街の外からでも音楽が鳴り響く。おそらく何者かによって八人の活躍が伝えられ、そのお祝いの 祭りでも行われているのだろう。
 三人はコーミズに墓参りに行ったあと、モンバーバラへ降り立っていた。
「あー、やってるわね。こりゃ、あたしが一発踊らないと暴動が起こりそうねー」
「そうね、本当に。」
「ラグも見ていきなさいよ、ちょっとだけでもさ。」
 マーニャはラグの腕を引っ張る。ラグは少しうろたえる。
「姉さん、無理は駄目よ!」
「いえ…少しだけ見させていただきます。」
 笑うラグの顔をミネアは覗き込む。
「ラグ…無理をしてません?」
「いいえ。僕、マーニャさんの踊り、好きですから。」
「そうですか…」
 思えば、ラグは初めて逢った時からいつもそうだった。決して誰かに逆らったり意見を 衝突される事などしなかった。
 それは『勇者』らしくと自分を戒めていたのだろうか。
「ラグ…覚えていて下さいね。私たちは、皆ラグが好きですわ。たとえ勇者じゃなかったとしても、 ラグのことが好きでしたわ。」
 ミネアの言葉に、マーニャがうなずき、ラグをぎゅっと抱きしめた。
「そうよ…ミネアの占いに出た勇者が気に食わない奴だったら、あたし達、一緒に旅なんてしてなかった。 ラグだったから、あたし達大好きだったのよ。覚えておいて。」
「ミネアさん…マーニャさん…ありがとうございます。僕も…みなさんが好きです。本当に…」
 旅が終わりなのだと、奥底から感じた。長いようで短い旅。嫌な事もあったけど、とても、とても楽しかった。 そして幕が降りる事に例えようもない寂しさが、ラグの胸におしよせた。

 モンバーバラに入ると、とたんに人に囲まれる。溢れる熱。叫ばれる二人の名前。熱狂。
 そして、マーニャが舞台に上げられる。その踊りは、最初に見たもの以上に美しく奥深かった。この旅で、 マーニャはたくさんのことを吸収し、それを踊りに表現したから。
 アンコールと共に、ミネアも舞台に上げられ、なにやら話している。あれが本来の姿なのだ。
(みんな、元の生活に戻っていく。だけど、…僕は…)


 父親との挨拶を済ませ、城のみんなの顔を見に回るアリーナの笑顔は少し曇っていた。
「姫様…お疲れですか?…どうかなさいましたか?」
 クリフトの言葉に、アリーナは少し悩んだ後、意をけっして言った。
「前に、何か同じ事があって…なんだかこのままここにいちゃいけない気がするの…」
「姫…。実は私も、同じ事を感じてました。なんだかとても嫌な予感がするのです。根拠はないんですが…」
 顔を見合わせる。そうして人気のないところを選んでゆっくりと外へ出ようとした。すると。
「まったく待ちくたびれましたじゃ。余り老人を待たせるものではないぞ」
 ブライが杖を携えて、入り口に立っていた。

 城で騒ぐ仲間達。ようやく帰ってきたことを実感する。これからパーティーが催されるらしい。だが。
(なにか、足りない…)
 まだ落ち着く時ではない。あと一つ、何かを確かめなければいけない・・・ライアンはそう感じていた。
 もうすぐ、迎えがくる。根拠もなくそう思っていた。今のライアンがするべき事は、空を見上げて、ただ 待つことだった。

「あなた…なにかそわそわしてるわね。どうしたの?」
 長年の連れ添いが、トルネコにそう言った。やっぱり隠し事は出来ないようだと苦笑する。
「また、わがままを言う事になるかもしれないけど、許してくれるかい?」
 ネネは迷うことなく頷いた。

 汗まみれになって一息つくマーニャ。ミネアがタオルを持ってきた。その表情に翳りが見える。
「姉さん、ラグがいないわ。」
「…帰ったのかしらね。」
 一瞬の沈黙。そして。
「姉さん、なんだかとても嫌な予感がするの。前にも、いつか、前にも同じ事があったような…それが とても嫌な事だったような…そんな気がするの…」
「…あたしもよ、ミネア。」


 そっとホフマンにパトリシアを返し終えたラグは、ため息をつく。
 独りだった。その静寂がどこか寂しかった。
 だが、帰るときは独りでと、そう決めていた。村で自分の胸になにが訪れるかわからない。けれど、 自分はしなければならないことがあるから。
 いまこそ、帰ろう。

