「さきほどの舞は、まるで雪の降るごとく軽やかでしたね。ぜひ、私とも踊っていただきたいのですが…」
「一目リィンディア姫を見たときから、その瞳に映りたいと願っておりました。」
 すでに20人ほどの王子たちの名前を聞き、挨拶をしているが一向に減らない。一度踊ったのがまずかったのだろうか、 踊りの誘いは引けも取らず、延々と続く。おそらく期待しているのだ、踊る間に、二人の間に新たな熱い 感情が舞い降りることを。
 社交界の対応は王族の勤めだとわかってはいるが、旅になれた身にはうっとうしいとしか思えない。
(…まだ、一年も経っていないのに…)
 それが当たり前だと思っていたことから、まだ一年も経っていないのに。変わってしまったこと。国や 自分の境遇や強さ。…そして、心。
「…リィン。」
 振り返るとそこにレオンがいた。
「あら、レオン。」
 気が付くと、周りの貴公子が遠巻きに見ている。
「踊るか?」
「そうね。」
 無造作に差し出された手を、無造作に重ねる。
「行くぜ」
 まるで戦闘の開始のような言葉に、リィンは笑って足を踏み出した。

 優雅なリィンと激しいレオンは、ちぐはぐなように見えて意外と絵になる踊りだった。
 踊りながら小声でつぶやく。これも社交界の常識だ。
「まさかレオンが助けに来てくださるとは思いませんでしたわ。」
 リィンがからかうように笑う。
「わかってるんだろう?ルーンに言われたんだよ。」
「やっぱりそうでしょうね。…でもどうしてレオンに頼んだのでしょうね。わたくしてっきり、助けに 来てくださるならルーン自身かと思いましたのに。」
 そう言いながら、リィンはふわりとターンする。
「なんでもイェスミーナ王女さんの誘いを踊れねーことにして断ったんだと。」
 リィンの腰に手を添え、それをリードする。はたから見れば楽しそうに踊っているように見えるだろう。 …だが、二人の舞は愛の踊りではなかった。
「…おかしいですわね。ルーン、踊れましたわよね?どうしてわざわざ踊れないことにして断ったり したのでしょう?踊るの、嫌いだったかしら?」
「いや、んなことはねーはずだけどよ…面倒くさかったんじゃねーの?」
「なんだかルーンらしからぬ行動のような気がいたしますけれど…」
「あんまり王女が面倒だったんじゃねーの?」
「そうかしらね。…ねぇ、レオン。どうして『王女』ですの?」
「あ?」
「…いいえ、なんでもありませんわ。…もう、終わりですわね。」
 レオンが口を開く前に、音楽が終わりを迎えた。最後に一礼して、二人はその場から立ちさった。


 踊り終えると拍手をしながら、デルコンダルの王族たちが続々と二人を囲む。ルーンの方を見ると またイェスミーナにつかまっているらしく、熱心になにやら話しているように見えた。
「助けに行った方が良いのかしら…?」
「自分でなんとかするんじゃねえの?」
 実際助けに行きたくても、こちらを裁く方が大変そうだった。埋め尽くしているわけではないが、 さりげなく順番待ちされているのがわかるのだ。
 結局晩餐の終わりまでに、レオンもリィンも別の人間と踊らなければならなかった。



 一番好きで、嫌いな季節がようやく過ぎ去った。
 冬は静かで、神に一番近づけるような気がしていてとても好きだ。
 そして、僕が捨てられていたことを思い出して、少しだけ辛い。
 それでも、僕の誕生祝いをやってくれる冬が、僕は好きだった。
 とっくに義父の背を追い抜いて。僕は20回目の春を迎えていた。

 ここは入れ替わり立ち代わりが激しい。
 ある程度学んだ貴族は、自分の領地に帰っていくし、僕のような孤児は、たいていお屋敷や教会なんかに 働きに出る。特に優秀な生徒は教会の神父になるために別の場所に修行に行く。 この年になっても残っているのは僕くらいなものだった。
 だから、新しい人が来ると知ってもそれほど驚かなかった。だけど。
「年上?」
 僕の声に、マリィは頷く。
「ええ、私より7つ上だって、お母様がおっしゃっていたわ。」
「25歳の人?…ずいぶん年上なんだね。」
 そう言いながら、僕は驚いていた。来るのは大体一桁か10代前半の人間ばかりだからだ。花嫁修行だとしても ずいぶんと年が上だ。
「男の人だっておっしゃってたわ。」
 その言葉で目をむく。一度だけ、ひどい旦那さんから逃げるために、女性が来たことがあった。てっきり その系統だと思っていたのだ。
「…そうか、きっと何か深い事情があるのかもしれないね。」
「ええ。でも、ここにいらっしゃるのですもの、きっと良い方です。」
 その言葉に、僕も頷いた。マリィもそれを見て微笑んだ。
 マリィの笑顔は本当に心地よい。笑うだけで花が咲いたようで。…本当にいつまでも見ていたいと思った。
「きっと良い人だよ。そして神のお心に触れ、やがてまたすがすがしい心で、あるべき場所に行くことができるよ。」
 僕の言葉を聞き、マリィは顔を曇らせた。僕の袖を掴む。
「貴方も…行ってしまうの?」

 少し悲しげな顔も…とても可愛いと思ってしまうのは罪悪だろうか。少し顔を赤くしながら優しく笑う。
「…それはお義父さんたち次第だからわからないけれど、僕はできるだけお義父さんやお義母さんやマリィを大切に したいと思ってるよ。」
 ぱっと顔が明るくなる。…それは本当に可愛くて、真っ赤に染まる。そして、 マリィの顔も、同じように赤くなっている。
「うん…側にいてね。…マリィの側にいて欲しい…ずっと。一緒にいられたら、いいな…」
 きっと、多分。そんなに特別な意味はないのだろう。…ないのかもしれない。
 それでも嬉しかった。とても、本当にうれしくて。言葉が出なかった。けれど、マリィは それを読み取ってくれたように微笑んだ。そして僕も…同じように微笑んだ。



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