黒猫とリュシアが消えてしばし。 「ちょっとショックね。私、あまり動物には嫌われないのに。リュシアほどは好かれないけど。」 拒まれたことがショックで、サーシャは手を握ったり開いたりしている。 「そうだよね、リュシアほど好かれないけど、嫌われたところって見たことないんだけど。」 「機嫌が悪かったのかもしれねーぞ?気にすんな。」 慰めの言葉をかけられ、サーシャは頷くが、やっぱりちょっと寂しそうだった。 「一応動物には好かれるように作られているんだけれどね。もうその効力もなくなったのかしら。」 サーシャがそう言ったとき、ひときわ強い風が吹き、傘の布が翻る。 三人がとっさに傘を抑えると、その隙間からサーシャの布が飛んでいった。 「大変!行かなきゃ!!ちょっと行ってくるわ。」 「オアシスに落ちたりしたら無理せず帰って来いよ。いくらでも買ってやるからな。」 セイがそう声をかけるが、サーシャは微笑む。 「でも、セイが買ってくれたセイの愛だものね?大切にしないと。」 そういい残して、サーシャは傘を出て行った。 空を見上げると、前方に緑色の布がはためきながら飛んでいる。変に熱気の上昇気流に乗ってしまったのだろうか。 だが、向かう先はオアシスとは逆方向で、走ればそのうち追いつきそうだ。サーシャは見失わないように人を 避けながら走った。 やがてゆっくりと布は下りてくる。その頃には大分外れに来ていた。サーシャは空中に手を伸ばす。すると 別の人間がその布をつかんだ。 「あ、ありがとうございます、これ、私の布なんです。」 「すっげぇな、あんたみたいな美人、みたことねーな。」 「まじすげえな。へー、あんた旅人?」 「どっから来たの?一人?」 布をつかんだのは、三人連れの男だったようで、サーシャに次々に質問を投げかける。 「え、ええ旅人なんです。あの、ありがとうございました。」 「なぁ、なぁ、なんて名前?」 「ねぇ、ちょっと付き合ってよ。」 「そうそう、付き合ってくれたら、この布返すぜ?」 「いえ、連れがいますから。ごめんなさい。」 「じゃー、布は返せねーな。ちょっとだけじゃん、来いよ!」 そういいながら、男は布をもてあそび、別の男がサーシャの手をつかんだ。なんのことはない、ただの強硬なナンパだ。 ナンパをかわすのは得意だが、問題は物をとられているということだ。 (いっそ、バイキルトでもかけて……。) そう、サーシャが考えていたときだった。 「女をいじめてんじゃねーよ。嫌がってんじゃねーか。」 サーシャをつかんでいる男の手を、新しく来た男がつかんだ。 短い黒い髪に、青い瞳。その長身の体はとてもよく鍛えられていて、ちょっとやけた肌の色とあいまって、とてもたくましい 印象がある。 「んだよ、邪魔すんな!!」 そう怒鳴り返され、新しく来た男はつかんだ腕を軽くひねり、布を持っていた男にすかさず蹴りを入れる。 「物を取って返さねーのは泥棒だろうが。違うか?」 そう言って、つかんでいた男をそのまま片手で投げた。蹴られた倒れた男から、新しく来た男は布を取り戻す。 「持って下がってろ。」 そう言って、男はサーシャを見もせず、布を投げ渡した。それを見て、三人の男もそれぞれこぶしを握り、 殴りかかった。 そこからは一瞬だった。あっという間に大地に転がされ、吹っ飛ばされた男達は、そのまま転がるように 逃げていった。 「あ、あの、ありがとうございました。」 サーシャが布をかぶりながら頭を下げると、男は初めてサーシャを見て、目を丸くする。少し照れくさそうに 頭を掻きながら呆れたような声を出す。 「……ってリィンじゃねーか。お前何してんだよ……?」 サーシャは目を丸くする。当然ながら、自分はそんな名前は知らないし、この男も知らない。 「おまえなぁ、あんなやつくらい吹っ飛ばせるだろ?何やってんだ……ルーンとは会ったか?」 「えっと、あの……その、えっと、私はサーシャと言います。助かりました、本当にありがとうございます。」 そう言って、もう一度深く頭を下げると、布からふわりとサーシャの青い髪が揺れる。 「は?何言ってんだ?どうしたんだ、その髪。」 「えっと、良くは分かりませんが、私はリィンさんではありませんし、あなたのことも知らないんです。人違いかと 思うんですが……。」 とはいえ、サーシャも他人と間違えられて経験などない。自分と同じ顔の人間など、考えたこともない。 それは男も同じようだった。