「もしもあなたが。」(C.ver)



 短期間でいろいろな事があった。クリフトは月を見上げ、物思いにふける。
 アリーナ姫の出奔、それにお供する旅。生贄に誘拐、姫の武闘大会の優勝、そして…城の人たちの 失踪事件。その行方を探る為、新天地を目指し、今、砂漠前の宿屋にきていた。
 砂漠を渡るためには馬車がいる。しかし定期馬車は武闘大会終了直後に帰っていった客を乗せ、まさに 出発したばかりだったのだ。アリーナ、クリフト、ブライはこの砂漠の宿屋で最低20日の足止めを食らっていた。
(砂漠は面白いですね。昼はあんなに暑いのに、月が昇る今、こんなに涼しい。)
体調を崩さないよう、一緒にきている老魔法使いのブライの体調に気を配る必要がある。が、それよりも もっと気を配らなければいけないもの。それは。
(…これでアリーナ姫様が大人しくしてくださっていれば。私もこの砂漠で、神の信仰を人々に広める事ができるのに…)
 クリフトは別にアリーナも面倒を見るのが嫌なわけではない。むしろ光栄に思っている。しかしだ。

 (いくら退屈だからと言って、同じく馬車を渡る砂漠の男どもに片っ端から戦闘を挑むとは少々やりすぎではないでしょうか、 アリーナ姫様…)
 そう、ここにとどまり早二日。クリフトの主君アリーナ姫は退屈だ、退屈だといって同じく馬車を待つ男や、 砂漠にすむ馬車の管理人に片っ端から戦闘を挑み…片っ端からコテンパにしていったのだ。 荒くれ者をいたというのにだ。最初はそれでも良かった。相手は女だと手加減していたからだ。 そのうち、武闘家だと本気になられ…そして二日目の夕方にして、その強さ、その美しさから武闘大会優勝者 だとわかり、誰も相手にしてくれなくなっていた。
(いや、それだけでしたらいいのです!むしろ喜ばしい事です!しかし神よ!)
 いつのまにやら物思いから神への祈り…いや愚痴に変わったクリフトの心のつぶやきは熱さを増す。
(その退屈しきった姫に、強い魔物の噂を聞かせるなど!あの旅人!何故そのような事を!)

あれは皆がアリーナ姫を相手しなくなった夕飯時。ここは弱い男ばかりだ、と自分の強さを棚に上げ、 文句をいい、ブライにしかられているその時、隣のテーブルで旅の商人が、連れに酒の勢いでこう言ったのだ。
「ここから東に行った洞窟には凄い宝が眠っているらしいが、余りにも魔物が強く、誰も手が出せないらしいぜ。」
 向かいのテーブルで男が言った一言を姫は聞き逃さなかった。その後すぐ殊勝な態度を取った事がその証明だ。
(ああ、きっと明日になればその洞窟に行きたいと言い出すのでしょう。しかし私とブライ様でアリーナ様を 守れるのでしょうか…)
 ブライも明日のアリーナ姫の無茶に備え、早々に寝てしまった。説得するつもりではあるが…おそらく諦めたほうが よいだろう。なんだかんだいってもブライもクリフトもアリーナ姫には甘いのだ。
 クリフトはふう、とため息を付いた。なんだかんだいってもこの気温差は体にこたえるのだ。
「私もそろそろ寝ましょうか。」
 明日に備えて自分の寝ておいたほうがいいだろう。そう思い就寝しようとした時… ガタン、と廊下で音がした。
「なんでしょう?窓が開きっぱなしだったのでしょうか?」
 そういいながら外に出ると、確かに廊下の窓は開いていた。が、窓ガラスにかすかに残る、このグローブの 跡はなんだ?
 急いで下を覗くと、そこから先に見覚えのある帽子と、栗色の長い髪が見えた。…間違いない。どうやら 自分はまだまだアリーナ姫様を甘く見ていたようだ。そうだ、 姫は大人しく朝まで待ってくれる人間ではなかった!てっきり姫もこの気温差がこたえているかと思いきや… どうやら元気なようだ。それはそれで喜ばしいのだが、もうちょっと大人しく…。
(アリーナ姫様がアリーナ姫様がであり続ける限り、きっとそれは無理なのでしょうね…)
 そんな事をただのんきに考えていたわけではない。 クリフトは自分の部屋に戻り、武器、防具、道具を適当に手に取り、アリーナのあとを追った。

