その王の間は今までに見たことがない雰囲気だった。
 厳粛な装飾。厳粛な王の顔。王の前に並ぶ人たち。すべて良くある風景だ。だが、そこに漂う雰囲気は、そこはかとなく、 『笑い』だった。
「兜をかぶっとる!」
「面白くない、出直してまいれ。」
「木と牛の間に祈祷師がいる!」
「面白くない、出直してまいれ。」
 そんな行列が、ただひたすら続いていた。
「で、並んで、どうするの?」
 アリーナが当然の疑問を言った。
「…どうしましょうか。」
 ラグが答える。そして7人を見回す。7人の視線が一点に集まる。トルネコはためいきをついた。
「わかりました。けれど、笑わせられないからって怒らないで下さいね。」
 そういいながら、トルネコは列に並んだ。
「なかなか厳しそうですぞ。」
「本当ねー、王様ピクリとも顔を動かさないじゃない。」
「なかなか楽しい方もいますのにね。」
 そしてトルネコの番が来た。全員が注目する。だが―――――

「すいませんでした。」
 そのあとには頭を下げたトルネコがいた。ラグが真っ先にフォローする。
「いえいえ、面白かったですよ。トルネコさんで駄目だったら、きっとこの8人の中で誰だって駄目ですよ。」
「そうよ、すっごくおかしかった。何せトルネコさんのギャグはモンスターだって笑わせちゃうんだもん!」
「ありがとう、ラグさん、アリーナさん。しかし王様はモンスターより、手ごわかったようです。」
「…戦っても、手ごわいかしら?」
「アリーナさん、後が怖いので止めて下さい。」
 少々本気のアリーナをラグが止める。
「とりあえず、ここにいても邪魔だろう、なんにしても出たほうがよさそうだ。」
「そうですな。少なくともこの調子では、他の人に取られるということはあるまいて。」
 クリフトが何か思いついたか、唐突に提案した。
「とりあえず、情報収集するというのはどうでしょう?」
「情報…ですか?」
「情報と言えば、どうして王様は、こんなお告げ出したのかしら?」
 アリーナは疑問をぶつけた。その問いにミネアが首をひねる。
「それはさきほどの方が言ってらっしゃったのでは?」
「けど、お父様なら絶対にしないわ、こんな事。…なぜかしら?今とは 違う変化を出す時は、まず国民のことを考えよ、ブライだってそう言ってたわよね?」
「そうですな…じゃがその例に反した王もたくさんいるのじゃよ」
「だけど、そのわりに、この王様は国民に好かれているわ?」
「うむ…」
 サントハイム三人組が考え込む。その思考をマーニャが邪魔した。
「それはさておき、クリフト、笑いに情報収集って?」
「ですから、例えば身内の人に色々、王様の事をお尋ねするとか…」
 そこでやっと得心がいったようにトルネコがうなずく。
「なるほど、笑いというのは範囲が狭いほど面白いものですからな!」
 それにラグはうなずいた。
「そうですね、じゃあ、城の中を少し歩いてみましょうか。」


 有益な情報が得られたのは、三人目、旅の商人に話し掛けたときだった。
「笑い?お前さんたちも挑戦した口だな?王様は手ごわかったなあ。王様を笑わせられるのは、以前 旅の途中の国で見かけた伝説の芸人、パノンだけだぜ、きっと!…今どこにいるんだろうなあ…」
「なるほど!」
 全員が手を打った。
「自分達がだめなら他の人に頼めばいいんですね!」
「でもどうやって頼めばいいのかしら?何でも手に入るなら、ご自分でやりたいとおっしゃるんではないかしら?」
「それもそうじゃな…しかし…」
 皆が円陣を組むように悩む中、マーニャがバルコニーの方に向かっていった。ライアンが追う。
「どこに行く?マーニャ殿?」
「悩んでたってしょうがないでしょ?まずそのパノンを見つけてから悩むなり、脅すなりしたらいいじゃない?」
「脅すって…姉さん!」
「あ、マーニャさん、賢い!そうよね、武術勝負で挑んで勝ったらお互い言う事を聞くってのはどうかしら?」
「姫様!一国の姫ともあろうお方がそのように、人に物を頼むなぞ…」
「姫様!もしそのようなことを言われて、ま、万が一の事があったときは…」
「芸人でしたら、お金で請け負ってくれるのでは?…いくらほどかかるでしょうね?」
「それで…マーニャさん、どこへ行くんですか?パノンさんの場所、知ってるんですか?」
 ラグの問いに、マーニャは悔しそうに答える。
「知らないわよ、だけどね、一番ヒントがありそうな所なら知ってるわ。…たく、勘違いを増長させるようで嫌なんだけどね。 いきましょう、踊りの・・・舞台の町、モンバーバラへ!」


