「私は、寂しくて、冷たくて、苦しくて。こんな想いはもう嫌なの。オーネットは来ない。もういいの。 クリフト、貴方が一緒に来てちょうだい。」
(し、死者?あまりにもはっきり見えているので気が付かなかった…これも感応力が強いせいでしょうか? ですが、姫はこの方に挨拶をされていたのに?)
 クリフトは女性の手を振り払う。女性は邪悪ともいえる笑顔で笑う。
「困惑してるみたいね。嫌なの?私は幸せになれるでしょ?そう言ったじゃない。それとも、貴方も やっぱり裏切るの?」
 そうすごむ女性。その激情はオーネットへの愛の裏返しで。
「貴方は…思いが強すぎるのですね…だから、残ってしまったのですね。」
 感応力が低いアリーナに姿を見せるほどの強い思い。この人は疑心暗鬼から悪しき者へと変わってしまったのだ。
「誤解しないで。オーネットへの愛が強いんじゃないわ。騙されたって判ってる。ただ悔しいだけ、 辛いだけ。だから、私はここにいるの。誰かと一緒に逝く為に。貴方は私の頼みを聞いてくれるのでしょう?」
 クリフトは首を振った。
「いいえ、私はいけません。私にはいってはいけない理由があるのです。」
 女性は首をかしげ、クリフトに手を伸ばした。。
「理由…?もしかして、さっきの女の子?判ったわ、あの子を殺して憂いをなくしてあげる。だから、一緒に 来て頂戴…!」
 そういうとクリフトの首を強く締めた。
(手を、引き離さなければ…)
 クリフトは女性の手に、手をかけた。そして引っ張る。だが、びくともしない。旅に出る前ならばいざ知らず、 今のクリフトはそこらの王宮戦士より力があるはずなのにだ。
(この人はもう悪霊に成り果てている…疑心と不安に惑わされ、自分でもわからないくらい、悪しき心に支配されて いる!)
 クリフトはもがいた。どうしても、どうしても抜け出さなくてはならない。
(姫が…姫が危ういのに!こんな事をしている場合では…逃げなければ…)
 ここで死んだら、この悪霊は姫を殺しに向かうだろう。自分を殺しただけで満足できないのが、悪霊だから。 それは断じて許せない。そして
(私自身が死ぬわけにはいかない。お妃様を亡くし、王が消え、私が死ぬわけにはいかないのです!)
 そんな事をしたら、姫が悲しむ。あの黄金のような、姫がきっと涙を流す。だから死ぬわけにはいかない!
 そう思ってもがくが、手は一向に離れそうになかった。
「どうして無駄な事するの?どうせ駄目よ?そんな事をしても苦しくなるだけ。信じようともがいていた、私のようにね。」
 女性は優位を確信して笑う。クリフトは息も絶え絶えに言った。
「私は…そうは思い…ません…人を…信じら…れること…こそが…幸せに…なれる…じょ、うけん…の…ひとつ、ですから… わ…たしは、いけません…私、には…たった、一人と…きめたひとが…いる、か…ら…」
「そんなこと、どうでもいいの。さあ、行きましょう、クリフト。」
 そんな時、女性の後ろから声がした。
「クリフトに何をするのよ!リディアさん!」
 その声は、黄金の声。誰よりも、尊いたった一人の姫。


