〜 雨がやんだ日 〜



 それはしとしとと柔らかに降る雨の日。
 酒場で仕込みをしながら、リュシアはため息をついた。


 リュシアの憂鬱は2週間前に始まった。

「サーシャと結婚して、そしてこの町を……いや、世界を出て行きたいと思っています。」
 それは教会の2階。普段居間として使っている部屋で、トゥールが言った。
 トゥールの横には、同じくまじめな顔をしているサーシャ。そしてそれに相対しているのは、 サーシャの父のコラード、その妻のルイーダ。そしてリュシアだった。ちなみに双子は昼寝中だった。
「事情は大体サーシャとリュシアから聞いているよ。トゥール君、君が勇者として力を与えられたのと引き換えに、 下の世界で人生を終えるという約束を、ルビス様と交わしたのだってね。」
 コラードの言葉に、トゥールはうなずいた。
「はい、大体そういうことです。詳しいことは言えませんけど。それにサーシャをつき合わせるのは 僕のわがままです。」
「……サーシャはどうなんだい?」
「父さん、私は自分で決めたの。ルビス様のこととか関係なしに、トゥールの側にいたいって。だから 行かせてほしいの。」
 まっすぐ目を見て言った娘に、コラードは小さく笑う。
「そうか、それなら何も言わないよ。サーシャは神様の子だ。そのサーシャが決めたことならそう進むべきだろうね。」
「父さん……。」
 サーシャは父に、真実を告げることはしなかった。ただ、役目を終え、聖痕が消えたことだけは伝えた。それを どこまで理解したのか。父はいつもと同じ口調でそれを言った。
「でもね、トゥール君。サーシャは僕の娘だ。そしてステラが僕に残してくれたたった一つのものだ。幸せにしてくれ。 ……君ならできると信じているよ。」
「はい。約束します。」

 そうはっきりとうなずいたトゥールは、本当にかっこよくて。自分のずっと追いかけていたトゥールとはまた違う 顔をしていた。
 とはいえ、憂鬱の原因はそこではない。今のリュシアにとって、トゥールは仲間であり友達であり、そして 過去の憧憬を思い出す存在であった。
 リュシアは二回目のため息をつく。今日は雨で、少しはゆっくりできそうだと思ったからだ。
 トゥールとサーシャの噂は、国中に広がった。勇者と、国一番、いや世界一の美女が結ばれること。それか多くの人に 納得とそして絶望をもたらした。その上この国を出て行くということで、もはや大狂乱といった様子さえあった。
 真相を聞きたがる人間は数多くいたが、救世の勇者や絶世の美女に話しかけ、感情をぶつけられる人間はそう多くなく、 結果、酒場でバイトしている少し気弱な親友であり仲間であったという、絶好の疑問のぶつけ場所に押し寄せることになる。
 聞かれるたびに、リュシアは同じことを答える。そうしてそれを答えるたびにまた一つ、憂鬱が増えていくのだ。
「リュシア、大丈夫か?」
「平気、今日は人が少なそうだし。」
 リュシアの言うとおり、今は雨が降っているせいか、それとも中途半端な時間のせいか、今店には誰もいなかった。
 ここの酒場の主人であるガイが、心配そうに言う。
「前にも言ったが、落ち着くまで休んでもいいんだぞ。」
「でも、教会にきたら困る。ママも皆も大変だから。ここにいたら、皆注文してくれるし。」
「まぁ、商売的には助かるんだがな。でも無理すんな。」
「心配、ありがと。でも平気。」
 そう言って、リュシアは小さく笑う。
 腰の辺りまで伸びた黒い髪がふわりと揺れた。
「……なぁ、最近落ち込んでるだろ?……それってもしかして、トゥールが、結婚するからか?」
「え?」
「お前、ずっとトゥールが好きだっただろ?だから……。」
 ガイの言葉に、リュシアは首を振る。
「そんなことないよ!トゥールとサーシャが結婚するの、嬉しい。すごく。ただ、ちょっと寂しいとは 思う。ずっと一緒にいれないのわかってたけど、離れちゃうから。でもすごく嬉しいの。」
 そう小さく笑うリュシアは、とてもけなげで。
 ガイは思わずリュシアを抱きしめる。
「リュシア……そんなに寂しいなら、俺と結婚しないか?」
 リュシアは驚きのあまり、ただ固まった。
「この店を受け継いだ時に、ルイーダさんと約束したんだ。もしリュシアが帰ってきてここで働きたいって言ったら働かせて くれって。……けど、多分、俺が多分すんなりこの店でリュシアと働けたのは、……リュシアがすごく可愛いって思ったからだ。」
 リュシアの顔を見ると、驚きのあまり目を見開いていた。
「多分、ずっと好きだった。この店で一緒にずっとやっていかないか?ルイーダさんもきっと喜ぶ。……それとも 恋人とか、好きなやつとか、いるか?」
「い、いない、けど、」
「じゃあ、俺と結婚してくれよ。好きだ。ずっと好きだったんだ……。」
 そういうと、ガイはそのままリュシアのあごを持ち上げ、そっと顔を近づけた。


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