 気球は平和な空を行く。
(ああ…世界は、平和なんだ…)
 地上から楽しい気が溢れているのを感じる。それがとても嬉しかった。
(みんな。幸せなんだ…よかった…)
 心からそう思う。空は綺麗で、大地は平和で。それがとても嬉しくて。
(僕はこの世界が好きだ…とても…)
 そうしてゆっくりと、気球を下ろす。実の父親の墓に一礼して、前を見た。 その眼前に見える深い森の向こうに、皆が待っている。


 世界が村だけだった時、森は、自分を世界から隔離するものだった。そして、今、 森の厚さは、自分を外界から守るものだった。
 森の木々、一つ一つが村のみんなの愛情。村のみんなの心。
「ありがとう」
 一つ一つに礼を言っていきたい気分だった。うっそうとした森が、一つ一つ輝いて見える。

 考えてみれば、森から村を見るのは初めてだった。暗い森から溢れる太陽の光。その輝きはまさに 村の輝きだった。…本当なら。

 そこは、燃え尽きた廃墟だった。かつて見た、そのままの。そして…記憶している当時の村の姿の面影が 残っているのが痛々しかった。
「ただいま…」
 ラグの呼びかけは空へと消える。それでもラグは気にしなかった。みんなは空にいると信じていたから。
 かつて、シンシアと寝そべった丘の上へと立つ。そこは、もう荒れ果てていたけれど、ラグにはかつての姿が見えた。
「僕は、みんなの期待に答えられたかわからないけど…世界を救ってきたよ。」
 懐から、銀の束を取り出す。ピサロの髪の毛だった。
「それから仇を、討ってきたんだ。ピサロは生きてるけど、これがみんなの慰めになったらいいと思ったから。」
 そう言って、ラグは髪をばら撒く。髪は金の陽にあたり、銀のきらめきを発し風に舞い、大地に溶ける。
 しばらくの沈黙。そうして、力なく、ラグは地面に座り込んだ。

 期待していたんだ。
(もう一度、奇跡は起こるんじゃないかって。…シンシアだって僕に顔を見せてくれたんだから…)
 幽霊でも、幻でもかまわなかった。もう一度、みんなの姿が、シンシアが見たかった。そして、今度こそ ありがとうとさよならを伝えたかった。
(そうしたら、前に進める気がしたのに)
 焼けた家。毒の沼地。ここで座り込んでいても仕方がないのに。
「僕は、このあとどうしたらいいのかな…」
 目標を全てなくして、一人ぼっちで。
「幸せになるって、どうしたらいいんだろう…」
 それはシンシアの願い。空をみあげて問うても答えは返らない。
 だけど、ここにいるわけにいかない。自分は生きなければならないのだ。自分自身のために。それが、シンシアの最後の願いなのだから。

 そう決意を込めて、もう一度村を見渡す。自分の目にその光景を、力なきために滅ばなければならなかった、愛する村を 焼き付ける為に。

「・・・?」
 目の前に、か細い一筋の光が下りた。空を見ても、雲はない。蒼穹から降る、その光は、徐々に強くなり、太くなっていく。 周りからも光が現れ、その光の中へ消えていく。
 金が降っているようだった。だが、その光はどんなに強くても眼を打つ強さではない。優しく包み込む光だ。
 ラグはただ、その光をみつめた。見なければいけないような気がした。
 金の光は、さらに強くなる。そして、ラグはその光の中に、何かの影を見つけた。
(…いや、違う。光が、何かを作り出そうとしている?)
 その影は、徐々に人影と変わる。
(そういえば…この光、世界樹の花を使った時の光に似て…まさか!?)
 ラグが目をみはる。光がゆっくりと消えていく。そして。
 そこには、シンシアが立っていた。

 信じられなかった。また幽霊なのか、幻なのか。
 それでもラグは立ち上がる。幽霊でも、幻でも、なんだって良かった。逢いたかった人が目の前にいるのだから。
 何も言わずに走る。消えてしまわないうちにと。
 目の前に立つ。シンシアはそこにいた。透けてもいなかった。自らも信じられないような表情をして、 それでもラグを見て、眼を潤ませた。
 触れるのが、怖かった。透けてしまった。…幻覚だったら。そう思うと、怖かった。
 恐る恐る手を伸ばす。シンシアの手に触れる。…あたたかい。
 そう感じた瞬間、ラグはシンシアを抱きしめた。そっと、そして強く。