(私が姫に追いつけるでしょうか…)
 外から見下ろした時、アリーナは全力で走っていた。素早さが武器の一流の武闘家であるアリーナに、神官である 自分が勝てるだろうか?そう思い持ってきた道具袋を漁ると、幸いにして聖水が入っていた。自分に振り掛ける。 そして走ると、向こうから聞き覚えがある声がした。
「もう、弱いモンスターばっかり!やっぱり洞窟の敵に期待しよっと♪」
 どうやら出てきたモンスターをあっさり倒したようだ。しかしそのタイムラグで、多少追いつくことができた。 その後もアリーナはなにやら大きな声で、色々ぶつぶつ言っているため、その声を頼りに方向を定め、 アリーナがモンスターを倒している隙に間を詰めていったため、どこにいるのか判らなくなることはなかった。
 ただ、追いつくにはまだ足りないようだ。しばらくするとアリーナは洞窟を見つけたらしく、意気揚揚と入っていった。

(ようやく姿が見えるまで追いついたというのに…しかたありません、せめて洞窟で姫が怪我なさらないよう、 サポートしなければ。)
 そう思いクリフトは洞窟の中に入り、足を進める…そして仰天した。扉は蹴破られ、石壁は破壊されているではないか!
(姫様…本当に退屈されていたのですね…)
 これではほっておくとどんな無茶をするか判らない。急いで止めなければ、と先を急いだ。
 すると直線の廊下があり、その先にアリーナ姫が見える。なにやらきょろきょろしているようだ。今がチャンスだ! 足をすすめながら呼び止める為に声を出そうとした。
「ア…」
 すると突然足元の床がなくなった。…落とし穴だ!呼び止めようとする声を置いてけぼりに、クリフトは下へ落ちていった。

「うう…」
 ほどなくして下に落ちた。どうやら一階分だけだったようだ。急だったが、クリフトは床に打ち付けられるのには慣れている。 アリーナ姫の武芸の練習に昔からよくつき合わされたからだ。頭は打たなかったので、体の異常を確かめながら クリフトは体を起こした。どうやら異常はないようである。
「さて…姫は上でしょうか…同じように落とし穴にはまっていなければ良いのですが…」
 アリーナには受身が取れるとか、そんなことはクリフトの頭の中にはなかった。アリーナは 守るべき姫なのだ。とりあえず上へ向かう階段を探す事にした。

 しばらく歩くと少し大きな部屋に出た。姫はいないだろうか?それとももうすでに強い魔物とやらに 出遭われているのではないだろうか?
(急がなくては)
 不安な心がクリフトの胸を支配していく。早く、早く探さなくては!姫がもし、怪我をされていれば…
「クリフト?」
 走り出そうとするクリフトの背中から声が聞こえた。クリフトは振り返る。
「姫…?」
 青い帽子、ゆるやかな栗色の髪、装備した鉄の爪。確かに最後に見た、アリーナ姫だ。
「なあんだ、クリフト、来たんだー。」
ため息混じりにアリーナは言う。
「でもまあ、いっか。せっかく来てくれたんだもんね。心配してくれたの?私なら大丈夫なのに。」
 ゆっくりと歩を進めながらアリーナは言葉を重ねた。
「いいわ、一緒に行きましょう、クリフト。貴方がいてくれて、私とっても嬉しいわ…」
 吐き出されるは、甘い吐息。そして差し伸べられる手。その手はゆっくりクリフトの首に回され―
「よるな、化け物。」
 その動きはクリフトの剣によって止められた。 硬い手ごたえ。その剣は胸を刺している。粉塵とともに血が流れた。溢れる血。返り血が服を、 頬を染める。アリーナはゆっくり姿を変えた。おぞましい化け物に。
「ナ、ナゼダ…」
 こちらを見ながら魔物が言った。誰にも見せないような冷たい目でクリフトは返した。こいつは 姫を汚したのだ!
「少しも似ていない。お前のような汚らわしいものに、姫を真似られるものか。 人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ。」
 姫の価値は姿ではない。魂だ。いくら形を似せたとて、そのオーラが、目が、しぐさが、心が 違えばそれは別物なのだ。自分が姫を見間違えるはずがない。 自分はアリーナ姫はその内側の力に、いつも魅せられるのだから。
 粉々になっていくモンスターを振り返りもせず、クリフトは走り出した。逢いたくなった、無性に。 愛しい姫、その心、体、全てが力に溢れている。そして。
(もしも、姫が同じ化け物に遭っていたら。)
 あの化け物が同じ時に入った仲間に化けるもので、自分に化けているならば姫は モンスターを撃退できるかもしれない。それはいい、そんな事はかまわない。 しかしもし、自分の心の一番大切な人を写し取るものだったら。もしもブライ様や、 王様に化けていたら。
(たとえ魔物だと気づかれていてもきっと辛い思いをなさる。姫が、王の姿を したものに攻撃しなければならないなんて。)
 そしてもし、魔物だと、気がつかなかったとしたら。辛い思いをなさるか… もしかしたら…

