蒼穹を突き抜けながら、気球は進んだ。
 みんなでの最後の空の旅。最初は少し恐ろしくて、そしてわくわくしたけれど、 今はとてもみな、静かだった。
「綺麗な空ですね…」
 ラグはつぶやく。
(あの空の向こうに、きっとシンシアはいるんだ)
 身体は大地に、心は空に。そして自分が幸せになるのを見守ってくれているのだと、とても素直に感じられた。
「本当に、そうですね。空は…とても綺麗です。」
 ミネアが空を仰ぎ見る。いや、全員が、高い所が苦手なクリフトまで、ただ、空を見ていた。
 その空に大切な人を映して。

 ふわりと、城へ気球は降り立った。
「綺麗になってるわ…」
 そこは、魔物に荒れ果てた城のはずだった。だが、それは最初に城を出た、その時の姿でアリーナの前にあった。
「王がアリーナ様を迎えるのに、綺麗にしないと、と頑張られましてな・・・」
「お父さま…」
 アリーナが涙ぐむ。
「笑ってください、アリーナ姫様。笑顔で王の元へ帰りましょう。」
 クリフトがアリーナの背中を押す。アリーナは頷き、城へ入ろうとして、振り返る。
「マーニャさん、ミネアさん。私、二人と一緒にいて、お姉さんが出来たみたいで嬉しかった。また 遊びにいくね!トルネコさんに、色んなこと教えてもらえて嬉しかったわ!ありがとう! ライアンさん、また、手合わせしてちょうだいね!」
 一気に言って頭を下げる。クリフトも横に立って頭を下げる。
「皆さん。とてもたのしく、そして勉強になりました。皆さんのことはきっと生涯忘れないでしょう。 またいつでも城へ来てください。歓迎いたします。」
「姫の戴冠式には是非いらして下さい。その時はまた、この旅の話をしたいもんですな。」
 ブライも笑顔で言った。
「元気でね、アリーナ、クリフト、ブライ。また遊びにいくわ!」
「ええ、また、お話しましょう!」
 姉妹が気球から手を振り、
「私もクリフトさん話していて、なんだか若返りました。ブライさんとお茶を飲むと、知識が増えてようで嬉しかったですよ。 エンドールに来た際はまたお店に遊びに来てください!アリーナさんに似合う武器を探しておきましょう。」
 トルネコが笑い、ブライに少しにらまれた。
「そちらさえよろしければまたお邪魔をしにあがろう。お互い腕を高めあえるといいと思うぞ、アリーナ殿、クリフト殿。 ブライ殿…また酒でも一緒に飲みましょう。」
 ライアンも手を振った。
 そして、三人はゆっくりとラグを見た。
「本当は…ラグをお父さまに紹介したかったけど…ラグにはすることがあるんだもんね。 でも必ず、いつかお父さまに紹介したいわ。この人が私と一緒にサントハイムと、世界を救った勇者なのよって。」
 もう、ラグは勇者と言う呼びかけに顔をしかめたりしなかった。ただ、勇者と言う自分の役割も自分の一部なのだと 受け入れられた。
「だから、ラグ。必ずいつかサントハイムに来て。必ずよ?」
「ええ、ラグさん。必ずここへいつか尋ねてきてください。」
「いや、いっそ先ほど言った通り、ここへ住む事も考えてくだされば嬉しいんじゃが…」
 三人は熱意を持ってラグを誘う。ラグは。力強く頷いた。
「ええ、いつか必ず尋ねます。その時には…お祝いを持っていけたらいいと思います。」
 最後にすこし楽しそうにクリフトを見た。その視線に意味に気が付き、クリフトは顔を赤くして礼をした。


 手を振る三人に見送られながら、気球はまたゆっくりと揚がる。そしてゆっくりと東へ向かっていった。
 行く先は、剣術の国、バドランド。ライアンとの別れの時だった。
「皆と会えた事に、感謝しよう。この旅で、私は私を捕まえることが出来たように思う。 トルネコ殿、ミネア殿…マーニャ殿。」
「いえいえ、私もライアンさんとお話が出来て楽しかったです。また剣を使う上での剣士の心構えなどを 教えて下さい。」
 トルネコが言うと、ミネアも
「ライアンさんお元気で。貴方が身体を張ってくれた事で助かった事もたくさんありました。 そして…よろしくお願いしますね。」
 少し寂しそうに、頭を下げる。そんなミネアを見て、マーニャははにかんだ。
「そしてラグ殿。ラグ殿を信じ、旅をしてきたことを誇りに思う。」
「そ、そんな…僕こそ、ライアンさんに何度も助けられました。色々稽古もしていただきました。 ありがとうございます。」
「さきほどアリーナ殿たちも言っていたが…ここへ来る事も、少しでいいから考えて欲しい。 ラグ殿には他に住む所があるのだと…覚えておいて欲しい。」
 真面目に言った。言わなくては、ぬぐってもぬぐっても消えない不安に急きたてられる。
「ありがとう、ございます。考えておきます。」
 そう言ってまた笑う。
「では、またいつか会おう。」
 そう言って手をあげて城下町へと入っていく。それを見届けた。
 するといきなりマーニャが気球から降りた。
「ちょっとだけ待っててちょうだい。」
 それだけ言い残すと、マーニャは一直線に広い背中を追いかける。

