精霊のこどもたち
 〜 近い約束、遠い未来 〜




 扉が開いた。ノックもなくこの部屋に入ってくるのは、私以外ではフェオしかいない。物陰に身を隠し、呪文を唱え始めた。
「…な、なんだ?…血?…これは、一体…?」
 フェオは口元を手で押さえながら、匂いに驚いている。
 足元の魔法陣にはまだ、気がついていないようだった。フェオはゆっくりと部屋の中央へと歩みだそうとし… 呪文が唱え終わったとき、フェオは魔法陣の中央にいた。
 ゆっくりと魔法陣は輝きだす。フェオはその瞬間、その魔法陣に呪縛されたはずだ。
 おかしい。まるで空間にくくりつけたようにつったっているフェオが、まるで木の葉のようで、私は大声で 笑った。
「……」
 私の笑い声に気がついたのだろう、こちらを見ようとしたフェオが、それも出来ずに言葉を止めた。私の 体中にあびた、その血に気がついたのだろう。
「教えてやろう。お前は私に全てを捧げることになる。…感じるだろう?『私』がお前の全てを 奪いつくそうとしているのが。」
 虫のような声が聞こえる。フェオのうめき声だった。すぐに飲み込まれ、正気を失い…そしてその中に 私が入り込むことになるだろう。
「…世界を、正しい形にする。…精霊の加護とやらが不平等を招く世界を廃し…皆平等に息絶える世界を…」
「…それをして…どうする…」
 声が聞こえた。聞こえるはずもない声が。
 もう、フェオの意識はとっくの昔に消えているはず。身動きなど取れるはずもない。声など、当然出せるはずもないのに。
 フェオは魔法陣の中央で、魔術に抵抗にするように体を抱えてこちらを見ていた。
「…そんなことを…して、…貴方は…救われる…の…」
「何故だ!何故、お前は『自分』を持っている?何故闇に飲まれていない?!…そうか、またしてもロトの…ルビスの守護と やらなのか?!」
 魔法陣に手を添えて、発動している魔法陣と自らの魔力を一体化させる。自らの意思が、相手の意思を蹂躙しようとするのが わかり…そして、フェオがそれに必死で抵抗しているのが伝わる。…抵抗など出来るはずがないのに。
「何故だ?!何故、ただ生まれてきただけの赤子に、特別な守護が与えられる?選ぶこともできない、何の罪も ないはずの赤子に、何故神とやらは差をつける?!」
 フェオは、こちらを見ていた。意思を持った目。…その意思は哀れみに満ちていた。
 …それほど、私が哀れか。何の守護も、血縁のいたわりすらも与えられず生まれてきた私が、それほど惨めか?
 その目にいらだった。守護を与えられると言うのが、それほどまでに偉いというのか?…そんなことは ない…認めない、私は決して認めない!!
 私は、さきほどマリィを切り裂いたナイフを取り出した。そしてそれを構え、一直線にフェオの心臓へと 突き刺した。



 その島は霧に包まれていた。そしてその向こう側に、かすかに翠のざわめきが見える。…その霧が、まるで宝物を 隠しているかのように。

 島に降り立ち、リィンは空を見上げる。天を突き刺す樹を見つめる。
「…生命の…樹…世界の中心、全ての礎…」
 リィンのつぶやきに、反射的にレオンが聞き返す。
「なんだ?それは?」
「そういう話を聞いたことがありましたのよ。世界樹という樹が、世界を支える大黒柱である…そんな感じですわ。」
 ざわざわとゆれる、大きな葉ずれの音が、二人を誘う。二人はその小さな島を、無言で歩く。
 生命の樹があるせいだろうか。その島は小さな島であるにもかかわらず、ジャングルのように木々が生え、二人を 戸惑わせたが、迷うことはなかった。空を見上げれば、見失いようもない大きな樹があったから。
 そうして、二人はその樹の根元にたどり着く。まるで空を支える巨人のような樹に、二人は圧倒された。
「…すっげぇな…」
「…本当に…」
 言葉もなく、二人はそこに立ち尽くした。余りにも大きな『生』の力の前には、なんの言葉もふさわしくなかった。 ただそこに『在る』そのことだけが、全てだった。
「…いや。ルーンに早く葉を持っていかねーとな…」
「ねぇ、レオン…もしかしてわたくし達、この樹に登らなければならないのかしら?」
 天にそびえ立つ大木。そして空にゆれる葉っぱ。…当然のことではあるが、樹に階段などはなく、 足がかりになる枝もなかった。

「………登るしか、ねぇだろうな…」
 落ちたら死ぬ。そのことは判っている。そもそも登れるかどうかもわからないが、やるしかないことは確かだった。
 レオンはロトの剣を抜き放つ。
「リィンはそこにいてろ。俺がなんとかする。」
「…でも…!」
「葉は一枚でいいんだろう?二人で行っても無駄だ。俺のが慣れてる。落ちたときのフォローは頼むぜ?」
 レオンの言葉にリィンは雷の杖を握り締めた。
「判りましたわ。」
 リィンがそう言ったその瞬間、一陣の風が吹いた。そしてゆっくりと、導かれるように一枚の葉が二人の 上へと舞い降りてきた。
 リィンが手を伸ばす。そこにあることが必然であるように、世界樹の葉はその手の中に滑り込んだ。煌く 翠の輝きは、どんな宝石よりも美しく見えた。
「…ルビス様…」
 リィンは震えた声でそうつぶやいた。偶然とは思えなかった。これはまさにルビスの加護。そう感じた、
 レオンは剣をかざし、ルビスに祈る。そして鞘にしまう。
「行こうぜ。…せっかくの加護を無駄にするわけにはいかねぇよ。…絶対なぐらねぇとな、ルーンを。」
「そうですわね、…早く助けて差し上げなければ。」
 しっかりとその葉をにぎりしめ、二人へ船へと道を急いだ。



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