「げほ!げほげほげほ…」
 女性はアリーナの声を聞くと、するっと手を放した。クリフトは首を抑えて息をする。
(空気がこんなにおいしいと思ったことは初めてですね…)
「クリフト、大丈夫?」
 アリーナがクリフトへ近寄ってきた。しゃがんで背中をさする。
「どうして…姫がここに?」
 クリフトの問いにアリーナが答える間もなく、アリーナにリディアと呼ばれた女性―、いや幽霊が こちらへ向かってきた。
「どうして、貴女がここにいるの?」
「クリフトに何をしようとしたの?」
 女性の問いには答えずに、アリーナは立ち上がり、幽霊にすごんだ。
「別に。ただ、一緒にいってもらおうとしただけよ。」
「あなた、死んでるんでしょ?そんなことしたら、クリフトも死んじゃうじゃない!どうして、そんなことするのよ!」
「何よ、貴女には関係ないでしょう?」
「あるわよ、クリフトは私の大切な仲間なんだから!」
 幽霊は意地の悪い顔でアリーナを見る。
「姫…危ないですから…」
 まだ立ち上がることの出来ないクリフトが、それでも必死でアリーナに呼びかける。だが、アリーナはひたすら幽霊を にらむ。幽霊はアリーナにゆっくり近寄る。
「貴女なんかにはわからないわ。貴女みたいに綺麗な人は、きっと恋の辛さなんて知らないでしょう? 男に裏切られたりなんてしないでしょう?私みたいに、捨てられたりしないでしょう?」
「確かに、私は知らないけど、でもリディアさん…」
 アリーナの言葉をさえぎり、笑う。
「やっぱりね。恋なんていやな事ばっかりよ。人を愛するなんてしなければ良かった。私みたいな 田舎者が調子乗って馬鹿みたい。こんな辛い思いするなら、誰も好きにならなきゃ良かった。そんな 思いを知らないでしょう?愛なんて、この世になければ良い!」
「それは、違うわ!」
 アリーナが叫ぶ。幽霊は怒鳴った。
「何も知らないくせに、偉そうに言わないで!貴方みたいに人に愛され続けてきた人に何がわかるの!」
「私自身は知らないわ。私は…恋をした事がないから。そんなのよく判らない。」
 アリーナはきっ、とにらみつけて言う。
「それでも、私知ってる。どうしても相容れることが出来なくても、ただひたすら身を切るように愛し続けるような愛を、 たとえ逢えなくても、成就しなくても、相手の幸せをただひたすら願う、そんな恋を私知ってる。 それがどれだけ辛いか、私は見たもの!それでも、しなければ良かった、なんて言わなかった。その人たち精一杯 愛してたもの!」
 バルザックを抱きしめるマーニャの背中も、オーリンの無事を喜ぶミネアの表情も。それはクリフトにもアリーナにも 目に焼きついた思い出だった。
 クリフトは立ち上がり、アリーナを背にかばった。
「たった一人を想うことは苦しい事だけじゃありません。先ほど語っていらっしゃったじゃないですか。オーネットさんとの 思い出を楽しそうに。オーネットさんと一緒にいらした時はとても、幸せだったんじゃありませんか?」
「騙されてた時が幸せだったなんて、そんな事ないわ!今こうやって身を切るほど辛いのよ!」
「人を大切に思う気持ちは人を弱くさせ、迷わせます。けれどそれ以上に人を強くさせるのです。 一時の寂しさに迷わないで下さい。私は、貴方に安らかな心のままに天に上がって欲しいのです。 …それでも、アリーナ様に仇なそうとするならば私は貴方を消滅させなければなりません。」
 クリフトは剣を構えた。だが、それをアリーナが止めた。
「切らないで、クリフト。」
「姫様?」
「大丈夫だから。」
 アリーナはそう言って、幽霊の前へ出た。そうして、手にもっていたものを差し出した。
「リディアさん、これ…」
 それはくすんだ金鎖だった。その先に金のプレートがある、シンプルなアクセサリーだ。 リディアはそっとそのペンダントを握りしめる。ぽろぽろと涙を流す。
「オーネット…!」
 そのプレートには「いとしのリディアへ 永遠の愛を オーネット」そう彫られていた。

「私がここに来たのは、私達の馬車にそれが絡まっていたから。さっき宿屋に戻る時に、貴方の声が聞こえたから、 探していたの。」
「オーネット…オーネット…」
 リディアはただ、恋人の名を呼ぶ。自分は金をほとんど見たことがない。だが、おそらく これはオーネットが苦労をして自分に買ってきてくれたのだと判った。
「多分、オーネットさんは、もう、いない。この村に来る途中に、モンスターに…」
 あの森の中、斜面の下でオーネットは息絶えたのだろう。おそらく、ずっと前。白い花咲く 夏に。最後までリディアのことを思いながら。
「ごめんなさい…ごめんなさい、オーネット…」
 クリフトとアリーナはただひたすらリディアが泣く様子を見ていた。

