「それで逃げてきちゃったの?」
 サーシャが片手で顔を覆いながらあきれたように言う。
「あの状況じゃ二択だろ。けどまぁ、全員蹴散らしたらさすがにお尋ね者になっちまうしな。トゥールの荷物には 見られたくないものが山ほど入ってるしよ。」
 セイはそう言いながら最後の鍵を取り出し、くるりと回しながらもてあそぶ。
「トゥール、大丈夫かな。」
 リュシアが小さく首をかしげて、鍵を見つめる。セイは鍵をしまいなおす。
「いや、それがな。その日の夜に助けに行ったんだが……。」


 その日の夜。セイは早速城へと忍び込んだ。場所を特定するのはたやすいことだった。『姫のお気に入り』は 城中でやっかまれつつも話題になっていたからだった。
「よーぅ、いい寝床じゃねぇか。」
 トゥールがいるのは牢獄ではなかった。おそらくダンスホールだと思われる広間の中央に作られた、大きな大きな 鳥かご。その中にはベッドなどと言う一通りのものがすえられ、その中にトゥールも入っていた。
「一応部屋の中なんだし、見張りは外にしかいないのに、どうも落ち着かないよね、こういうのって。」
 トゥールがそういって肩をすくめている間に、セイは鳥かごにつけられた鍵をやすやすと開けられる。
「まぁな。人間壁の近くにいると落ち着くもんだ。しっかしまぁ、まるで愛玩動物だな。町の中では幸せな 男って話題になってたのにな。さすがにここまでは噂になってなかったな。」
 トゥールのことはあっという間に町中の話題になっていた。もともとヴェリーナ姫は国中の人気者。 悪漢にさらわれそうになったこともそうだが、それを颯爽と助け、姫に気に入られたにもかかわらず、それを拒む愚か者 の話題は、うらやましがれ、やっかまれてもいた。
「話題になってた?」
 トゥールは出るように促すセイの手をとらず、少し考え込むようにしている。
「ああ、町中ってーか国中の話題だな。あの姫さん、本当に人気者らしいな。」
「そっかー……。じゃあ僕しばらくここにいるよ。居心地悪いけど。まぁ、いざとなれば壊して 出られるしね。」
「は?」
 ベッドやその他調度品は上等なもので、トゥールがベッドに座ると体が沈み込む。
「折角だからさ、もうちょっと噂広めといてよ。名前くらいならまぁいいかな。ついでにこんな場所に入ってるってこともね。」
 トゥールにそう言われ、セイはようやく飲み込める。そしてため息をつく。
「おまえなぁ、サーシャやリュシアになんて言えばいいんだ、オレは。」
「あー、そうだねぇ。でもこのままほっとくのも良くないなって思うんだよね。イシスみたいにはならないだろうし、 そっちもまぁ、なんとかしたほうがいいかなって。だからさ、派手に迎えに来てってお願いしておいて。」
「あとでちゃんとフォローしろよ。俺は知らねーからな。」
「……わかったよ。」
 トゥールはサーシャの怒りを思い起こして小さな声で言う。
「そんじゃ、愛玩動物奉公がんばれよー。」
「あー、そうだね、がんばるよ。」
 ひらひらと後ろでに手を振りながら去っていったセイにそういうと、トゥールはそのままベッドに横になる。
(愛玩動物、ねぇ……)


「と、言うわけだ。」
 セイはそう言って話を閉める。サーシャはなんとなくトゥールのさせたいことを読み取って、ため息をついた。
「トゥールは、お父さん、探すため?」
「ああ、すごい人だったからな。そこでトゥールのことが話題になって、つかまってるって話になったら、 ……助けに来るだろ?そろそろ、世界、巡っちまったしな。向こうから来てもらわねーと。」
「……そう。じゃあ、もう少し、ほっておいたほうがいいのかしら。」
 サーシャの言葉に、セイはにやりと笑う。
「そう言うな。そろそろいい頃合だろ。あの姫さんも子供を卒業しなきゃならんだろうし、いっぺん現実を見とくのもいい勉強だろ。」
「あのねぇ。やるのはまぁ、いいのだけれど、人の美醜と言うのは好みに影響されるのだし、幼い女の子が 好みだと言う男性もいるのよ。その子も相当綺麗なのでしょうし、どうなるかわからないわよ?逆効果になるかも知れないし。」
「ま、やるだけやってみようぜ。な、リュシア。」
 話を振られて、リュシアは小さくうなずいた。
「きっとうまくいく。がんばって。」
「リュシアは来ないの?」
 どこか他人事めいた声音に、サーシャは目を丸くする。こうして二人に声をかけたということは、 セイは全員で行く気だったに他ならない。セイも目を丸くしている。
「お祭りは楽しそうだけど、でもサーシャいないのに行っちゃうとお店もママも困る。シドニーとシェリーにお歌歌わないと 寝てくれないから。」
 そういうリュシアの頭をセイはなでる。
「お前がんばってるけど、たまには休めよ?まぁ無理に連れてはいかねーけどよ。」
「ちゃんと後で全部話してね。楽しみにしてるから。」
 リュシアはそういうと、徐々に混みはじめた店内を見回して、厨房へと戻っていった。
「あーあ、ちょっと残念。たまには四人で会いたかったのにな。」
 サーシャがそう言うとセイも笑った。
「まぁ、そういう機会もいつかあるだろ。」
「……セイはいつまで傍観者でいるつもりなのか、私も気になっているのだけれどね?」
 忙しく厨房で働くリュシアを見ながら、サーシャはセイを揶揄した。
「さーな。」


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