 モンバーバラは、相変わらず華やかだった。楽しげに人は行き交い、笑いに溢れていた。
「ここが、マーニャさんたちが過ごした町なんですね。」
 ラグはきょろきょろ眺める。いままで見たことのない町並みだ。一番似ている町は、 マーニャ達に最初に会ったエンドールかもしれない。だが、ここは王様の町ではない。もっと庶民的で、もっと親しみやすい。 その事が、ラグにもわかった。
「ああ、懐かしい、町。…そして姉さんが散々いろんなことをした町。思い出しますわ…あそこの酒場でつけをため、 こちらの店では店員に値切りまくり、こちらの宿屋では、人にお酒をたかりまくる…ああ、頭が痛くなってきましたわ…」
「…ミネアさん…大丈夫ですか…?」
 既にラグはそれくらいしか言えなかった。そして他のメンバーは物珍しげにあたりを見回していた。
 …ここは、マーニャとミネアが父の、バルザックの仇を討つ為に力をつけた町。そう思うと、 ただ明るい町並みも、なにやら不思議な面持ちがある。
 ミネアも、マーニャもはしゃぎながらも、なにやら妙に感慨深い目をしていた。それでも。
「あ、マーニャちゃん、ミネアちゃん、帰ってきたのかい!?」
 こんな風に話し掛けられ、マーニャはなれたそぶりで営業用の笑顔を見せる。 この街に入って何人目だろう。それくらい、マーニャとミネアはこの街で愛されていたのだと判った。
「多分、座長が何か知ってるんじゃないかと思うのよね。いってみましょ、お世話にもなったし。」
「ええ、お客を攻撃して、何度とりなしてもらった事か…」
「あれは、あの客が悪いのよ、あたしは悪くないわ。」
 そういいながら劇場に入っていくマーニャとミネアを見て。何故だかラグはとても嬉しかった。そして、寂しかった。
(きっと、この旅が終われば、この二人もこういう風に戻っていくのだろう…)
 そのラグの思考を遮ったのは、劇場の前にいた、男の声だった。その男は、マーニャに飛び掛った。
「ま、マーニャちゃん帰ってきたんだね!また、ここで踊ってくれるんだね!ぼ、僕マーニャちゃんのファンなんです! ずっとずっとマーニャちゃんが踊ってくれなくて、寂しかったよぉぉぉ」
「あ、ありがと…」
「僕はマーニャちゃんの踊りの為ににこの町に引っ越してきたんだ!マーニャちゃんの踊りを毎日見るために!なのに、なのに どうしてマーニャちゃん僕を捨てたんだ!酷いよ!マーニャちゃん!」
 そう言って、マーニャを抱きしめようとした。
(ああ、もう、しつこいわね!ギラでも食らわそうかしら!)
 そう言って呪文を唱えようとしたその時。

「おぬし、どこかで見た顔だな。」
 ライアンの剣が、男の頬をかすった。男は飛びのいた。
「な、なにしやがる・・・お前、マーニャちゃんの何だ…」
 おびえきった男をよそに、ライアンは男の顔をじっと見つめた。
「私はマーニャ殿の仲間だ。ぬ、おぬしはバドランドの警備兵として一昨年、第三部隊に 入隊したものではないか?何故こんな所に?」
 その言葉を見て、その男も思い出したのだろう、大声で飛び上がった。
「ら、ライアン様…あなたこそ、何故このような所に!」
「思うところがあって旅をしておる。おぬしは退隊したのか?」
「いえ…その…」
「そういえば、母の病気でと、長期休暇をとっている者がいたな。…給付金を受け取って。…おぬしか?」
 ぎろり、とにらむ。その眼で男はすくみあがった。
「いいいいいいいえええええ…その、その…」
 そういって、男は逃げるようにマーニャの側に寄っていった。ライアンはさらに眼光を強め、問う。
「おぬしか?」
「はい、申し訳ありません!今すぐバドランドへ戻ります!」
「虚偽は許せぬ。今までの給付金、ちゃんと返還しておくように。」
「そんな!」
 もうとっくに使ってしまっているのだ。マーニャの踊りのチケット代。さしいれに、花束代。それだけではない、 この町は遊びの宝庫なのだ。酒に女。そんなもの、残っているわけがない。矛先をマーニャに向けた。
「マーニャちゃん!僕は君の為に、全てをなげうったんだ!」
「そのわりには、見ない顔だけど?常連なら覚えてるはずだけどねえ?大体あたしのせいにされても困るわよ。」
 マーニャはきっぱり言い放つ。踊り子は人気商売だ。きっちりとファンを覚え、微笑む事がリピーターに繋がるのだから、 常連ともいえるファンの顔は覚えなければやっていけない。実はこの男、マーニャの踊りを見たのは3回。一度見た マーニャの踊りに見惚れ、マーニャが止める二日前に、この街に引っ越したのだ。
「冷たいよ、マーニャちゃん…僕は君が全てなのに!僕は、僕は!」
 そう言うと、マーニャに殴りかかろうとした。だが。