(そんなことは、させない。何に変えても)
 守ってみせる、命に代えても。必ず。

 そして足を進めるとその先に自分の後ろ姿があった。その向こうには…
(アリーナ姫!!)
 走りすぎて声が出ない。剣を抜く。疲れきった足をそれでも速め、構える。クリフトの形を した魔物はアリーナに剣を振り下ろそうとした。
(させる…ものか!!!)
 そうして、自分の剣は、胸に突き刺さる。しかしクリフトはその時には既にそのものを見ていなかった。 見ていたのはその先。傷を負った愛しい姫。…自分の…せいで…

 回復魔法をかけようとしてしゃがみこんだクリフトのその気持ちは、申し訳なさと少し嬉しさが混じっていた。その気持ちが さらに後ろめたくて。傷を治してもつぐいきれないように思った。…どうしたら…
 すると突然、アリーナはクリフトを抱きしめたのだ。まるで、その罪は赦されるというように。
「ひ、姫様!?」
 心を見透かされたような気持ちと、そして戸惑いと嬉しさ。そしてなによりも赦された、その気持ちが 幸福感と変わる。人は神に赦されるというが、それよりも嬉しいものなのか、人に、愛しい姫に 赦されるという事が、こんなにも人を嬉しくさせるものなのか。名残惜しかったが…そっと放した。

 回復魔法をかけ、出血が激しい姫をいたわりながら、クリフトはアリーナに事情を話した。あれは魔物の化身だと。 仲間に姿を変えるものだと。もう一つの推論は言えなかった。おこがましすぎて。
 そして、自分の姿をしたものに姫が傷つけられた事が無性にはらただしかった。もし、普通に モンスターが出てこれば、アリーナ姫は一撃であの魔物を倒していただろう。自分の 姿をしていたからこそ、姫はあのように傷ついたのだ。攻撃してくる自分に躊躇してくれた。 それが嬉しく、そしてたまらなく申し訳なかった。 頭を下げるだけでは気がすまないのだ。一体自分はどうすれば償える?
 そして予期せぬ姫の台詞。姫には似合わない、自分を自虐する台詞。自分を否定して欲しくなんかなかった。 姫には笑顔でいて欲しい。そのためなら自分なんて。自分なんて。
「姫様。もし次に私の姿をしたものが姫を襲っても、その時は躊躇なく私を倒して下さい。」
 そう、もし本当に自分が操られて姫を襲う事になったら、その時は姫に殺されてもかまわない。 姫を襲うような自分は、自分ではないのだから。 姫を攻撃する自分など、外見がそっくりな魔物と同じだ。 それが姫を傷つけるくらいなら、 姫に殺されてしまいたい、そう思った。そんな事では償えないかもしれない、けれど。
 自分を攻撃できないといってくれた姫の言葉が嬉しかった。 それでも次にこんな事になった時、自分を殺して欲しかった。 もうこんな想いはしたくなかった。そんな自分に姫はこう言ってくれたのだ。

「私は貴方が攻撃してきたら攻撃します。だからクリフト、もし操られているのなら、一撃で 絶対に正気に戻りなさい。」

 それは赦しではなかった。罪ではない、と姫は言うのだ。 あんな事があったのに、それでも自分を信頼していてくれる。自分は… その信頼に答えていこう、何があっても、命をかけて。
「はい!アリーナ姫、約束いたします!」
 それは生涯の誓いとなるだろう。けして破られる事のない確かな誓いに。

