小ぶりの雨のアリアハン。暗い夕方の街は人通りもなく、セイが久々に訪れたこの町を歩いていく。
 セイは最近、アリアハンを避けていた。理由は他でもない、トゥールたちの事だった。
 二人の婚約はもちろんめでたい。が、それが町に広がるにつれ、人々は泣きわめき、怒る。
 そして、ここにたびたび足を運び、特に酒場に寄り付く人間になじみとなっていたセイは、当然ながら酔っ払いに絡まれまくった。
 その上、いつか勇者と結婚し、玉の輿を狙っていた女たちが嘆きながらこちらにしなだれかかってくる。
 セイは公言はしていないものの、勇者の仲間であったとおおよそ知られている。
 今までセイは、どれだけ女を口説いても、結婚に結びつくことはないと考えていた。なぜなら自分は盗賊というまっとうではない 職の風来坊だからだ。実際ほとんどの女はそうであったし、一時的にセイにのぼせ上がった女も、別の時にはちゃんとしたまっとうな 男と結婚して幸せに暮らしていた。
 けれど今は違う。『世界を救った英雄』はそんなマイナスを全て消し去る強烈なポイントだった。望めば地位も名誉も そして金も望むがまま。
 だが、そうだとわかっていても、泣いている女を見れば、セイは慰めずにはいられない。そして、その 姿を見られたくない人もいる。
 だが、さすがにそろそろ落ち着いた頃だろう。それに、セイがいなくなれば、自然にリュシアに向かうこともわかっていた。 そろそろ侘びをいれ、様子を見ておきたかった。
 そう思って、酒場のドアを開けようとしたとき。
 リュシアの小さな悲鳴とけたたましい騒音が響いた。
「リュシア?!!」
 セイが急いでドアをあけると、そこには頭から血を流して倒れているガイと、困ったように頬を手で押さえているリュシアが いた。


「セイ?!あの、あの、どうしよう。」
「何があったんだ?怪我はないか?ないならとりあえず回復してやれ。」
 ハッと我に返り、リュシアはガイの側に座り、回復呪文を唱える。その呪文からするに、かなり重症らしい。
「……で、何があったんだ?」
「あの、ガイが、……わたし、と、結婚したいって……。」
「は?!」
 セイが思わず目を丸くする。リュシアは呪文をかけ終え、いまだ気絶しているガイの横でどもりながらも 、ことの成り行きを説明をした。
「抱きしめられて、驚いて、動けなくて、でもその、多分、キス、されそう、だったの、思うの。それで、嫌だって 思って、思わず跳ね除けて……。」
 女の同意を得ずに、キスをしようなどという不逞のやからは、正直ぶん殴ってやりたいとセイは思う。だが。
「やる分、残ってねーだろ……。」
 大魔王に挑める賢者は、本気を出せば一般人などいちころだ。おそらくとっさに力いっぱいやってしまったのだろう。 自業自得という気もするし、同情もする。
「あの、……ごめんなさい。」
「いや、俺に謝られてもな。あとで謝っておけよ。」
 リュシアはこくん、とうなずいた。そのリュシアの手を引いて立ち上がらせる。
「??」
「今日はお互いやりづらいだろ。雨だし休みの札でも出したほうがいいんじゃねぇか?まだしばらく目覚めそうにもないしな。」
 リュシアは少し考えてうなずいた。一応仕込みも終えている。ガイがやる気になったなら札をはずせば良いだけだ。


