城に入って子供と引き離されたリュシアは、ここの女官によって強引にドレスに着替えさせられた。 なんだか6年前が懐かしくて、リュシアはされるがままにされていた。抵抗したところで女官を 困らせるだけだとわかっていたからというのもある。
 そうして次に連れて行かれるのはパーティー会場なのだろう、と思っていたのだが予想に反してつれて こられたのは、誰かの私室だった。
(……ここどこなんだろう)
 すわり心地のいい椅子に座りながら、リュシアは様々なことに想いをはせる。すると扉が開いた。
 入ってきたのはこの城に連れてきた、エルンスト王子だった。リュシアは急いで立ち上がると、 王子はリュシアを制した。
「どうぞお座りください。どうもお待たせいたしました。……良くお似合いですね、リュシアさん。貴女には緑が似合うのではと ずっと思っておりました。」
 自分が着ている深い緑のドレスを見て、リュシアは苦笑する。
「……緑は優しい闇の色だから。」
「そうですね、貴女の色です。……こうしてきちんとお話しするのも6年ぶりでしょうか? ロトの勇者様はお元気でいらっしゃいますか?」
 王子の言葉に、リュシアは顔をしかめる。王が6年前、姿を消した勇者を探すために 手を尽くしたことは、噂で聞いていた。座りながらも、非難めいた声音で問いかける。
「……それが望みですか?」
「いいえ、誤解させてしまいましたね。貴女のことを父は存じておりません。おそらくそれを知っているのは 私だけかと思われます。」
 リュシアはほっと胸をなでおろす。自分のことでトゥールたちに迷惑をかけるのは絶対に避けたかった。 とくにサーシャには小さな子供がいるのだから。
「積もる話もたくさんありますが、それを話している時間は残念ながら今はありません。ですから今の 状況を簡単に説明します。父は貴女をここの専属の歌姫として雇い入れ、その褒美として孤児院を公共の施設として 引き取り、こちらで運営する心積もりでいます。」

「……何故ですか?」
「一つは、貴女の歌の評判が他国にまで広がり、客人が我々にそれを尋ねられることが多くなったことが あげられます。貴女の歌はそれほどまでに世界の中で評価されている。それを王の望むままにならないというのは、 王の権威にも関わると。」
「……でも、」
「二つ目は貴女がいらしているところは、改築されているとはいえ元は教会ですし、調査によると貴女も時々は治療などを なさっているということで、見方を変えれば貴女は神父と同じ役割をしているとも取れまして、教会を作るためには こちらに届出が必要なんです。……そういう屁理屈もつけられるという話です。」
 王子はそう言って、リュシアの隣に座った。
「とはいえ、貴女のなさっていることは本来我らがしなければならないこと。……私たちの民を再び 救っていただき、感謝しております。」
「……救った覚えはありません。わたしはただ、みんなの側にいたいだけです。でもそう思うなら、助けて、 下さい。わたしは孤児院に帰りたいですし、歌姫なんてとてもできません。」
 歌うことは嫌いじゃない。孤児院の周りで少し騒ぎになっていることは知っていた。けれどそれで幸せだと 思ってくれる人がいるならいいと思っていた。けれどこんな形で見世物としてさらされるのは恥ずかしいし嫌だった。
「……そうですね……貴女の願いならば、聞き届けたいとは思うのですが……正直なところ難しいのですし 、したくないという気持ちもあります。」
「どうしてですか?」
「貴女がなさっていることはとても素晴らしいことですが、このままこの状態を維持することには反対だからです。 貴女は補助金もなく、自らの力で支えていらっしゃる。ですがそれでは貴女個人の幸せを望むことは 難しいでしょう。リュシアさんはまだとてもお若いですし、ご結婚やご自分の子供などは お望みではないのでしょうか?」
「……それは、」
 望んでいない、といえば嘘になった。お父さんがいてお母さんがいて子供がいて、そういう家庭に 昔から憧れていたし、それにテドンの最後の一人として、その血をわずかでも残したいという気持ちもある。
 けれどルイーダが結婚して子供を生んだのは40代過ぎてからであるし、自分を育ててくれたように 全てをかけて、誰かを育てたいと思って行っている今も、幸せだった。
「それに、もしいつか貴女が……亡くなったら、子供たちは途方にくれることになります。モンスターの 活動も収まりつつありますが、不幸な子供たちというのはいつでも存在するものです。もし 私たちの手を取ってくだされば、貴女が亡くなった後も続けることができます。子供たちのためにもそれは とても良い事だと思っています。……本当は、見返りなど求めるべきではないのですが……」
 王子は目線をそらす。
「その、何度も貴女に王が断られたことで、大変気分を損ねていらっしゃいまして。本当ならばもっと強行手段を 取るつもりだったようですが、なんとか私が出向いて話をするということで、抑えるのが精一杯でして……申し訳ありません。」


