豪華絢爛な祭りも、終盤に入ろうとしていた。
 ようやく窮屈な衣装から解放され、セイとリュシアは旅装束へと戻っていた。
 ラベンダー色のドレスを着ていたリュシアは、一見の価値ありだったが、それでも見慣れた 旅装束の方がいいなと、セイはちらっと考える。
「トゥールさんとサーシャさんは、絵師のところから直接そちらへ向かうように準備を整えてあります。」
 そう言って部屋においてきた荷物を手渡してくれたのは、エルネスト王子だった。
「……ありがとう。わたしたちのことも、黙っててくれた。……どうしてそこまで?」
「世界を救ってくださったお礼もあります。それに何より私は皆さんが好きですから。トゥールさんも サーシャさんもセイさんも、リュシアさんもね。恐れ多いですが、友人のように感じております。どうか、お元気で。 もしよければ、いつか会いに来て下されば嬉しく思います。」
 王子はそっと、手を差し出した。リュシアはその手をにぎりにこっと笑う。
「ありがとう。」
「……。ありがとうよ。」
 それを見ながら、セイはなげやりにそう言った。
 そうして王子が見送る中、セイとリュシアは窓から、まだ暗いラダトームの町へと逃げ出した。
「セイは、王子様、嫌いなの?いい人なのに。」
「……まぁ、悪い奴じゃないのは分かってるんだが。」
 セイはリュシアを見ながら複雑な表情を浮かべる。
「?」
「……まぁ、いいさ。時間はたっぷりあるんだしな。また今度ゆっくり話す。」
 首をかしげながら歩くリュシアに、セイはそれだけを言って微笑んだ。


「なんだか身が軽いや。」
 ようやく城から脱出したトゥールが、解放感に身を任せ、ぐっと伸びをする。
 王者の剣も、勇者の盾も、光の鎧も部屋に置いてきた。それを重みに感じたことなどなかったはずなのに、 これほど身が軽くなったのは何故だろうか。
「良かったの、これで?」
 隣でそれを見ていたサーシャが、妙に真剣な表情で問いかける。
「せっかくトゥールはあれだけ頑張ったのに。トゥールの名前はどこにも残らないわ。トゥールが勇者だという証拠も。」
「そういうサーシャだって、光の玉、置いてきたんじゃないの?」
「あれは私には必要のないものよ。この世界のためだもの。それにどうせ私にはもう使えないしね。」
 そう笑うサーシャに、トゥールも笑い返した。セイ達がいるはずの町の外れまで歩きながら頷く。
「僕もだよ。使い道ないよ。あんな武器。ゾーマにはちょうど良かったけど、ゾーマがいない今、あんな強い武器を必要と する敵なんていないからね。」
 そうして、自分の腕を見た。旅に出てから、ずいぶんと鍛えられてきたこの腕。
「……勇者もさ。必要ないよね。もう。今なら……父さんにあった今なら分かる。サーシャがいってた通りだ。 父さんは僕を勇者として旅立たせたくなかったんだろうね。……あれ。」
 ぽたりと、トゥールの目から涙がこぼれた。あわてて涙をぬぐう。ごしごしと乱暴に腕でぬぐうが、次から次へと 涙が溢れ出す。
「あれ、やだな、かっこ悪いな、なんだろこれ、止まらない。」
「かっこ悪くなんかないわよ。……オルデガ様を、愛していたってことでしょう?」
 サーシャは優しく微笑んで、そっと抱きしめた。
「お母さんが死んだとき、私を泣かせてくれてありがとう、トゥール。トゥールはもう、 勇者じゃないのでしょう?だから、貴方も……」
 ゆっくり泣いて。
 トゥールはその言葉に身をゆだね、しばらくしばらく静かに泣き続けた。


 やがてトゥールは涙を勢いよく拭うと、顔をあげる。
「ありがとう、サーシャ。」
「恩返しが出来て嬉しいわ。」
 そう笑って、トゥールから離れようとした矢先、右手をつかまれる。
「??」
「ようやく勇者じゃなくなったんだし、ちゃんとさ、言ってなかったなって思って。」
 不思議そうにしているサーシャを見て、トゥールはにっこり笑った後、その手のひらにキスをした。
「な、ななななな、と、トゥール?」
「僕は、サーシャが好きです。ずっと前から。ちゃんと自分の足でしっかりと立とうとしてる。時々 すごく弱いけど、でも僕のことをちゃんと救い上げてくれた。励ましてくれた。色んな道があるって 教えてくれた。僕にとって、サーシャは唯一の人なんだ。」
 サーシャは真っ赤になって口をパクパクさせる。
「待つって言ったけどさ。アプローチしちゃだめだとは言われてないよね?」
「え、でも、トゥール、あの、」
「多分、僕しつこいから覚悟しておいてね?」
 もう一度にっこりと笑い、トゥールはサーシャの手を離した。
 離された手を握り締めて、サーシャは真っ赤な顔で言葉を探す。
「も、もう馬鹿、馬鹿トゥール!!!」
「あはは、懐かしいや、それ。」
 そう笑って、トゥールは歩き始めた。


 ゆっくりと日が昇ろうとしている。トゥールがにこにこしながら歩き、その後ろをサーシャが顔をほてらせながら追いかける。
 朝日を浴びながら、トゥールは首だけでサーシャの方を見た。
「ねぇ、サーシャ?勇者はいらないって言ったけど、ちょっと違うかも。」
「?何?」
「王様も言ってたよ。この先ロトの伝説は永遠に語り継がれるんだろうって。僕はね、子供達がお伽話みたいに 聞いてくれたら嬉しいなって思うんだよ。」
 サーシャはトゥールの横へと並ぶ。
「お伽話?」
「そう、あったかなかったか分からないくらい、色々脚色されてもいいよ。それってすごく面白いと思うんだ。」
 トゥールの言葉に、サーシャはくすくすと笑う。
「私たちが、聞いてきたみたいに?」
 サーシャは前方に手を振る。その先には、二人の影。それに気づいてセイとリュシアも手を振り替えした。 トゥールは二人に駆け寄る直前、サーシャに頷いた。
「うん、そうやって聞いて、本当かわからないけど、勇気を持って……いつか新しい 敵と立ち向かってくれたら、僕がここまで来た意味があるんだって思うんだよ。」


 朝日と一緒に始まる新しいお伽話。
 あるときは、朝の勉強中に。あるときは、昼のお茶会で。あるときは夜、寝る前に。
 親から子へ、友達同士で、恋人に、知り合いに。
 繰り返し繰り返し、時を隔てて永遠にロンドのように語られる。
 終わらない、お伽話を。

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