「喜ばしい事なんですけれど…少し憎らしいですわね。ライアンさんが」
 ミネアは寂しそうにため息をつく。
「まあまあ、ミネアさんにも素敵な人がいるのですから、仕方がないですよ。」
 トルネコが言うと、ラグは一人、
「え…どういうことなんでしょう?」
 わけもわからずうろたえる。それを見て、二人は顔を見合わせて笑った。

「ライアン!」
 息を切らしてマーニャがかける。声を聞き、ライアンは振り返った。
「マーニャ…」
 ここまで追いかけてきたものの、マーニャは言葉が出なかった。ただ、一言、一言だけ 約束が欲しかった。
「…ちゃんと、練習しなさいよ。」
 ちっとも気の効いた台詞が言えない。だが、ライアンは少し笑い、マーニャを抱きしめた。
「…いつか、迎えに行く。お互いの役目が終わった時に。待っていてくれるか?」
 マーニャは頷く。そして耳元で囁いた。
「時々、こっちにも来なさいね。」
「ああ、必ず。」
 ゆっくりと、二人は離れた。お互いのぬくもりが消えないように。いつか、また。 その約束を胸に刻み、二人は帰り路を歩いた。


 白い雲が浮かぶ。下には緑の海。
 そして…高い塔。いまやここに囚われた女性は、きっと笑顔で笑っている。
 素朴な村の間。かつて墓があった、花咲く丘の上。
 そこに二人で立つ恋人達が、ラグたちには確かに見えた。
 その二人は気球を見送っているようでもあり、ただ幸せにひたり空を眺めているようにも見えた。
(もう、大丈夫なんだ。)
 世界は真に平和になったのだと、ラグは初めて感じた。


 花咲く文化都市、エンドール。世界一になった武器屋の店がここにあった。
「お父さん、お帰りなさい!気球が見えたから、走ってきたんだよ!」
 町の入り口で、トルネコの息子ポポロが、トルネコを出迎えた。
「お帰りなさい、あなた。本当にお疲れ様でした。」
 そして、上品なトルネコの妻ネネが、その後ろから現れる。少し涙ぐんで、 トルネコの肩にそっと手を置いた。
「トルネコさんの奥さんって、本当に美人よねー。トルネコにはもったいないわ。」
「姉さん!」
 気球の籠でぼそぼそと話す姉妹。それを見てラグは苦笑する。
「わあ、貴方が勇者だよね!すごいや!」
 ラグを見つけると、ポポロが飛び掛ってきた。
「わわわわわわわ!」
 ラグはとっさに受け止める。
「ねえねえ、勇者って凄いんでしょ?世界を救ったんだよね?」
 眼をきらきらさせるポポロの頭をラグは撫でた。
「僕だけじゃないんだよ。ここにいるマーニャさんやミネアさんたちも… 他にもたくさんの人に助けられたから、世界が救えたんだ。もちろんトルネコさんもだよ。 僕一人じゃ、きっと僕は勇者なんかになれなかったんだ。」
「お父さん、凄い人なの?」
 そういうポポロにラグは大きく頷く。
「うん、凄い人だよ、誇ってもいいよ!君のお父さんは世界一凄い商人さんだって!」
 そういうと、ポポロはトルネコに抱きつく。今度はネネがラグと姉妹に話し掛けた。
「私の主人を助けてくださって、ありがとうございます。またいつか、私たちの家に遊びに来てください。精一杯 もてなしますわ」
「あたし達こそ、トルネコ、さんには助けられたわ。喜んで遊びにいかせて戴くわ。」
「ええ、本当です。トルネコさんがいなければ、この旅はきっと終えられませんでしたから。本当に ありがとうございます。」
 気球の籠から礼をする二人。そして。
「ええ、トルネコさんにはとてもたくさんのものを戴きました。お礼を言うのは僕たちです。 本当にありがとうございます。」
 ラグも礼を言った。そうして気球に乗り込む。それを見ながらトルネコが照れくさそうに笑う。
「いえいえ、こちらこそ。私のようなものが、この旅に参加出来てよかったです。いつか、また、お会いしましょう。」
「はい!それでは!」
 気球から三人はは手を振った。そうして、気球はまた、空へと吸い込まれる。トルネコたちも手を 振りかえす。いつまでも、気球が見えなくなるまでずっと。




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