すでに薄暗くなっている空間に、肩を覆うくらいに伸びた金の髪がウエーブを描いてきらきら光る。
「ディー…?」
「なあに?お兄ちゃん?」
 そう言ってディーは笑う。ラグは眼をこする。
(見間違い…じゃ、無いみたいだけど…)
 何者だろう、と思った。だが、ディーの笑みはさっきと変わらなかったから、ラグはまた笑った。
「そろそろ雨が降るよ。ほこらへ行こう。」
 ラグは火を消して、ディーと共にほこらへ入った。

 ほこらに入ったとたん、雨がぽつぽつ降り出す音が聞こえた。
「今夜は嵐になりそうだね。あんなに晴れていたのに。」
「…ねえ、ラグお兄ちゃん。お兄ちゃんは、雨が嫌い?」
 ディーは上目遣いにラグを見た。ラグは首を振る。
「好きだよ。クリフトさんもミネアさんもルーシアさんも言ってたよ。雨がないと皆枯れちゃうからね。」
「じゃあ、嵐は?こんな風に風が吹いて、雨も強く降るの。」
「好きだよ。」
 ラグはディーを抱えるように座った。ディーはラグの胸にもたれる。

「こんな嵐の夜はね、僕の村の人皆で、宿屋に集まるんだ。」
 ディーは何か嬉しそうに、ラグの話を聞いている。
「宿屋はね、僕の村の中で一番丈夫だったから。宿屋のおじさんは皆を泊めるのが好きだったから、 嵐が来ると張り切って寝床を整えるんだ。」

 それは遠い遠い昔。まだ、世界が平和だった。ラグの世界はあのちっぽけな村で、外へ出たいと、願っていた。

「おばさんも張り切って料理を作って。村の皆はお酒やおつまみを持って集まるんだ。」

 村の外なんて、想像も出来なかった。広いお城。深い洞窟。高い塔。そんなもの、考えられなかった。ラグの世界は 土と、木と、水。

「宿の部屋でね、皆が輪になってお酒を飲むんだ。いつもは早く寝ろって言うお父さんたちも、嵐の夜は そんなこと言わないんだ。一晩中騒ぐから。」

 風と雲と空。実る収穫物。

「いつも夜は一人で寝るんだけど、その日は、全員と朝までずっと一緒だった。師匠も剣のことなんて忘れて。このときばっかりは 陽気に笑うんだ。先生も、修行のことなんて何も言わなくて、ただ、僕の頑張りを上機嫌に褒めてくれるんだ。」

 父、母、師匠、先生。空をさえぎる雲がある間だけは、勇者のことを忘れようと思ってくれていた、優しい 村の人たち。

 そこへ雷の落ちる音がした。
「じゃあ、雷は?」
 ディーはそっと覗き込む。ラグの優しく、遠い眼を。ラグは微笑む。

「好きだよ。僕はね、嵐に家が飛ばされないか、ずっと見張ってたんだ、シンシアと一緒に。二人でベットに座って、 そこから窓を見てた。いろんなことを話しながら。」

 …そして、シンシア。世界で、たった一人の…

「雷が鳴るとね。シンシアと空を見上げるんだ。そして二人で次はどこに光るかあてるんだ。稲妻は龍みたいで、紫や金色に 光るんだ。空を泳ぐように、稲妻が走るのを二人で朝まで見てた。」

 遠い、美しい思い出。頭の中に、甦るもの。とても、愛しいもの。楽しかった日々。

「だから、雷はとても好きだったよ。」

 そう言うと、ディーは今までになく、嬉しそうだった。
「お兄ちゃんは、村の人たちが、大好きなんだね。」
「…うん、とても、とても好きだった…。だからちゃんと期待に答えられる様になりたいと思ってるんだ。」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん、立派な勇者だもん。」
 そう言ってディーは立ち上げる。
 驚いて見返したラグの目の前で、ディーの腰まである髪がざあ、っと揺れる
 激しい雨音と風と、そして雷の音の中で、ラグは、15歳ほどの少女を見た。
「ありがとう。私、わかった。やっぱり待ってたのは、貴方だった。貴方を、何百年も、待ってたの。」
 それだけ言うと、少女はほこらから走り出た。ラグは後を追う。