 全ての支度を終える頃、雨はようやくやんでいた。
 出てしばらく歩いた時、セイが口を開く。
「……でもお前、ずっと悩んでんだろ?トゥールのことよりもっと前からみたいだが、最近はもっと暗いな。どうした?」
 リュシアが驚いた顔でセイを見る。そして、まるで雨粒のように、ぽつりと話し出した。
「……ママのおなかに赤ちゃんがいるんだって。」
「え?……そりゃめでてぇな。」
「うん、とってもいいこと。でも……いつかそうなるってわかってたけど、サーシャが出て行ったら……。」
 父親と母親と、そして血のつながった子どもたち。それが普通の『家族』の姿。
 サーシャがいるうちは良かった。半分、血がつながった『家族』であり、『家族』と外れたもの。そこに 養い子である自分が入る。それは。
「そりゃお前……。」
「わかってるの。」
 リュシアはセイに皆まで言わせなかった。
「ママがリュシアを本当の子どもと同じくらい大事に思ってるって。コラードさんもそう気にしたりしないって。 わかってる。だからこれはわたしの問題。……わたしがここにいたいのかなって。トゥールたちと違う 世界に住んで、ママたちの家族の中に入って、酒場のお手伝いして、お家のお手伝いして、それがやりたいことなのかなって。 ずっと、考えてた。」
「だからお前、最近変だったのか。俺を色々連れまわしたりしてたのもそれか?」
 セイがそういうと、リュシアは少し顔を沈める。
「ごめん。」
「別に嫌じゃねーけどよ。俺と一緒に盗賊もどきをやったのもそのせいか?お前、盗賊は向いてないからやめとけよ。 スキルは十分だけどな。」
 茶化すようにセイは笑う。リュシアも笑った。
「うん、楽しかったけど、でもわたしのしたいこととは違うかな。セイのお手伝い、時々するだけなら 楽しそうだけど。……今もね、楽しいの。シェリーもシドニーも好き。お世話楽しい。 でもお店は、料理好きだけど、でもお酒飲んで暴れてる人は怖い……。」
 リュシアはセイの顔をじっと見る。
「……ずっとセイは、どうするつもりなのかなって、聞きたかった。どっちの世界にいるつもりなのかなって……。」
「と言われてもなぁ……。」
 セイは困ったように頭を掻く。
「俺はどうせあっちこっち渡り歩く根無し草だしなぁ。まぁトゥールやリュシアがあっちに行くなら、あっちを 拠点にして動いてもいいだろうがな。だから俺に聞いてもなんの参考にもならねーと思うぞ?」
「……うん……。」
 リュシアはしゅん、と沈む。その頭を、セイは優しくなでた。
「でもまぁ、約束しただろ?俺はいなくなったりしねーよ。だからゆっくり探せよ。やりたいこととやらを。お前なら なんだってできるさ、きっと。」

 その優しい手に、リュシアの心にポッと灯がともる。なんだか暖かく、優しい気持ちに満たされながら、リュシアは 微笑む。
「セイは、大人。わたし、まだ子どもだな……。」
「俺は子どもだよ。少なくともトゥール達よりはな。」
 リュシアは小さく首をかしげる。
「わたしは、セイは大人だと思う。だって、ずっと一人で頑張って、何でも一人でできるし、とっても、頼りになる。」
「逆だって。一人でしか俺はなんにもできないからな。大人って言うのは、なんていうか、こう、誰かを抱えられる やつのことだろ。トゥールがサーシャを抱えるようにな。大勢抱えられるような大人はかっこいいと 思うぜ。」
 そう言っているセイの目に、誰が映っているか分かる気がした。以前聞いたことがある、盗賊の頭のことだろう。 あの人がセイにとっての大人なのだ。
 盗賊の頭にはなれないと言っていたセイ。それでもあんな風に、同じではなくなりたいと思う『大人』
(じゃあ、わたしは?誰が大人だと、思う?)
 そう思った時、リュシアの頭のパーツがぱしんとはまった気がした。

「ありがと。セイ。セイと話してよかった。」
 リュシアの満面の笑みに、セイはわけも分からず笑う。
「良くはわからんが……まぁなんとかなりそうならよかったな。」
「うん、頑張る!すごく頑張る。できるかわからないけど、やってみる。」
 握りこぶしを作って気合を入れるリュシアをもう一度優しくなでる。
「不思議。」
「ん?」
 リュシアは頭に乗った手を押さえて笑う。
「ガイに抑えられた時はやだなって思ったけど、セイの手はあったかい。すごく嬉しい。」
「お前……。」
 もう片方の手で、顔を押さえながらセイはどうしようかと考える。
「まぁ、ガイになんかごねられたら呼べよ。大丈夫だとは思うがよ。」
「うん、ありがと、セイ。」
 見上げる空には、どよんだ雨雲の隙間から、小さな星が見えた。


 この世界、傘はあるんでしょうか。一応5では日傘があったんですが。時代的に一般化は してないと見るべきか。
 トゥールの「お嬢さんを僕に下さい」イベントとリュシアのなんだかんだのイベントを一まとめにしてしまいました。 トゥールは「お嬢さんを僕に下さい」は言いそうにないですけど。
 二人はルイーダの三人目が生まれて落ち着いた頃、教会で結婚式をして、ドムドーラに移住することになります。
 リュシアはとりあえず、この後酒場をやめ、なんだかんだと あり、移住するのはトゥールたちが移住した約1年後になります。

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