「それはおぬしのせいだろう。マーニャ殿には関わり合いのない事だ。」
 そう言ってライアンは剣を首先につけた。そして氷のように冷たい眼でみつめた。男は止まった。
 そこから男が見たもの、それは地獄とも言える光景だった。
「そうよ、みっともない男ね。マーニャさんが何をしたって言うのよ。マーニャさんに手出しをしたら、私、許さないから。」
 男がおそるおそる後ろをみると、いつのまにか鉄の爪を持った可愛らしくかつ気品をまとった女の子がにっこり笑っていた。
「申し訳ありません、私達、急いでいるんですの。姉に手出しするのでしたら、こちらも考えなくてはいけませんわね?」
 今度は前を向く。マーニャにそっくりなとても美しい女性が、銀のタロットを構えて、とても美しく笑っていた。
「姫様、駄目ですよ、脅しては。そこの方、引いたほうがよろしいかと思いますよ。今ならまだ、神も許して下さいます。」
 神官の男が人のよさそうな笑みでにっこりと笑う。
「しかし国からの給付金を騙し取るなぞ、許せませんぞ。きっちりと片をつけたほうが良いかもしれませぬな。」
 魔法使いの老人が、杖をしっかりと持った。
「そうですとも!貴方が使ったお金は、皆が一生懸命働いたお金なんですから、ちゃんと働いて返すべきです!」
 そう言って、商人の男は憤慨したように自分をみつめた。
「そんなわけで、引いてくれる?」
 手に炎をほとばしらせながら、マーニャが最高に美く妖艶な笑顔を浮かべる。それは、まさに地獄だった。

 助けを求めるように男が周りを見渡すと、翠の髪をした綺麗な少年が、苦笑しながらこちらを見ていた。
「た、たすけて…」
「女性に暴力をふるおうとするのは良くないですよ?」
 ラグはおだやかにそう言った。
「はい、はいぃぃ、もう、しません!」
 この少年はこの状況を抜ける、最後の砦。男はそう直感していたので、必死で言った。
「本当ですか?」
「はい、だから助けて下さいぃぃ」
 そう言われ、ラグはしばし考え、言った。
「あの、パノンさんってご存知ですか?」
「パパパパパノン?」
「はい、とてもすごい芸人さんだそうですけど、ご存知ですか?」
 男は必死で叫んだ。とてもとても怖かったのだ、周りを取り囲む者達が。
「パノンなら、マーニャちゃんと入れ替わりに毎日この町で笑い話をしてるよ!いいから助けてくれぇぇぇ!」

 ほうほうていに逃げ出す男を尻目に、マーニャはため息をついた。
「ありがと、みんな。ごめんね。」
「いいの、マーニャさん。本当は暴れたかったわー」
「姫様も、もう少しやり方というものがありますよ。」
「でもクリフト、こういうときにおしとやかなんてやってられないわよ。」
 そこでブライがため息をついた。ライアンはマーニャの側で頭を下げた。
「バドランドの兵士が迷惑をかけたな、こちらこそ、詫びを言わなければならぬ」
 マーニャはくす、と笑って言った。
「意外とすばやいじゃない?感心するわ。」
「…それほどではない」
「行きましょ、ラグ。あんたこそ、あの状況でよくパノンのこと、聞き出せたわね。」
「マーニャさんが無事でよかったです、それよりパノンさん、あっさり見つかりそうですね。」
「ねえねえ、みんな、あんなふうにパノンさん、脅せばばっちりだと思わない?」
「姫様!まだその様におっしゃるのですか?」
「そうですとも、少しは姫様らしくなされ!」
「しかしお金の点で考えれば…」
「ああ、姉さんの、いえ私達の評判が悪くなったらどういたしましょう…」
 そう口々に言っていく皆の後姿をライアンは見ていた。あの時剣を向けた時の気持ち。 今まで感じた事のない気持ち。あれはもしや…
(嫉妬、と呼ばれるものだったのだろうか?)

 

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