ガタン、ガタン…山の奥。白い息を吐きながら近くにあるという村へラグたちは向かっていた。
山の坂をパトリシアとともに馬車を押すのはトルネコとライアンだった。 「皆さん、足元気をつけてくださいねー。左側、暗くて見えませんけれど、ちょっとした斜面になってるみたいですー」 後ろで馬車を押している仲間に向かい、ラグは叫ぶ。ミネアがさらに覗きこんで忠告する。 「横側が森ですから転げ落ちたら怪我しますわ。」 そうして仲間が慎重にゆっくりと馬車を坂の上まで上げた。 「これで、もう馬車を押さなくてもよいですな…すっかり腰が痛くなりましたよ。」 トルネコがため息をつく。だが、そこで安心したのが悪かったのだろうか。 ガタン、という音をたて、石に馬車の右の車輪がぶつかり、車輪が外れかけた。 「わわわわ!!!」 「きゃああああ。」 馬車は大きく傾いた。ラグはとっさにパトリシアを馬車からはずす。 「わわわわわわ!」 「ぬぬうおう!」 ライアンとトルネコが馬車を押さえ、他のメンバーも慌てて駆け寄る。だが、運が悪かった。傾いたひょうしに馬車が 斜面の方へ道を外したのだ。 「パトリシア、待ってて!」 ラグはたずなを放し、馬車へ駆け寄った。そして全員で引っ張るが森に入り込むのは避けられなかった。 馬車が樹の中へつっこんだ。バキバキという音を立てた。 「うわわわわわわわ!」 トルネコがあせって力を入れる。皆も馬車を止めようとがむしゃらになり…ようやく馬車を止めた。 だが、災難はまだ続く。その音を聞いてモンスターが責めてきたのだ。 「もう、一体なんなわけ?今日は厄日なの?」 「姉さん、頼みますから森に火をつけないでね!」 ミネアの言葉を聞き、ブライもアリーナの方を向く。 「姫様、お分かりですかな?」 だが既にアリーナはその場にいなかった。炎の爪でモンスターに切りかかっていたからである。 「クリフトさん、アリーナさんのフォローに!ライアンさん、できるだけ斜面の上のパトリシアに近づけないようにしてください!」 ラグの声で統率し…そして戦闘はあっさり終わった。 「うーん、これは傷だらけですね…動くようにはなりましたが、このまま旅を続けるのは無理でしょう。どこかの村で きっちりと直したほうがいいですね。」 トルネコの指示の元、応急処置をしたが、馬車は既にぼろぼろだった。外れた車輪を暗い中無理やりつけたのだ。戻って 来たパトリシアも少し違和感を覚えているようである。 「なにかじゃりじゃり音がしませんか?」 クリフトが聞いた。ライアンがうなずく。 「うむ、さっきから気になっておるのだが、なにやら動くたびに音がしているな…車輪のほうからか?」 ライアンが両方の車輪を見る。すると左側の車輪の軸になにか挟まっているのが見えた。横からアリーナが覗いて言う。 「樹の蔓かなあ?きっちり整備する時に取った方がいいと思うわ。」 「これを取る為には車輪を外さないといけないようですな。」 「とりあえずとっとと行きましょうよ。またモンスターに襲われるのはごめんよ。」 「姉さんてば…けれどパトリシアも疲れているようですわ。急ぎましょうか。」 既に疲れ果てていた一行はそこあとひたすら村へ急いだ。 「あの…クリフトさん…」 ミネアが話し掛けてきたのは森の中の小さな村の宿で、夕飯を食べたあとだった。 「なんでしょう?ミネアさん?」 「実は、さきほど色々災難でしたから、私、明日のことを占ってみたんです。 それでクリフトさんの占いの事で少し気になって…お時間、よろしいですか?」 「はい、かまいませんよ。」 そうして誰もいない食堂に二人で向かい合わせに座った。ミネアは少し怖い真剣な表情をしている。 クリフトは息をのむ。 「なにか、まずい事でも出ましたか?」 「いいえ、…いえある意味そうかもしれませんけれど…クリフトさん、バイオリズムってご存知ですか?」 「バイオリズム…はい、多少は。」 「簡単に言うと人には調子がいい、悪いがありますわ。魔力や運勢、そんな様々なものが波のように動き、揺れるものですわ。」 「それが、どうかしましたか?」 ミネアはクリフトの目を見て言う。 「明日、クリフトさんの魔力は、今までの人生で最高のバイオリズムなのですわ。」 「は…?」 どんな悪いことを言われるかと身構えていたクリフトは、気が抜けた。 「それは、いいことなのではありませんか?」 「いいえ、違うんです。」 ミネアは首を振って、ゆっくり説明する。 「明日のクリフトさんの一番強い魔力は『感応力』なのです。何かを感じる力。それが今までと 比較にならないくらいあがっているのです。もちろん他の魔力も上がっていますけれど。」 「えっと、つまり…」 「人のオーラや、この世にあらざるものがとてもよく見えるのです。…良いものだけ見えていればいいんですけれど、 こういうものはむしろ悪いものの方が多いですから、もしかしたらその悪いものにあてられてしまうかもしれませんわ。 それに感応力が強い人間に、そう言ったものは近づいていきますから。」 「そうですか・・・」 ミネアのその顔は、とてもいたわりに満ちていた。 「霊的に清められているお城や教会があればよろしいのですけれど、明日一日はここから動けそうにもありませんわ。 悪しきものにひきずられないように気をつけてくださいね、クリフトさん。」 この村は小さく、村人の家の他には宿屋があるっきりだった。どうやらそれは望めそうになかった。クリフトは 余り実感が湧かなかったがとりあえず忠告してくれたミネアの心に感謝した。 「ありがとうございます、ミネアさん。」 底冷えする朝だった。