しばらくして、教会の奥へと話し合いに引っ込んだ若い男女の旅人が、姿を現したとき、神父、シスター、そして 宿屋の男は息を飲んだ。 部屋から出てきた若い男は、この町の人間ならば誰もが見たことがある、天空の鎧を身に纏っていたからだ。 「ちょ、ちょっと困るよ、あんた。それはこの町の宝なんだ、勝手に触ってもらっちゃ……。」 「部屋を確認してください。そこに鎧はちゃんとありますよ。」 若い男の言葉に、神父は恐る恐る部屋を覗くと、確かにそこに、白銀に輝く鎧があった。 「どういうことだ?」 「ここにあったリバストさんの鎧は、何者かに盗まれていて、偽物だと言う事はご存知だったでしょうか?」 若い男の言葉に、神父は神妙に頷いた。 「はい、うすうす気がついておりました。」 「ああ、先日、勇者が現れて、魔王を倒したとき、天空の鎧を装備してたって……あんた、まさか…!」 「はい、僕は……魔王デスピサロを倒した勇者です。」 その言葉に、三人は目をむいた。 仰天していたが、宿屋の男は首を振った。その勇者がいくらなんでもここまで若いとは考えがたい。 「いや、あんたが本物だって証拠はどこにある。なんか証拠を見せてくれないと信用できないね。」 そう言うと、横にいた若い娘が袋から盾を取り出した。その白銀に輝く盾は神秘的に輝き、確かに鎧と 同じものだと分かった。 「装備してみてくださいますか?」 そう促され、装備しようと盾を持つと、とたんにその盾は重さを増し、床に落ちた。しびれた手を握りながら、宿屋の 男は叫ぶ。< 「な、なんだ?突然重くなったぞ?!」 「はい、そうなんです。この天空の装備は持ち主を選びます。もちろん鎧も、勇者にしか装備できません。これで 信じていただけましたか?」 勇者はそう言って、盾を持った。 神父とシスターは神に感謝しながらほとんど泣いていた。この危機的な事態に、勇者が現れる。これが神の采配でないとは どうしても考えづらい。 勇者は再び元の格好に戻り、三人で教会を出ることにした。 作戦はこうだった。観光の帰り道、案内をしている最中、若い娘がふと、おみやげ物のアクセサリーに目を奪われ、立ち止まる。 しばらくじっと見ているうちに、男達とはぐれ、一人になり、追いかけようと足を運ぶ……そんな当たり前の光景。 その瞬間を捕らえてもらい、荒くれ者からモンスターに手渡され、アジトに運ばれる。 そして入り込んで他の女と逃げてくる……という作戦だった。 若い娘を囮に使うことに難色を示したものの、勇者の仲間だけあってか、娘も魔法の使い手らしく、リレミトやルーラ、 簡単な回復魔法と攻撃呪文を使うことができるらしかった。 当然アジトは混乱し、そこからモンスターや盗賊が責めてくるだろう。そこで娘がさらわれたら、町のものは全て教会に集まって もらい、後は勇者がすべて追い払ってくれる。 もちろん、勇者とはいえ、若い青年一人に任せるのは忍びなかったが、呪文に巻き込まれること、逃げてくる娘達をかばう だけで精一杯であると諭され、素直にその作戦に乗ることにした。 「大丈夫です。かならずうまくやりますから。信じてください。」 「心配しないでください。必ず皆を連れて帰ってきますから。」 勇者と若い娘が、そうにっこりと笑って宣言した。 勇者としても、おそらく恋人であろう若い娘を囮に使ってまで、助けようとしてくれているのだ。 それに乗らないわけにはいかなかった。 そして、その勇者の策どおり、盗賊どもがその餌に引っかかったのを確認して、神父たちは人々を集めるために町へと散った。 二人に追いつく演技をしながら、魔力が来るのを気配で察した。 一般人と、ただの人間ではない自分とは魔力の量が違う。不意打ちでなければラリホーの魔法など効きはしない。だが、 罠に引っかかってもらうため、そのまま体をふらつかせ、寝転び、目を閉じる。 盗賊たちは藪から現れ、荒っぽく抱き上げるのを、目を閉じながら感じる。どうやらそのまま藪から町の外に出るのだろう。 そこかしこに枝が当たって痛い。 それでも眠った振りをしていると、やがて地面に置かれた。 がららーん、がららーん。 荒い金の音が響く。これが魔物への合図だろうか。しばらくして音がやみ、盗賊たちが自分の近くへとやってきた。 「……なぁ、これ、エルフだぜ?」 「まじか、あの泣くとルビーを出すって奴か?」 「なぁ、これ魔物に売らずに飼っておいた方が儲かるんじゃないか?」 その展開は考えていなかった。 もともと穴だらけの作戦だが、そうされてしまうと非常に困る。いっそ起き上がって敵を倒し、計画を練りなおした 方がいいのだろうか、そう考えたときだった。 頬に風を感じた。その風はゆっくりこちらに近づいてくる。 「それは困る。はるばるここまで来てやったのだ。主もお待ちかねだ。」 妙にくぐもった低い声。おそらくモンスターの声だろうか。何かに乗ってきたのだろう。地面に衝撃が 走り、どすん、と低い音とかすかな金属音がした。 盗賊の舌打ちが聞こえた。 「俺達はお前達の手下じゃない。商売やってんだ。」 「……なるほど。しかし飼うのにも手間がかかるだろう。なによりルビーは粉になって売るのに手間もかかるらしいが。 ……そうだな、いつもの2倍でどうだ。主もたまには変わったものが食べたいだろう。」 盗賊たちは少し戸惑ったようだが、やがて声をあげる。 「2倍じゃ安いな、5倍は出してもらわにゃ!」 「さすがに5倍の価値はあるまい。……2.5でどうだ。」 「3倍!」 「いいだろう、3倍だな。」 じゃらじゃらと音がする。その音は宝石の音だとなんとなくわかった。やがて 魔物の気配が近づき、しばらく観察されているようだったが、ふわりと持ち上げられ跳び上がる。思わず 声が出そうになった。 「主も喜ぶだろう。ご苦労だった。」 モンスターは自分を肩で持ち、もう片方で何か、おそらく手綱を振ると、そのまま空に浮かび上がった。空飛ぶモンスターに 乗っているのだろうか。 体が冷たい。 うっすらと目を開けると、赤い鎧が目に入った。 視線だけ下に移すと、そこはやはり砂漠だった。どうやら東に向かっているらしい。それだけ確認すると、また目を 閉じて寝た振りをすることにした。 体がゆっくりと降下し、やがてモンスターと共にどこかの洞窟へと入っていった。 |
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