「ディー!」
 本格的な嵐がきていた。風が大木を倒さんと襲い、雨が土へ打ち付ける。そんな中、ラグは全身の力を込めて叫ぶ。
「ディー!どこにいるんだ!ディー、危ないから!」
 あれはディーだった。たとえ姿が変わっても、成長しても、ディーだった。たとえ普通の人間でなくても、そんな事は 気にならなかった。
「ディー!出てきて!」
 ラグは走る。稲妻も光る。いつ、ここへ落ちるか、判らなかった。ラグはディーの姿を求め、ただ走った。

 そこは、天空を貫く塔の前。そこに金の髪を太ももまで覆った、18歳ほどの女性が立っていた。
「ディー…」
 ラグが声をかけた。女性はこっちを向いた。
「私はずっと待っていた。天空より世界を救う勇者が現れる時を。この世界を見守るもの、マスタードラゴンの命により、 勇者に力を与える、その時を、永劫に待つ。それが私の使命だった…」
「ディー…?」
「長かった…時が来た事を悟る、そのためだけに、私はここにいた。 私は私で、そして、私の欠片だった。」
「どう・・・したの?ディー?」
「それも終わり、私は、見つけた…」
「見つけたって…何を?おにいさんを?」
 どんな姿になっても、ラグにとってはディーだった。兄を求めて、泣いている小さな少女。
 そしてそれとは別に「勇者」を探していたと言うディーの言葉にショックを受けたのも事実だった。
 ディーは空を指差す。
「私の兄はここにいる。古くより、天を統べる竜の王に空を、暁を、夜を、雲を、太陽を任されし存在…」
 そうして、空に向かい、両手を広げた。
「来て…『私』よ!」
 ディーがその言葉を発すると同時に、空から稲妻が落ち、ディーへ向かい収束した!鋭い音を立てる。 ラグの眼はくらんだ。ディーは完全に光の柱の真ん中にいた。

「ディー!!!!!」
 ラグは叫ぶ。ディーは、あの少女は。あの女性は。稲妻に打たれてしまったのだ。命を…落としてしまったのだと。
(また、守れなかった!)
 守ると誓ったのに!もうちょっと注意していたら、こんな眼にあわさなかったのに…
 ただ絶望を覚え、それでもディーのいた場所から眼をそらせなかった。
 くらんだ眼が少しずつ戻っていく。すると…そこに、一人の女性が立っていた。
 20歳を越えるほど。波打つ金の髪はくるぶしまでかかり、そして、 清廉で、妖艶。そんな人間ではありえない美しさでにっこりとラグを見て笑った。
「貴方は・・・一体…」
 それは低く、高く響く天の調べ。
「私は、ディン。空に住まう雷の精霊。」
 ラグは、ゆっくりとディー、いやディンに近づいた。
「ずっと記憶を封じていました。勇者が穢れなき魂を持ちし人間かを、真に確かめる為に…」
 そう言うディンをラグはそっと抱きしめた。
「…良かった…君が死なないでいてくれて、良かった…」
 ディンは雷の精霊だった。だが、そうだと判っていても、ラグはただ、真っ先に雷で討たれたディンが生きていた事、 それに喜ぶ事を選んだ。
 ディンは一瞬手に力を込め、そして離れた。ディンはラグに向かって笑う。
「マスタードラゴン様の命により、私、ディンはここにいる者、ラグを『勇者』と認め、天空の勇者としての力を与える。 …お別れです。」
 力を授け、そして天に還る、それが自分の使命だから、とディンは告げる。
「…ディーは、僕が勇者だと、そう思う?…僕はただ、倒したい、だけなのに。大切な村を、平和を壊した ものが生きているのが許せないだけなのに。」
 ゆっくりと、脅えるように言うラグに、雨粒は当たらなかった。ディンは笑う。
「どんな動機であれ、結果を出せればよいと、マスタードラゴンはおっしゃるでしょう。 誰かを傷つけることなく、魔に堕ちた者を倒せるならば。貴方にはその力がある。だけど…」
 ディンはもう一度ラグに近づく。
「私を守ろうとしてくれた。初めて会った、何の力もない子供を、守ると言ってくれた。私は 村の人間じゃないのに、一生懸命になってくれた。一つ一つの 憂いごとを、面倒がらずに解決しようと思う心。そう言った心こそが私は『勇者』だと思うのです。」
「だけど…」
 ディンは大人びた…いや既に大人なのだからその表現もおかしいが…そんな笑みを浮かべた。
「人間とは、おかしなものですわね。貴方は村の人の為に、勇者であろうと行動をするのに、 勇者であることを必死に否定するのですから。」
「…そう…だ…僕は…」
「でも…」
 ディンはラグを抱きしめた。
「でも…その矛盾した所が、なによりも人間の良い所だと思います。 貴方にふれて、私は初めて人間が愛しいと思った…嫌われているのが哀しく思えた… 恐れられる雷でなく、愛されるものでありたいと思った…きっと、それが何よりの 勇者の素質。」
「僕だけじゃないです。」
 ラグは笑う、とても信頼した眼で。
「皆がいたから…ミネアさん、マーニャさん、トルネコさん、ブライさん、アリーナさん、クリフトさん、ライアンさん… そんな皆がいたから、きっと僕はそうなれたんだ。」
「ええ、そう思います…みんな、とても優しかった…貴方のことを気遣っていた…さすが導かれし者たちですね。 すべては、きっと独りでは生きていけない…その事を、マスタードラゴンも判ってくださればよいのですけれど…」
 そうして、ディンはラグの腕の中で少しずつ光りだした。体に、なにかしびれるものが入り込んでくる。 それを、ラグはとても心地よいと思った。