クリフトが、宿屋のベットで目が醒めると、そこにはちいさな男の子がいた。 「は…?」 訳がわからずクリフトは混乱していた。男の子に見覚えはない。 その子はクリフトを見下ろし、覗き込んでいる。そしてつぶやく。 ”くるしぃよお、いたいよお・・・こわいよお…” はっきりと見えているが、よく見ると体が透けていた。そっと手を差し伸べるとわずかに触れたような気がした。 「大丈夫ですよ、もう、貴方を苦しめるものは、何もありません。」 ”ほんとう?” 「ええ、本当です。上を見てください。美しいでしょう?貴方が来るのをまっているんですよ。」 ”うん、光ってるね…きれいだね…ありがとう…” 「もう、貴方が迷われないように、お祈りしますよ…」 朝の祈りを済ませ、身支度を終え、そして宿の食卓へ向かう。 「おはようございます…」 クリフトはすでにへろへろになっていた。この短い間にも、たくさんの迷った者達がクリフトの前に現れ、たくさんの 人や魔物の邪念を感じ取ったからである。 惑う霊を外へ導くのはかなりの癒しの魔力を使う。それだけではない、人の悲しさ、苦しさに触れるのはたとえ神官と いえど、堪えるのである。そして精神が疲れたところへ邪念を感じるのだから、かなりのダメージとなっていた。 (ミネアさんが教えてくださって良かった…そうでなければ私はただ、混乱しているだけでしょうから…) 感応力が上がっているせいか、いつもはよほど注意したり、よほど強いものがぼんやりと見える程度にもかかわらず、 今日は普通の人間と見まごうばかりにはっきりと見えるのである。 朝の食事を終え、ミネアに話し掛ける。 「ミネアさん。」 「クリフトさん、顔色が悪いですわ…大丈夫ですか?」 「いえ、昨日おっしゃってた通りで…結構きついですね。」 少し笑いながらクリフトが言う。それを心配そうにミネアは見守る。 「やはりお辛いですか?慣れない方にはかなりの負担だと思いますわ。見える力が強いと迷う者が良く寄って来ますから。」 「ミネアさんは…いつもこのような?」 ミネアは見えるのだ。人の気や、霊が。 「私はもう、慣れてしまいましたから。子供の頃は少し大変でしたけれど。」 「それは…苦労なさってるんですね…」 ミネアは首を振った。 「おそらく今のクリフトさんほどではありませんわ。それに今の私はコツがわかってますから平気ですわ。それより クリフトさんのほうが心配です。」 「そうですね…正直言ってこれほどだとは思いませんでした。やはり、今は魔物が力をつけつつあるのですね… ミネアさん、先ほどコツがあるとおっしゃってましたが、どうすれば良いのでしょう?」 ミネアは少しためらうように言った。 「一番いいのは意識しない事ですわ…見ないでおこう、そう思ってしまうと逆に見えてしまいますもの…ですが 難しいでしょうね…クリフトさんは今日一日だけですからコツを習得しなくてもいいと思いますけれど…」 「意識しない事…ですか…」 ミネアの言うとおり難しい事だった。事実目の前に苦しんでいる霊がいる。たとえ精神的に辛かろうと、それを 見て見ぬふりは出来なかったし、「意識しない事」を実行に移すのは無理そうだった。 とはいえこのまま一日過ごしていては倒れてしまいそうな事も事実だった。 (いっそ寝てすごすというのは…いえ、神官ともあろうものが一日を病気でもないのに寝て過ごすなんて 怠惰な事は!) そう考えていた時、ミネアは声をあげた。 「そうですわ!子供の頃は今以上に感応力が強くて、すこしでも力の調子がいいと気分が悪くなったのですわ。 そんなときには姉さんに一緒にいてもらうと不思議とこの世にあらざるものが見えなくなりましたわ。向こうも 近づいてこないんですのよ。」 「そうなんですか?」 「ええ、幽霊にも自分を見て欲しい人物と近寄りがたい人物がいるようですわ。 人物、というよりは特性や「気」の性質かもしれませんわ。よくわかりませんけれど、 私やクリフトさんが「やすらぎ」の特性を持っていて、この世にあらざる人を癒してあげることができるのと 逆に、姉さんは「活力」の特性を持っているとでも言うのでしょうか?もう死んでしまった方には姉さんのような 気には、半端な霊は近寄れないのでしょうね。私の力があがっている時には姉さんの力も上がっていましたから 余計でしょうね。」 「なるほど…」 そう言われると納得できた。 (たしかにマーニャさんのような方は、闇に潜む者は近寄りがたいでしょうね。) 「ですから、今日一日姉さんの側にいれば、だいじょうぶだと思いますわ。私、姉さんに頼んでみます。」 そう言ってマーニャを探そうとしたミネアをクリフトが止めた。 「いえいえいえいえ、お心は嬉しいですが結構です!やはりこれは神からのお告げなのでしょう。私に 精進しろと!ですから頑張らせていただきます。お話ありがとうございました!」 くるりと体をひねらせ、仲間の来なさそうな村の奥へと向かう。自分の今の状態で、誰かに面倒をかけたくはなかった。 確かにマーニャは良い人だと思う。カジノを姫に教えようとしたりもする困ったところもある が美しく、明るいし、なにより姫とも楽しく話してくださる。だが。 (あのように刺激的な格好をした方の側に一日いるのは!!!!それにそんな事を頼みに行けば 、一日姫のことでからかわれるに違いありません!) どうにも苦手なことには変わりないクリフトだった。すでにクリフトは腹をくくる事にした。 (こうなればいっそのこと、ここに潜む迷う者を全て空へと還しましょう!)
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