 つまり王様の機嫌を直すという意味と、権威とやらを示す意味で、歌を歌って欲しいということらしい。
 リュシアは考え込む。自分が死んだ後、ということは正直考えてはいなかった。けれど、ルイーダがギルに 店を譲ったようにはいかないだろう。財政面ということがある。けれど、それを補ってもらえるなら。
「……お任せした後も、わたし達が変わらず働けるなら。」
「それはもちろんです。こちらからも人を送ることもあるかもしれませんが、全てはリュシアさんの 良いようにするとお約束します。」
 王子の真摯な言葉に、リュシアは少しためらいながらもうなずいた。王子は嬉しそうに笑う。
「申し訳ないとは思いますが、個人的にもとても嬉しいです。貴女の歌声を聴くことができますから。 私も一度、貴女の歌声を聴かせていただいたことがあります。とても素晴らしい調べでした。」
「え、あ、……そんな、」
 真正面からほめられ、元々低い発言能力が停止する。旅をしたり孤児院を作るに当たって、ある程度 鍛えられたとは思っていたが、やっぱりトゥールやサーシャ、セイのようにうまく舌が回らない。
(え、と、こういうとき、なんていえば良いのかな)
「えと、あの、いつ、お聞きになったんでしょう?」
 結局妙な質問に逃げることになった。だが、王子は笑顔のまま、さらりと答えてくれた。
「貴女がこの町に来たと、家来から報告を受けた折にです。貴女の孤児院を、こっそり尋ねたことがあります。」
「どうしてですか?」
「最初は私設孤児院を始めた、異国の少女がいると聞きまして。そうして調査し、絵姿を見たところ貴女の ような気がしまして、確かめにいったんです。」
「……良くはわからないですけど、王子のお仕事じゃない気がします。」
 王子は立ち上がり、リュシアの正面に来て跪いた。
「幸いにして、もう少し時間があるようです。……聞いていただけませんか?」
「はい。」
「リュシアさん、私は貴女を愛しています。」
 王子の目は、まっすぐにリュシアを射抜いていた。

 思わず窓枠に手をぶつけて、セイは手を振る。ようやく王子の私室にたどり着いたと思ったら、まじめな話を していたため盗み聞きをしていたのだが、突然の展開にセイも目をむいた。
 リュシアはただ、目を丸くした。王子は熱のこもった目で、リュシアを見つめる。
「貴女がいない6年間、他の女性と結婚しようという話も持ち上がり、何度も考えました。それでも、 どうしてもできませんでした。……貴女がこの町に来てくださったこと、本当に嬉しく思いました。 間違いないとわかったとき、そしてもう一度貴女の目を見たとき、私はやはり、貴女をずっと 愛しているのだと分かりました。」
「……6年前?」
「ええ、初めて会ったときから、貴女の目が、声が心から離れませんでした。おそらく、一目ぼれだったのだと 思います。」
「……人違い?」
 リュシアは首をかしげる。思わず素に自分には気がついていないようだった。
「いいえ、貴女です、リュシアさん。」
「だって、隣にサーシャがいた。なのに、わたしなんて、ない。」
 誰もが愛する女性。それがサーシャだ。その隣にいる自分は、太陽の側にただあるだけの星屑に等しい。 まして一目ぼれ、なんて。
「……サーシャさんはとても美しい方でしたが、私はあの方に恋愛感情はもてませんでした。 きっと好みの問題なのでしょう。……覚えていらっしゃいますか?あの時、貴女は私を認めてくださった。 私はそう言ってくださる貴女の目を見て、初めて黒色が美しいと思いました。」
 正直なところ、王子に何を言ったかは覚えていない。ただ、王子の言葉を聞いてあることを 思い出しただけだった。
 ぼんやりと考えていると、王子はリュシアの手を取った。
「リュシアさん。どうか私の妃になっては下さいませんか?そうして二人でこの国の民を幸せに 導いてくださいませんか?」
 そう言って、王子がリュシアの手の甲に口付けしたとき、セイは衝動的に動いていた。
「リュシア、迎えに来たぞ!!」
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