「クリフトさん、ごめんなさい。」
 落ち着いたリディアはクリフトに頭を下げた。その首には金のネックレスがかかっていた。ネックレスは とても綺麗に輝いていた。
「いいえ、大丈夫です。リディアさん、オーネットさんと仲良くしてください。」
「ええ、オーネットはきっと天にいる。私みたいに留まったりしていないわ。」
 明るい顔で言う。それはあの時、オーネットのことを幸せそうに言った顔と同じだった。 リディアはアリーナの方を向いた。
「貴女も、ごめんなさい。ありがとう。」
「ううん、リディアさん、元気でね。」
 死者に言うには少しおかしい言葉でアリーナは別れを告げる。リディアはいたずらっぽく笑う。
「ねえ、アリーナさん。クリフトさんの事、大切?」
「ええ!」
 アリーナは純粋な笑顔で即答する。それが特別な意味がない事を知っていても、クリフトには嬉しかった。
「どんなふうに大切?」
 そう問われ、アリーナは首をひねり、考えた。
「よく判らないけど、クリフトがいないと安心して戦えないわ。ご飯だっておいしくなかった。いつも見てる空が どんよりして見えたし、何をしてても楽しくなかったわ。」
 リディアは笑った。とても楽しそうに。
「貴女が、いつまでもそんな風に純粋でいてくれたらいいわ。たとえ、恋をしても、私みたいに 歪んでしまわないで。」
「いいえ、リディアさん。貴方はほんのすこし疲れていただけですよ。歪んでなんていません。」
 クリフトが断言する。リディアはふっと優しそうに笑った。
「じゃあ、そろそろいくわ。せめて、お礼とお詫びをしようと思うの。…頑張ってね」
 そう言うと、リディアは光りだした。少しずつ薄れていく。そして、消える。チャリン、と音がして リディアのいた場所にはあのネックレスが光っていた。

「ねえ、クリフト。オーネットさんの遺体、見つけてあげられないかな?リディアさんの隣りに 埋めてあげたいの。」
「そうですね。明日の朝、探しましょうか。」
 既に日は暮れていた。この状態で森の中を探すのは危険だった。アリーナはネックレスを優しくみつめた。
「うん、そしてね。このネックレスをリディアさんのお墓にかけてあげたい。これはリディアさんのものだから。」
「そうですね、リディアさんも喜びます。」
 アリーナは闇に包まれた空をみつめる。
「リディアさん、今ごろオーネットさんに出会っているかしら…」
「ええ、きっと逢っていらっしゃいますよ。」
 クリフトはそう言って微笑んだ。アリーナもつられて微笑む。その時、クリフトの眼に白いものが映った。
「白い…花…?」
 真っ白なものが空から降ってくる。少しずつ、ゆっくりと。
「そんな、今は冬なのに…」
 アリーナはそれに手を伸ばす。それはアリーナの手の中で消えてく。
「綺麗ね…」
 クリフトも手を伸ばす。それは淡く消える白雪だった。
「これは雪…ですね…」
「とっても綺麗ね…」
 空に手を向けながらアリーナは言う。
 広場にも雪が積もる。少しずつ、少しずつ。それはまるで白い花が咲いているように。
「リディアさんの言ってたお礼ってこれかしら?」
「きっとそうですね。…そういえばお礼を言っていませんでした。助けていただいて、ありがとうございました、姫様。」
「どうしたしまして。当たり前の事よ。クリフトは私にとって、とても大切な人だもの。」
 その笑顔はとても綺麗だったから。一度だけ「頑張って」みようと思った。
 その言葉をクリフトは微笑んで言う。特別な思いをこめて。
「私も、姫様のことが大切ですよ。姫がいなければ、空に太陽が登らないほどに。」
 いつものクリフトの顔、いつもの声。なのに、なぜかどくん、と何かが鳴った気がした。何かは アリーナには判らなかったけれど。
「そろそろ帰りましょう。ここにいては冷えてしまいます。」
 クリフトの胸も高鳴っていた。けれど、できるだけいつもと同じようにアリーナに話し掛ける。
「そうね…うん、帰りましょう。」
 赤くなった顔を雪で冷やしながら、アリーナは歩く。

 この想いに気がつくのは、あともう少しの話。


 …短編って言ってたよね、私。言ってましたよね?14500字はさすがに短編じゃない気がします、私は。 一応最初は短編のつもりでしたが、結局いつもの分量と大して変わらなくなってしまいました。
 そんなわけで、自称1万ヒット「短編」第一弾でした。
 一応ミント様とそらまめ様(そらまめ様は「ふたりの気持ちが通い合った幸せなお話」でしたので 少し違いますけれど…)のリクエスト「クリアリ小説」に答えたつもりです。未熟ですけれど… クリアリ小説はもう一つ書きます。
     
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