「シンシア…シンシア…シンシア…」
 シンシアも、ラグの腰に手を回し、力をこめて抱きしめた。
「ラグ…」
 本物だった。形も、匂いも体温も、気配も全て。覚えているシンシアそのものだった。
「シンシア…」
 ただ、シンシアの名を呼び続けた。今まで呼べなかった分を取り戻すように。そうして、泣き続けた。
「ラグ…」
 シンシアも泣いていた。ただ、逢えた事が体温を感じあえる事が嬉しかった。
「ありがとう・・・」
 ただ、側にいてくれて。

 七人は村の入り口に来た。不安だった。何が不安なのかわからないが、ただ不安だった。
 一言も口を利かず、村の入り口から、村を見た。
 そして、抱き合っている二人を確認すると、一気に走り出した。
「ラグ!」
「ラグさん!」
「ラグ殿!!」


「シンシア…なんだよね…どうして…」
 落ち着いたラグが、シンシアを変わらず抱きしめながら問う。その横には、嬉しそうな顔をした仲間達がいた。
「…みんなの力を借りて、マスタードラゴン様が甦らせてくださったの…」
「皆って?」
 ラグの言葉に申し訳なさそうな顔をするシンシア。
「…村のみんなの魂の力。私はもう弱っていたから、みんなの魂の力を貰ったの。だから…みんなは空には もういない。ラグを見守る力を無くしたから。…ごめんなさい…」
「いいんだ。きっと皆自分で選んだんだよ。嫌々やる人たちじゃない。みんなシンシアが好きだったから。」
 シンシアも頷く。そうして微笑む。
「それと、ラグのおかげよ。」
「僕が?」
 いぶかしげに言うラグをシンシアが笑う。
「ラグ、ずっと倉庫の鍵を持ってた。私とずっと一緒にいた。ずっと物に想いをこめて持ち歩くと、その人の力や心が 移っていくものなの。マスタードラゴン様に渡したあの鍵には、ラグの力と、心。それから私の心が宿ってた。 それが今のこの身体の心の核になったの。」
 よくは理解できなかったが、自分もシンシアの役に立てたと知って嬉しかった。

「で、そろそろ二人の世界から出てきてくれない?」
 マーニャの声に我に帰って、二人は赤くなって離れた。
「みなさん…どうしてここへ?」
「なんとなく不安になって。でも、こんなことになってるなんて…本当に良かった…」
 アリーナが代表して言う。皆も頷いた。
「シンシアです。ラグが、ほんとうにお世話になりました。」
 シンシアが頭を下げる。皆も口々に挨拶をした。


「ラグがあたしに見向きもしないからどんなのかと思ったけど、これじゃあね、仕方ないわねー」
 マーニャがそんな事を言って茶化す。シンシアは赤くなった。
「それで、お二人はこれからどうなさるんですか?」
 クリフトが尋ねた。この村でこのまま暮らすには余りにもここは破壊し尽くされているし、何より不便だった。
「シンシアは…どうしたい?」
 ラグはシンシアの顔を見る。シンシアは少し悩み、ラグの顔をうかがいながら恐る恐る言った。
「私ね、今度こそ、ラグと二人で世界を旅したい。ラグの視点じゃなくて私の視点で、ラグと二人で世界が見たいの。 …駄目かしら?」
 それはラグを好きになってからの望み。許されないわがまま。それでもきっと、皆はそうする事を望んでいたから。
「うん、いいよ。いこう!」
 ラグは笑顔で頷いた。ラグもシンシア本人に、自分たちが巡った世界を、救えた世界を見て欲しかった。
 そっと二人は手を繋ぐ。
「サントハイムには顔を出してくだされ。」
「そうよ、必ず来てね!歓迎するから!」
「お気をつけてください。ラグさんがいらっしゃればだいじょうぶだと思いますけれど。」
「モンバーバラも来なさいよ、シンシアにもあたしの踊り、見せてあげるから!」
「また、お茶でも一緒に飲みたいですわ、シンシアさん。」
「家内も、是非逢いたがると思います。エンドールに来た際は、是非お寄りください。」
「ラグ殿、また剣合わせをしよう。」
 はなむけと、再会の言葉を口々に言う仲間たち。ラグとシンシアは全てこれを了承した。


 かつて、皆に見送られ、村から世界へと旅をするのが夢だった少年。
 今、仲間達に見送られ、村から旅立とうとしている。
 手を繋ぎながら、二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。
「いってきます!」
 そういって仲間たちに向かって手をふる。
「いってきます!」
 シンシアも、手を振った。
 ラグたちは、仲間たちの向こうに、たしかにかつての村人達が、自分たちを見送っているのが見えた。




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