幸い、暖かな時期だった。幸い、モンスターもまだ凶悪化していなかった。 だが、何も持たない子供が土地勘もなく山の中をうろつけば、その未来は決まっていた。 「…おなか、すいた…。」 つぶやいても、もう唾も出ない。 もう三日も、何も食べていない。水分はなんとか木の汁などをすすっているが、食べるものは見つからない。 偶然木の実などがあったときは食べていたが、めったにそんなものはなく、人里に出ようにも ここがどこか分からない。…人里に出ても、お金など持っていないのだが。 それでもこのままここにいたら、死んでしまうことは分かっていた。のそりと起き上がり、またずるずると重い足を 引きずり始めた。 よく眠れない。食べられない。それがこんなに辛いとは思わなかった。 (…死ぬのかな…?) …自分が死んでも誰も悲しまない。むしろ皆喜ぶだろう。 なんとなく空っぽな頭のまま、流星は山をさすらう。 お腹が空きすぎて、何も考えられない。疲れてしまって、体中がしびれていた。 (…死んでも、いいかもしれない…。) 少なくとも、教会長は大地だかどこかに待っていてくれる。故郷の教えが正しければ、死ねば神になれる。…それも、 いいかもしれない。 そう考えたとき、目の前が開けた。山を、抜けたのだ。 そして、その向こう側に…家があった。小さな家だった。流星はふらふらとそちらに歩いていく。 木で作られた、素朴で暖かな家だった。煙突からは小さな煙が立っている。開かれた窓の向こう側には、机といすが、 綺麗に並べられていて、ご飯の時には平和な風景が繰り返されるのだろうと想像させる、家庭的な居間。 だが、流星の目にそんなものは映っていなかった。 真っ赤な林檎。つやつやと美しい赤い林檎が、机のかごに山盛りになっていた。 お腹が鳴った。空腹で頭がくらくらする。…おそらく幻だろうが…かぐわしい甘い匂いさえ感じられるような気がした。 その時間は、ずいぶん長い時間のようにも感じたし、誰も通りかからなかったことから一瞬のようにも思える。 けれど結局流星は、窓から部屋の中に入り、籠を抱えてそのまま走りさった。 走って走って走って走って。茂みの中に入り、そのまま山の奥へ。そして…ようやく疲れ果てて座り込み、林檎をかじった。 シャリ、というさわやかな音がなんとも悲しい。 流星はぼろぼろと泣き出した。 盗んでしまったこと。こんなにお腹が空いていること。自分が死んでも誰も悲しまないこと。そんなことが、惨めで 悲しくて情けなくて。ぼろぼろと泣きながら、それでも林檎にかじりつき、泣き、うめき、林檎を食べ続けた。 そして、食べて食べて、籠いっぱいの林檎がほとんどなくなってしまう頃。 (生きよう。) 何をおいても、生き延びよう。 流星はそう思った。 それからは、早かった。一度盗めばその後の罪悪感なんてなくなる。流星はまた手近な家を見つけ、手ごろな服とナイフ、それから 小銭を盗む。 別のところから、また小銭や食料。そんな感じで欲張らずちまちまと盗んでいったのが良かったのか、それとも運が 良かったのか、流星はやがて、服を綺麗に整え、飢える事は無くなっていった。 やがて町に入り、流星の暮らしはより安定してくる。時々は愛想良くお店の手伝いをすることで、小銭を稼ぐこともあったが、 基本はそのあたりの家にそっと入り込み、手近なものを盗んでいく、というのを繰り返す。幸か不幸か、流星は その才能があったのだろう、一度も捕まることがなかった。 あまり同じ町で繰り返すと怪しまれる。そうなる前に流星は適当な商人たちにくっついて町を出る。その 繰り返しだった。 ほどなくして、流星は小さな町のはずれにいた。ちょっとした山の中。豪華な屋敷の割りに、人気がない。おそらく 金持ちの別荘だろうと考える。 (こういう所には、小銭が放置されてたり、高級な小物が置いてあったりするんだよな…。) そっと近づき、町で手に入れた薄い鉄板と針金で窓のカギを開ける。ささやかな音を立て、そっと部屋に忍び込んだ。 宝石で細工を施してあるナイフと、金貨。そして小さな銀像。それを懐に入れて、流星は早々に屋敷を後にする。 (変な屋敷だったな…。) 