「ディー…?」
「貴方の力で、せめて私を人の役に立てるようにしてください…人に少しでも、愛されるように…」
「…お別れ…なんだね…」
 声も少しずつ、薄れていく。
「…好きだと言ってくれて、嬉しかった…ありがとう…そして、ずっと謝りたかった…ごめんなさい…」
「僕も、嬉しかった…昔のことが、安らかに思い出せて。でも、ごめんって…?」
 ディンは少し気まずい顔をした。言えなかった。マスタードラゴンの命により、殺してしまったラグの父親の 事は。
 だから、最後にラグの胸にしがみつく。
「これからも、ずっと守ってあげる。…ラグおにいちゃん・・・」
 待ってたのが、貴方でよかった・・・
 そうしてラグの胸へ、そして空へと溶けていったディンをラグはいつまでも見ていた。

 白く佇む空への塔。そこへと還った少女のことをそっと胸に抱きながら、ラグは仲間達の元へと歩き出した。 天を裂く、天に咲く稲妻を操る、たった一人の勇者として。


 先に謝っときます!ごめんなさい!これは1万ヒットリクエスト小説です!しかし舞台が角笛のほこらなのに、バロンの角笛 出てこないし…
 一応、Kaname様のリクエスト「ドラクエ世界観での不思議なお話。世にも奇妙なお話のドラク エ版。できれば、勇者が主人公のお話。」に答えようとした、努力の結果です…すいません、私怖い話 ごっつ苦手なので、世にも奇妙な物語、一回しか見たことないんです…
 で、世にも奇妙な物語→怖い話→じゃあ幽霊?→でもそれは白い花の舞う頃だよな→しかも勇者が主人公… 難しい→とりあえずドラクエで不思議な話で、勇者…、ということで、とりあえず謎の人物でも出そうかな、 ということでこの話になりました!はい、すいません!全然リクから外れてます!

 ネーミングはディン系だからディン。単純…ディーンとどっちにしようかな、と思ったんですけど。 ちなみにお兄さんはラナンかな。ラナルータのラナで(笑)ラグになついてて、ラグもディンをすごく大事にしてたのは、 多分、同じく天空に住まうものとして何か感じあるものがあったからでしょう。だからディンはルーシアにもなついてましたね。

 で、おまけとしてマーニャがどうして嫌われてたか書いておきます。多分皆さんが予想するような 展開です。


 おまけ→


   
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