長い祭りも残すところあとわずか。広場での見世物も、旅芸人の音楽やそれに合わせて踊りあうダンスも盛り上がり。
 そしてこの祭りのクライマックスがやってきた。
 張り出された城のバルコニーとその下にある、城下町で一番の広場。そこに町中、いや国中の人間がみっしりと詰まっていた。
 すべての人間は、そのバルコニーを一心に見つめている。やがて。
 ファンファーレとともに、この国の国王、そして王女が現れ、人々は歓声を上げた。
「王女様!!」
「ヴェリーナ姫ーーーーーーー!!」
「こっちを見てくれ!!」
「俺は王女様に命をかける!!!」
 そんな国民たちの声に、ヴェリーナはにっこりと笑って手を振ると、さらに喜びの声が上がる。
「ヴェリーナ様!!」
「ヴェリーナ姫様!!!!」
 そこにいる男たちの合唱が始まる。その時だった。

 空から人影が飛んだ。その人影は王と王女のバルコニーへと飛んでいく。
 当然のことだが、警備上の理由からもそのバルコニーの近くに、飛び移れそうな木や建物は存在しない。
「何者だ!?」
「モンスターか?!」
 人々が警戒する中、その人影はバルコニーへと降り立つ。
「王様、王女様、非礼をお許しください。」
 それは女だった。膝下の白いドレスに、広いつばの帽子で、顔を隠しているそのおそらく年若い女は、不審ながらも 堂々とそう言った。
「お前は、何者だ!!」
「どうやってこんなところまで飛んできた!!」
「あの教会の屋根からです。ちょっとした呪文を使いましたから、飛べるわけではありません。」
 王と王女を庇いながら言う衛兵に、女は害意がないことを示すために手を上げる。
「なぜこんなことを?!」
「王女様にお話があって参りました。」
「私に?!貴方のような不審者が、この私になんの用です。」
 そう言って乗り出そうとするヴェリーナを衛兵が抑える。
「トゥールを、返してください。私の望みは、ただそれだけです。」
 そういうと、サーシャは帽子を取り払った。


 落ちる髪は、空と溶け込まんばかりに青く、その皮膚は夏の空の雲のように白い。サファイアのような 青い目は陽の光にきらきらと輝き、その唇はまるで花びらのようだった。
 人々は息を呑む。ここにいたすべての人間が、一瞬にして心奪われた。
 ヴェリーナ王女は美しい。まるで開き始めた花のように。  だが、所詮は常世のもの。まるで天使、いや女神のように美しいその女とは比べ物にはならない。 彼女はまさに、天にあるべき美しさだった。
「非礼はお詫びいたします。けれどこうしなければお会いしてはくれなかったでしょうし、何より 非礼を働いたのはそちらが先です。」
「わ、私が、ひ、非礼なんて……!」
 ヴェリーナの顔色が変わっている。声も震えている。目にも涙が浮かんでいた。だが、 サーシャは容赦しなかった。
「好意で貴方を助けたトゥールを、その意思に反して、貴方は監禁した。それが恩人に対する礼儀ですか?」
「せ、世界一、綺麗な、わ、私に、仕えられるんだもん、トゥールだって、嬉しいことだわ…だから…。」
 世界一美しい。昨日まで、あれだけ自信を持って言えたのに。
 周りを見回すと、国民も衛兵も、あれほど自分をほめてくれた父王でさえも、この目の前の女に見とれていた。
「貴方は確かに綺麗だけれど、トゥールはそのことに特別な価値を見出さなかったはずだわ。彼を返してください。 私の願いは、それだけです。」
 その麗しい声に、誰もが聞き入っていた。やがて、側にいた国王が、衛兵を下げさせる。
「そなたは、あのトゥールの恋人か?」
「え、ええ、まぁ、その……。」
 まっとうから聞かれ、サーシャはぽっと頬を桜色に染める。その姿は振るいつきたくなるほど 可憐だった。
「ふむ、だが、彼はヴェリーナに仕えるようにと申し付けた。ならばそなたはわしに仕えよ。気に入ったぞ、実に 実に美しい。あの若造の側にいるよりも、良い生活を与えよう。そなたの望みをすべて叶えようぞ。」
 その国王の言葉に、サーシャはふぅ、とため息をつく。
「申し訳ないけれどお断りするわ。」
「なぜだ?!」
 横の王女の目に涙が浮かんでいることにも気がつかないのかと、サーシャは苛立ちを抱えて、国王にだけ聞こえるように、 側によってささやいた。
「……そのような誘いはすでに、ラダトームからも受けていたけれど断ったのよ。こちらを受けるなら、 先約のそちらを受けなければ失礼でしょう?……それに。」
「何……?」
「私の望みはただひとつ。トゥールの側にいることよ。」
 そして、その隣にいた、絶句している王女のささやいた。
「外見、財力、全部『力』よ。それは悪いことではないけれど、それだけでは人は幸せになれないし、 人を幸せにすることもできないわ。ちゃんと考えなさい、ね。」
 そうして小さく呪文を唱えたサーシャは、ふっとその姿を消した。
「消えた?」
「なんだ?」
「あれはまさか、天使……?」
 そうざわざわと騒ぐ人々をおいて、レムオルを唱えたサーシャはセイの教えてくれた場所めがけて歩き始めた。


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