人の気配はあったが、部屋数に比べて数少なく、ほとんどの人間が眠っていた。かといって、別荘で今は使われていない のかと思いきや、どの部屋も生活観にあふれている。入り口には見張りも立っていた。 だが、そのことは流星にはなんの関係もないことだった。流星は道の脇に入り、人目につかないようにゆっくりと、だが 怪しまれないように悠々と町へと歩き始めた。 流星はその場に身を潜める。大勢の男たちが道を歩いてきたからだった。それも…どう見てもあらくれもの 達だった。 じっと皆が通りすぎるのを待つ。大勢が通りすぎていって、ほっとした時だった。 「そこだ!」 低い声とともに、三人の男が流星に飛び掛ってきた。抵抗するまもなく、流星は道へ引きずり出された。 道には屈強な男たちが十重二十重に流星たちを見ていた。 「お前、ここで何してたんだ?」 問いかけてきたのは、赤毛のごつい男だった。 「……ちょっと道に迷ってたら、…その、ちょっと怖い人たちが来たから…。」 あえておびえたように言ってみせる。目をそらし、ただの子供に見えるように。 「道に迷った?どこに行こうとしたんだ?」 その質問に、流星は答えることができなかった。まだ来たばかりで、このあたりの地名や建物がわかっていなかったのだ。 「怪しい、調べろ!」 赤毛の男の言葉で、周りの男たちが流星を調べ始めた。そして程なくして、服の中に隠した盗品を引きずり出された。 「副頭目!間違いないですぜ!」 「盗賊のアジトから物を盗むなんてふてーやつだ!」 「やっちまえ!」 流星は真っ青になる。もちろんそんなことは知らなかったわけだが、どんな弁解も通用しないだろう。ここで殺されてしまうのか。 殺気立った男たちに囲まれた、そのときだった。 「なんだ、アーシャーまだやってやがんのか?」 どこか、威厳のある声。その声とともに現れた男性は、ところどころ白髪が混じった茶色の髪、少し細身の初老の男だった。 「御頭、おっしゃるとおり、こいつがひそんでやがりました。」 赤毛の男が答えると、他の男たちも次々と報告を始める。 「頭目、こいつこれだけ盗んでやがりましたぜ!!」 「これからとっちめるところです!御頭!この生意気な餓鬼に後悔させてやりましょう!!」 盗賊の御頭が、じっと流星を見る。怖かったけれど、なんとなくその人はそんなに怖くないな、とすでに麻痺した 頭でぼんやりと考えた。 「待てぃ!!そいつをこっちにもってこい!!」 森中響き渡るような声で、御頭がそう言った。流星は引きずるように御頭の前に突き出された。 流星の顔をじろじろと見る盗賊の頭。流星もじっと見返した。先ほどの恐怖を通り越し、 なぜこちらを見るのだろうという好奇心が勝ったのだ。 「はっはぁ、お前のような小僧がなぁ。一応見張りも置いてあったはずなんだがな、どうやった?」 「入り口しか見張りいなかったから、裏手に回って窓を開けたんだ。」 流星の言葉をさもおかしいように、大声で笑い出す。そして。 「よし!お前なんて名だ?」 「流星…リュウセイ。」 流星がおずおずと名乗ると、さらに大きな声で笑い出した。 「あはっはっはぁ、いい名だな。わしの名前に良く似とるわ!そういや髪も良く見たら銀色にも見えるな。うん、気に入った! お前わしたちと来い!」 「頭目、こんなガキを仲間に入れると?こいつは俺たちの館から物を盗んだやつですぜ!」 副頭目と呼ばれていた赤毛の男がそう言うと、御頭はじろりとにらみ返す。 「盗賊の館から物を盗む凄腕が仲間に入る、結構なことじゃねぇか。だいたい中のもんがなにやってやがったんだ。 盗まれるやつが間抜けって言うのがわしら盗賊の教義だろう?それともアーシャー、わしの言うことに文句でもあるのか?」 「…いえ…。」 赤毛の男はそう言うと引き下がっていった。 「僕が、盗賊団に入るの?」 「ああ、そうだ、坊主!…ん、そうだな、おんなじような名前じゃ、ややこしいな。お前はこれからセイと名乗れ!わしの 名は、銀剣のリュウつーんだ、よろしくな、セイ!」 |
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