのマーニャをささえ、座り込んで、なおもマーニャの背中を撫ぜた。

 涙がとまらない。帰ってこない二人。もう自分には手の届かない場所に行ってしまった二人。
 今考えてもそうするしかなかったのだ。だけど。失った者は、余りにもとおくて、尊くて。
「あんたは…丈夫ね…」
 ライアンのぬくもりが、頑丈さが嬉しかった。
「私は消えぬ。だから、いくらでもしがみつけばいい…」
 消えてしまった人。自分の腕の中で、砂になってしまった人。
 殺したくなかった。ずっと笑って欲しかった。
 それが叶わないなら、殺したかった、自分の心。だけど、殺しても、自分が殺しても手に入ったわけじゃない。 手に入ったのは、バルザックのぬくもり。体の、唇の。…そして最後の瞬間、見えた元のバルザック。 バルザックが言ってた言葉。「ずっとマーニャを…」

 泣いて、泣いて、泣いて。…体力を使いすぎたのだろうか、マーニャは気を失った。
 あたたかなぬくもりの中で、マーニャは父を失って以来の安らかな眠りを手に入れた。

   長かったサントハイム編、ついに終結を迎えました!ふう、本当に長かった。こんなに長く なった原因はクリフトとアリーナにあります。
 書きにくいねん!クリアリ!…まじで尊敬します、クリアリ作家さん…絶対クリフトとアリーナが らしくない…ごめんなさいー。一応全力を尽くしました…
 本編では明記しませんでしたが、ライアンが散らした花のイメージは八重桜のつもりでした。 ふわふわした微妙に色が入った白い花は、風に散らすと綺麗なので。
 あとクリフトとアリーナの話は、実は「海辺の村」のエピソードでした。二人のラブラブのあと、 渇きの石を見つけるというエピソード予定で。…だけど渇きの石を書くと、洞窟のエピソードもいるよなー。 と悩まして出来た、メタルキングの剣の話は余りにも外伝的で。(というか本編では出来ない作りになってしまいました) しかたないので、海辺の村はまた別の外伝の話を作る事にして、むりやりクリアリをこっちに持ってきました。
 そんなわけで次回は短編です。海辺の村の話になります。読まなくても話しは通じますが、一応読んでいただけると 嬉しいです。

こちら→海辺の村の一騒動
 



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