驚くほどやさしく、冷たい地面に降ろされた。それをきっかけに目が覚めたふりをして体を起こす。
「こ、ここは?」
 周りを見渡すと、洞窟の中にある、牢の中だった。奥を見ると10人ほどの女達がこちらを同情する目で見ている。
 あえて鉄格子の扉のところに手をやり揺するが、大きな鍵がついている。 外を見ると、予想通り、全身を赤い鎧に包んだキラーアーマがこちらを見ていた。
「逃げようとしても無駄だ。ここは砂漠の東の果て。仮にお前が逃げ出しても、モンスターに見つかって食べられるか干からびる だけだ。それならば我が主に食べられるがいい。」
 そう言ってキラーアーマーは自分のあごに手をかける。
「エルフが手に入るとはな……なんとも幸運なことだ。今は主がいないが、帰ってきたらお見せしよう。それまでくれぐれも 大人しくしているようにな。」
 それだけをいうと、モンスターはがっしゃがっしゃと音を立てて牢屋の部屋から出て行った。


 大丈夫だろうかと、空を見上げる。なにやらモンスターが砂漠の方からやってきたのが見えたのだ。
 勇者の案内でと、町の人々は貴重品や食べ物を持って、教会へと集まっている。再び身に纏った天空の鎧は少々 窮屈だった。
「これで全員です。勇者様。」
「ありがとうございます。これから何があってもここを内側から開けたり、外を覗いたりしないでください。ただ、僕が逃げてきた女の 人たちを入れる事はあると思います。そうしたらすぐにまた鍵をかけてください。」
 その言葉に、神父と宿屋の男は頷いた。かちゃんと鍵がかかる。それを見て、微笑んだ。
 かつて、同じようなことがあった気がする。まるで逆だが。
 あの時は、勇者を守るために村人が立ち上がった。けれど、今は村人を守るために……そう考えると 笑みがこぼれてきたのだった。


「可愛そうに……貴方もアネイルに?」
「ねぇ、私のお父さん、どうしている?心配していた?道具屋なのよ。」
「もう何人も食べられたわ……皆あいつらのせいよ……帰りたい……。」
 しくしくと泣く女達を尻目に、とりあえず隠し持っていた袋を出した。これを取り上げられたらどうしようかと 思ったが、魔法がかけられたこの袋は、容量とは裏腹にとても小さいので盗賊たちにも見逃してもらえたらしい。
「大丈夫です、心配しないでください。……私は、貴方達を助けに来たんです。」
 そう言って女達一人一人にキメラの翼を渡した。
「幸い、私が一番早くモンスターに呼ばれるようです。なんとか隙を見てここを開けますから、そしたら逃げましょう。 そのキメラの翼はいざというときの為に渡しておきますね。」
 女達はおずおずと受け取ったが、信じられないようだった。それも仕方がない。にっこりと笑う自分は線の細い エルフの娘で、とても強そうには見えないのだから。
「信じてくださらなくてもいいんです。ただ、そのチャンスが来たときは、それを逃さないでください。」
 こつこつと足音高く、誰かが来る気配がして、急いで話を打ち切った。


「出ろ。エルフの娘。」
 先ほどのキラーアーマが、扉を開けてそう促す。奥にいる女達に目配せして、そっと扉から牢屋を出た。
「主が帰ってきた。こちらに来い。」
 鍵を閉めなおしたキラーアーマーが、腕をつかむ。痛いかと覚悟したが、その手はそれほど強くはなかった。
「感謝しよう。お前がのこのこあの町に来てくれたからこそ、これほど早く主に対面が許された。」
 表情が伺えないのがやりにくい。こつこつと連行されていくさなか、何匹ものモンスターとすれ違う。その数はかなり 多いようだった。おそらくデスパレスからこちらに流れてきたものもいるのだろう。
 幸い、それほど歩く事はなかった。石で作られた扉は立派なものだった。
「おう、新入りか。ああ、それがお前が言っていた手に入ったエルフだな。」
「エルフを食うと寿命が増えるとか。さぞアンドレアル様もお喜びだろう。」
 見張りの言葉に、キラーアーマーが頷く。
「戻られたと聞いたが。開けてくれないか。献上したい。」
 そうして、石の扉はゆっくりと開けられた。


 そこは、じめっとした広い空間だった。中央には玉座がすえられている。やはりモンスターもこういうのが好きなのだな と思いながら、キラーアーマーの腕につかまれるまま部屋に入った。
「連れてまいりました。」
「そうか……確かにエルフの娘だな。」
 キラーアーマーの言葉に、声が響く。
「お気に召しましたでしょうか。」
「ふむ。なかなか良いようだな。ちと下がれ。」
 キラーアーマーはそう言われ、入り口近くまで下がって頭をたれた。
 ずぅうん……ずぅうん……ずぅうん……
 部屋の奥から粉塵をあげながらやってきたのは、確かに巨大な赤い竜だった。一度だけ見た竜に、似ている、気がした。
「……なかなか上手そうだな。エルフの娘よ。お前を食えば不老不死になるというのは真か?」
 そう問われ、びくっと震えてみせる。それを見て、竜は苛虐な笑みを浮かべた。
「ふむ、すぐに食べるも良いが、その前に色々試してみるのもおもしろかろうな。涙はルビーとなるが、血はどうなの だろうな……?……黙っているのもつまらんな。何か話せ。か弱き声で命乞いを叫ぶがいい。」
「…………貴方が、ここの、主の……アンドレアル……?」
 か細い声でそう言ったエルフの娘に、竜は一瞬目を見張る。
「そうとも、私こそ、デスピサロの四天王の一人、アンドレアルだ!!」
 がしゃんがしゃんと背後で金属音がした。
「よくぞ言った。」
 そう聞こえた声は、涼やかだった。嫌な予感がして、振り向くことができない。だが、 現実は無常にも前の竜が、それを告げた。
「ピサロ、様…?!」
「お前ごとき下種が、我が名臣アンドレアルの名を騙る罪、その体だけではあがなえぬと思え!」
 魔王デスピサロが自分の横へと立ち、暗黒の剣を抜いていた。


 銀色の髪。黒い剣。鎧を着けていないのは、先ほどまでキラーアーマーの鎧を着けていたからなのだろう。それでも それは確かに、かつて見た魔王で間違いなかった。
 自分の視線に気がついたのだろう。魔王は剣を構えながら、小声でこちらにささやく。
「勇者のエルフよ、女達を助けに来たのだろう。とっとと助けて勇者の元へ戻るがいい。」
 その言葉に、戸惑いはしたものの、結局本来の目的を果たすために、来た道を戻ることにした。




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