「それではそろそろ帰りましょう。もうここは、こりごりだわ。それにしても ブライの授業、何の役にも立たなかったわ、もう二度と授業聞かないんだから!」
 強がりながらそう言って起き上がったアリーナは、少しよろけた。クリフトはそれを支える。
「大丈夫ですか?回復魔法では血は増えません。もう少し休んでいらした方が…」
「そんなこと言ってたら夜が空けちゃうわ。ブライも心配するもの。私なら大丈夫よ。一緒に帰りましょう。」
 そういうアリーナの顔はなんだか青かった。いまだ貧血状態なのだろう。
(私に心配をかけたくないのかもしれませんね。こう言い張る姫は絶対に譲らないでしょうね。では…どうすれば…)
 ためらいはあった。あんな事の後だ。けれど、姫の言葉は嬉しかった。姫が愛しかった。だからという事は 否定しない。
「失礼いたします。」
 そしてクリフトはアリーナの背中を持ち、ひざの後ろをかかえ、抱き上げた。アリーナは一瞬呆然とし、暴れた。
「ク、クリフト!なにを!」
「ご無礼申し訳ございません。けれど姫様を貧血で倒れさすような事になってはいけませんから。」
「無礼だなんて思わないけど…貴方、疲れてるんじゃないの?」
 そういう姫が、愛しくて。あんなに力強いのに、こんなでも華奢で軽い。 こんな風に抱きかかえるのは何年ぶりだろうか?昔は自分の部屋でうたたねする姫を、 よく寝室までお連れしたものだ。そう思うと笑みがこぼれた。
「大丈夫ですよ、姫様。私も一応男ですから。姫様一人くらい抱きかかえる力くらいありますよ。」
「私だって大丈夫よ!歩けるわよ!帰りだって魔物が出てくるかもしれないのに、どうするのよ!」
 どうやら素直に抱きかかえられてくれそうにない。降ろしても良かったかもしれない…けれど。 放しがたかった。だからクリフトは笑ってこう言った。
「そうですね…私はさっき走りましたから、もう敵と戦う体力は残っていません。ですから敵が出ましたら 姫、貴女にお任せいたします。ですが姫様も体力を消耗なさっているご様子。戦略的に考えて、 私が運び、姫に少しでも体力を回復してもらい敵が出れば敵を倒す、というのがよろしいのではないでしょうか?」
 そう言うクリフトの笑みを見て、アリーナはなんだか嬉しかった。あのクリフトとまったく違う、心やすらぐ笑みだった。 そして普段使わない戦略なんて言葉を使い、自分を守ろうとするクリフトが妙に楽しかった。
(たまにはいいかもしれないわね。こんな風に誰かにもたれかかってみるのも)
「わかったわ、その代わり敵が出てきたら、ちゃんと隠れてなさいね。」
 アリーナは茶目っ気たっぷりな顔でそう言った。そうして二人は洞窟を出た。

 行きがけの聖水がまだ残っているのか、モンスターは二人に近づく事はなかった。
 姫を抱きながら宿屋に帰る。夜風を頬に受けながら、今日のこの日はきっと忘れないだろう とクリフトは思った。史上最悪の日。そして、史上最高の日。
 宿屋の明かりが遠くに見える。アリーナはしばらく考え事をしていたようだが、 いつのまにか眠ってしまったようだ。昔のように。
「姫様…私と同じ姿をした物が攻撃できなかったという事、少しだけ…嬉しかったですよ…。」
 いつか姫は女王になられ、いつか誰かと恋をされて、結婚なさるだろう。それでも自分は、 姫を守っていきたい。姫のこの信頼を裏切らないよう、生涯かけてこの腕の中の 小さくて暖かで、それでいて力強い宝を守っていきたい。

 神よ、願わくば、今のこの気持ちを生涯忘れずにいられますように。

  というわけで、クリフトバージョンでした。どうでしたでしょうか?プレゼントさせていただいたページでは、 クリフトバージョンの方が好評でした。だけど、私は好きだからこそ、見誤る、というもの愛情だと思っています。 アリーナの場合、もしあれがブライだったら、きっとこうはならなかった、と思ってます。
 実は「愛する偽者が送ってくる」バージョンは、あと3人分(マーニャ、ミネア、ラグ)あるんですが、 上手く違いを出して、楽しませられる自信がなかったので止めました。いつか精進したいものです。
 この小説のタイトル。これは「もしも貴方が襲ってきたら…」と言う意味。そして「もしもクリフト、アリーナが この洞窟に入っていたら…」と言う意味。そして「もしも裏切りの洞窟が、愛する人を映す化け物が襲ってくる 洞窟だったら…」と言う意味をこめてみました。単純ですね(笑)
 最後に本編に、ちょっとだけ、この短編を含めた描写がしてあります。見てない方は、ちょっとだけ見てみてくださると 嬉しいです。初の拙いクリアリ小説を読んでくださって、ありがとうございました。


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