穴が空くほどサーシャを見て、信じられないように言う。 「本当に、リィンじゃないのか?」 「ええ。ごめんなさい。」 「いやいい。俺はレオンっていう。わりぃな。知り合いに本気で似てたんだ。髪の色は違うけどな。」 少し照れながら、レオンはそう言う。サーシャはあわてて手を振った。 「いえ、そんな……。でも驚きます。私に良く似た人なんて、聞いたことありませんし。」 「ああ、俺も正直信じられねー。一緒に来てるから会うかもな。サーシャと言ったか?ここの人間か?」 「いえ、旅人なんです。えっと、占い師に占ってもらおうと思って……。」 サーシャの言葉に、レオンは少しがっかりしたようだった。 「そうか、良かったらちょっとこのあたりのこと教えてもらおうと思ったんだがな。」 それに対し、サーシャが口を開こうとしたとき、別な剣呑な声が割り込んだ。 「そこの黒髪男、何、ダサいナンパしてやがる。」 後ろを振り返らずとも誰の声かわかる。とがめようとしたとき、穏やかではない口調になったレオンがそれに怒鳴る。 「誰がナンパだって?!」 「……良くあるナンパの手口だよな。だっせーだろ。」 セイがサーシャはかばうようにレオンとの間に入り込む。 「うるせーな。勘違いしてんじゃねーよ。」 「悪いな、俺はこいつを迎えに来たんだ。あっち行ってくれるか?」 手を払いながらそう言い放つセイにますますレオンは腹を立てたようで、ぎろりとにらみつける。手が半分、 背中にある剣に向かっている。 「ああ?なんだと?やるか?」 「そっちがそのつもりなら、仕方ないがな。」 セイもレオンに向かって構える。そうしてレオンが何か言いかけたとき、 「もう、セイ、やめて。この人は私を助けてくれたのよ。私を助けようとしてくれたのは嬉しいけれど、ちょっと 落ち着いてくれる?」 サーシャがセイの腕を引き寄せて、鋭く言い放つ。 「……ナンパじゃないのか?」 「違うわよ。この人……レオンさんも言っていたでしょう?ナンパされていたのを助けてもらったの。レオンさん、 本当にごめんなさい。この人私の仲間で心配してくれたみたいなんです。」 一歩前に出てサーシャが深く頭を下げると、その横でセイがあせって両手を合わせ、頭を下げた。 「悪かった。こいつに似てる人間がいるなんてちょっと信じられなかったもんだから……。」 レオンはそれに対し、ぽつりとつぶやく。 「……惜しかったな。」 「「はい?」」 「セイって言ったか?相当腕が立つだろう?手合わせしたかったんだが……しかしまぁ、素手じゃ負けそうだな。そっちが専門 っぽからな。いっぺん剣で手合わせしてくれないか?」 どうやら分かっていてわざと煽ったらしいと分かり、セイはホッとしながらも再び謝る。 「いや、本当に悪かった。でもまぁ、面倒くさいのはちょっとごめんだな。」 「そうか。残念だ。」 レオンがそう言ったとき、サーシャの背後から爆音が響く。それは何度も聞いたことがある音だった。 「「リュシア?!」か?!」 「リィン?!」 そう言って、三人は同時に音の方へと走り出す。やがて向こう側から人々が走ってきた。 「モンスターが出たぞ!皆逃げろ!!」 口々にそういいながら、外へと避難していく。サーシャたちは足を速めて、その反対側……広場の方へと走る。 併走しながら、レオンが二人に話しかけてきた。 「逃げた方がいいんじゃないのか?」 「こっちに仲間がいるし、多分あの爆音はその仲間がしたやつだ。そっちこそいいのかよ?」 セイがそう言うと、レオンは目を丸くする。 「へ?いや、あれは多分、俺の仲間……そっくりだと言った、リィンの呪文だと思うんだが……まぁ、セイはいいとしてもだ、 サーシャは逃げた方がいいんじゃないのか?」 どうやら女性として気を使ってくれているらしい。紳士だな、と思いながらサーシャは微笑む。 「ありがとう。でももしそこにいるのが私の仲間なら、それを助けるのは私の使命だし、そうじゃなくても モンスターに襲われているのをほってはおけないわ。」 やがて広場に着くと、大きなダーラの天幕の天井が破けているのが見える。 「あれだな。」 「あれ、なんだ?」 「なんでも評判の占い師の天幕って話しだがな。」 レオンの質問に答え、それから二人に目で合図して、セイと二人はゆっくりと天幕に入っていった。 |
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